第164話 「必要な時に必要な人と出会う」という言葉が本当になっていた
教員として働く中でうつ病を経験し、休職・入院・リワークを経て回復の途中にいます。
このnoteでは、うまくいかない日も含めた闘病の記録と、自己肯定感について綴っています。
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160話に対して、
こんなコメントをいただきました。
「失ったものは、仕事、給与、立場、心の安定、健康など。得たものは、自分自身がわかり始めたこと。これが一番大きいです。
また、必要な時に必要な人と出会う、という言葉がありますが、今まさに、必要な人と出会っている気がします。
なかなか先も見えず、安定もしませんが、それでも、生きていくしかありませんね」
弐恩さん、ありがとうございます。
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得たものとして、
弐恩さんはこう書いていました。
「自分自身がわかり始めたこと。
これが一番大きい。」
私は、この言葉が一番心に残りました。
仕事も給与も立場も失って、
心の安定も健康も奪われた。
それだけの喪失感を感じている中で、
「一番大きな得たものは
自分がわかり始めたこと」と言える強さ。
これは、簡単に出てくる言葉ではありません。
失うものが大きかったからこそ、
見えてきたものがあったのだと思います。
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「必要な時に、必要な人と出会う」
これはよく聞く言葉です。
私もこの言葉を知っていました。
でも正直、うつ病になる前は
あまりピンと来ていませんでした。
弐恩さんのコメントを読んで、
初めてこの言葉の意味が、
体感としてわかった気がしました。
私が妻と出会った時期、
心も体もボロボロでした。
それは、
先生の仕事をしていた十数年の中で
一番キツくて、一番悩んだときだったから。
そんな時に話を聞いてくれて、
私の頑張りを認めてくれて、
そばにいて支えてくれたのが今の妻でした。
妻と出会えたことは、
今ではかけがえのない大切なものになりました。
弐恩さんは今、
先も見えず、安定もない時期にいる。
その時期に、この言葉が「名言」ではなく
「今の自分の現実」として感じられている。
それはきっと、
今のその場所に、
必要な何かがあるからだと思います。
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コメントの最後に、
弐恩さんはこう書いてくれました。
「それでも、生きていくしかありませんね」
この言葉を前にして、
私はしばらく画面と向き合いました。
「生きていくしかない」は、
決して諦めの意味だけではないと思いました。
先が見えなくても、
安定しなくても、
それでも今日を生きていくという意志。
静かに燃えている青い炎のような、
力強い決意の言葉だと受け取りました。
華やかでも、前向きでも、元気でもなくていい。
「生きていくしかない」という言葉で
今日をつないでいく日があっていい。
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このnoteを読んでくださる一人一人が、
「必要な時に、必要な場所に来てくれた人」だと
感じています。
先が見えない同士が、
言葉を通じて少しだけ繋がっている。
それだけで、
今日を生きる理由になることがあります。
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先が見えない日々が続いていますか?
安定しない毎日に、疲れていますか?
弐恩さんの言葉を、少し借りるとするなら、
「それでも、生きていくしかない」のです。
その言葉が重く感じる日も、
少し軽く感じる日もあっていい。
今日もこのnoteに来てくれたこと。
それだけで、あなたと私はもう、
「必要な時に出会った」のかもしれません。

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