介護が終わってもずっと悲しい。それはちっともおかしくないこと
介護が終わってから、ずいぶん時間が経つのに、ふとした瞬間に涙が出る。
「もうそろそろ立ち直らないといけないのかな」と思いながら、まだ悲しいままでいる自分を責めてしまっていませんか?
結論から言います。
それは、全然おかしくありません。
あなたが、それだけ真剣に「介護」と向き合ってきたしるしなのです。
私もそうだった
介護を終えた直後は、どこか高揚感すらありました。
やるべき手続き、葬儀、親戚への挨拶。
目まぐるしく過ぎる時間に、悲しんでいる暇などなかったのです。
でも、すべてが落ち着いたある日、プツンと糸が切れたように動けなくなりました。
テレビから流れる笑い声が耳に刺さり、スーパーで高齢の親子を見かけるだけで動悸がします。
世間は春の柔らかな日差しに包まれているのに、私の心だけは真冬の、冷たくて湿った土の中に埋められているようでした。
「もう半年も経つのに…」
「いつまで引きずっているの?」
そんな周囲の無意識な言葉に、自分はどこかおかしいのではないか、
立ち直れない自分はダメな人間なのではないかと、
真っ暗な部屋で一人、自分を責め続けていました。
介護という過酷なマラソンを走り抜いた後に待っていたのは、達成感などではなくて。
果てしない「虚無」という名の喪失感の砂漠でした。
立ち直ろうとするのをやめた時、止まっていた時計が動き出す
私がこの暗闇から抜け出せたのは、ふしぎなことに「もう立ち直るのをあきらめよう」と開き直った瞬間だったのです。
私たちは、悲しみを、風邪のように治すべき病気だと思いこんでいます。
でも、本当にそうでしょうか。
「悲しみがなくなる」というより、「悲しくて当たり前」と腑に落ちてくる、といえばいいでしょうか。
私は、父を見送るという体験をとおして、悲しみは、いつか消えてなくなるものではなく、いっしょに生きて行くものなのだと学んだのです。
「いつまでも悲しいのはそれだけ深く愛した証拠」
「それだけ大切な人だったんだということ」
だから、悲しい気持ちがあって当たり前、とまずは認めてあげてください。
これは、心に空いた穴をふさぐ作業ではありません。
穴が開いたままの自分で、どうやって歩いていくかという練習です。
悲しみは消えるものではなく、人生の「深み」というスパイスに変わる
あれから月日が経ち、今の私にはわかります。
悲しみは消えません。
それはいつしか、焼きたてのパンの香りを愛おしく感じたり、夕暮れの空の美しさに目を細めたりするような、静かな慈しみに変わっていきます。
かつては胸を締めつけたあの痛みも、今では「それだけ誰かを大切に思えた自分」を肯定するための、大切な一部になっていきます。
もし今、あなたが暗闇の中で、自分を責めて泣いているのなら、どうかそのままのあなたでいてください。
その涙は、あなたが人生を真剣に、あなたの大切な人のために精一杯生きてきたという、何より美しい勲章なのですから。
この「悲しみとの向き合い方」について、私自身の経験を交えながらもっと丁寧に書いたKindle本をまもなく出版します。
同じように感じている方に、届いてほしいと思っています。
06/02/2026 追記
おかげさまで6月24日に出版が決まりました。
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