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世界最高峰のIBはなぜAIを「禁止」しなかったのか。神山まるごと高専の問いと、我が子を真のリーダーにする『極上の余白』

「合格のその先」のサバイバルを見据える教育プライベートバンク、Testnation公式note編集部です。

AIの急激な台頭を前に、「いかにAIを使わせないか(不正を防ぐか)」という議論に終始する教育現場がある一方で、すでに全く違う景色を見据え、力強く前進している場所があります。

グローバル教育の最前線である国際バカロレア(IB)機構は、ChatGPTなどの生成AIを「禁止」するのではなく、適切にクレジットを明記し引用を行えば、課題に活用することを公式に認める方針を打ち出しています。

そしてこれは、決して海外だけの遠い出来事ではありません。国内の先進的な環境でも、小学4年生の英語の授業で「AIを使って過去形(past)と過去進行形(past continuous)のストーリーを作成させる」という課題がすでに出されています。トップスクールや時代の先を行く教育現場は、AIを脅威として排除するのではなく、「強力な道具としてどう使いこなすか」へと確実に舵を切っているのです。

日々、海外名門校を目指す生徒たちの「思考のOS」と向き合っている私たちですが、国内の教育機関にも、こうした高い視座で未来を見据えている極めてエキサイティングな存在があります。それが「神山まるごと高専」です。


「社会の後を追う教育」からの脱却と、問われる「欲望」

カナダ出身のアイスホッケー界の伝説、ウェイン・グレツキーはかつてこう語りました。

「私はパックがある場所ではなく、パックが向かうであろう場所へ滑る」
"I skate to where the puck is going to be, not where it has been."

パックがすでに通り過ぎた場所(過去に社会で求められていた正解やスキル)に向かって、どれほど美しいフォームで滑り(勉強し)続けても、ゲームの勝者には決してなれません

現在、多くの教育現場で起きているのは、まさにこの「パックの残像を追いかける」という致命的なミスではないかとおもいます。

先日、同校の公式noteにて公開された『「最先端」を掲げる学校が、AIを前に問い直したこと』という記事を拝読し、深く共鳴いたしました。

神山まるごと高専のカリキュラムディレクターである齋藤氏は、記事の中でこう述べています。

「今までは、社会からの要請に対して、学校がどう応えるかという側面が強く働いていたと思います。でも、神山まるごと高専は、その順序を本気で逆にしようとしている。学校での学びが、むしろ未来を先取りし、未来をつくっていく」

https://kamiyamakosen-edu.note.jp/n/n4bd25b204aa5

AIを使えば、誰もが圧倒的なスピードで「正解」らしきモノを作れる時代。では、そこで何が勝敗を分けるのか。同校の寺田理事長と齋藤氏は、クリティカルになるのは欲望(課題を定義する最初の一歩)だと指摘しています。

わたしたちの世界というのは、本質的に不完全であり、常に課題だらけです。ひとつの問題を鮮やかに解決したと思っても、対岸を見ればまた次々と新たな課題が発生している。社会は果てしのない課題の連鎖の中にあります。

だからこそ、「課題を定義する」という行為は、単なる思いつきの願望ではありません

  • 「この世界に今、どんな課題が横たわっているのか」

  • 「それに対して、自分はどんなソリューションを提示できるのか」

  • 「すでにどんなソリューションがためされてきたのか」

  • 「失敗例は?成功例は?」

  • 「その手段を通じて達成したい究極の目的は何なのか」

これをどこまでも深く、執拗に掘り下げる営みのことです。世界に無数にあるバグの中から自分が向き合うべきイシューを見つけ出し、そこにAIという強力なツールをどう適応させるかを決めるのは、決してAI自身ではなく、人間にしかできない領域なのです

自分の中に「この世界の不完全さ(課題)と真正面から向き合い、この目的を達成したい」という圧倒的な欲望がなければ、どれほど高度なAIツールを持たされても、結局は「誰かが定義した課題」を言われるがままに処理するだけの、指示待ちのコモディティ人材になってしまうかもしれません。

お子様を海外トップスクールへと導かれた先駆者たる親御様も、まさにこの野生(子どもらしい余白)を守り抜くことこそが、AI時代を生き抜く強靭なグリット(やり抜く力)の源泉になるのだと、こちらの深いインサイトに満ちたエッセイで綴られています。

作る力から欲する力へのシフト

生成AIの台頭は、教育の世界に一つの残酷な真実を突きつけました。 それは、言われたものを、速く正確に作る力(How)の完全なるコモディティ化です。

これまで日本の教育が血眼になって育成してきた正解を素早く叩き出す優秀な生徒は、皮肉なことにAIが最も得意とする領域と完全にバッティングします。 誰もが圧倒的なスピードで「それらしいモノ」を作れる時代において、技術力や知識のストックそのものだけでは、もはや防波堤にはなりにくくなってきています。

では、一億総クリエイター時代において、最後に勝敗を分ける究極の差分(アセット)は何でしょうか。

わたしたちTestnationは、それは、「そもそも、お前はAIを使ってこの世界の何を解決したいのか」という、生々しく強烈な欲望だとおもいます。

自らの原体験から湧き上がる強烈なペイン(課題)を見つけ出し、それを社会の大きな文脈(ナラティブ)へと接続していく。神山まるごと高専が提示したこの未来を先取りするスタンスこそが、次世代のリーダーに求められる構想力のひとつではないかと。

社会の変化を待ってから数年がかりでカリキュラムという「金型」を作る、従来の後追い型の教育はすでに死んでいます。未完成であってもまず社会にぶつけ、アジャイル(機敏)に自らのOSをアップデートし続ける「β(ベータ)メンタリティ」を持たなければ、変化の激しいグローバル市場では到底生き残れないのではないでしょうか。

究極のデジタルを統べるための「極上のアナログ(余白)」

そして、ここで一つの逆説的な真理にたどり着きます。 最先端のデジタル(AI)を真に使いこなすために絶対的に必要なのは、皮肉なことに極めてアナログで泥臭い余白だということです。

AIという圧倒的な出力エンジンを手にした時、「自分はどうありたいか」「この技術を何のために使うのか」という確固たる倫理観や哲学がなければ、人は容易にテクノロジーに飲み込まれ、ただAIの指示を待つ「下請け」に成り下がります。

神山まるごと高専の学生たちが、最先端のテクノロジーを学びながら、夜は大自然の中で焚き火を囲み「大人になるってどういうことか」を対話する時間。 Testnationが、目先のテスト対策ではなく、生徒が一人で自問自答する「見えない160時間」の設計に執念を燃やす理由。

それは、AI時代をサバイブするための強靭なレジリエンス(グリット)や、人間としての狂気にも似たパッションは、効率化されたデジタル空間ではなく、血の通った対話と、一人の静かな「アナログな余白」の中でしか育たないと知っているからです。

AIは、私たちの願望をかつてない速度で社会実装してくれる最強の武器です。 だからこそ、私たちが次世代の『Brave』たちに手渡すべきなのは、小手先のプロンプト技術などではなく、「このテクノロジーを使って、世界をどう変えてやろうか」という、人間としての尽きることのない欲望でしょう。

野暮な「答え合わせ」を手放す。AI時代における『極上の余白』

そして、この記事の中で私たちが最も唸らされたのが、「人間について考える余白を持つ」という視点です。

最先端のテクノロジーに触れながらも、夜は全寮制の仲間と焚き火を囲み、「大人になるってどういうこと?」と膝を突き合わせて語り合う。この「余白」の設計にこそ、主体性が宿るというのです。

以前、代表の原田はこのnoteで映画『サンキュー、チャック』についてのエッセイを書きました。 平日の午後、大雨を逃れて飛び込んだ映画館の暗闇。大人になり、効率や結果ばかりを求めるようになった自分が、野暮な「答え合わせ」を手放し、ただスクリーンから迸る魂のダンスに身を委ねた時間。

劇中で引用されたウォルト・ホイットマンの詩が、今改めてAI時代の教育に突き刺さります。 「私は自分自身と矛盾しているだろうか? よろしい、ならば私は自分自身と矛盾しよう。(私は広大だ、私の中には群衆がいる)」

AIは、私たちに「最短距離の正解」を瞬時に提示してくれます。しかし人間の本質は、矛盾を抱え、悩み、時に立ち止まる泥臭さの中にあります。すべてを理屈で理解し、効率よくテストの点数を取るためだけのシステム(金型)に子どもを押し込めば、彼らの中にある「広大な宇宙(群衆)」は死んでしまいます。

The Gold Standard:見えない160時間をどう支配するか

Testnationが「レッスン以外の『見えない160時間』の過ごし方をコンサルティングする」と掲げているのは、決して「1分1秒を無駄にせず机に向かわせるため」ではありません。

むしろその逆です。 AI時代を生き抜くためのレジリエンス(やり抜く力)や、世界で尊敬されるリーダーとしての品格は、効率化された1時間の授業の中ではなく、一人の静かな時間(極上の余白)の中でしか育たないと知っているからです。

ボーディングスクールの大自然の中で友人と語り合う時間。理不尽な課題に涙し、矛盾を抱えながらも自分の足で立ち上がろうとする時間。そんな人生の宝物になるような「一瞬」を、彼らが自らの意志で体感し、味わい尽くせるようにすること。

神山まるごと高専が提示した、AI時代だからこそ問われる「人間にしかできない泥臭い実装力」への回帰。そしてIBが示した、新しいテクノロジーと共存する覚悟。

私たちTestnationもまた、このThe Gold Standardな視座を胸に、世界へ挑む若者たちの「美しき余白(見えない時間)」を、強靭なインフラで守り、伴走し続けます。