第157話 ピーマンを切る音に「今」があった
教員として働く中でうつ病を経験し、休職・入院・リワークを経て回復の途中にいます。
このnoteでは、うまくいかない日も含めた闘病の記録と、自己肯定感について綴っています。
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155話の記事に、
noteで記事を書いている「ゆら」さんから
こんなコメント(一部抜粋)をいただきました。
「私は先日、ピーマンを細切りしていて
『今』を感じました。
みずみずしい音とか香りとか、
わぁ〜豊かだなぁって思いました」
ゆらさん、本当にありがとうございます。
私はこのコメントを読んで、
しばらく画面の前で立ち止まり、
想像を膨らませていました。
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ピーマンを細切りにする。
包丁がピーマンに入る瞬間の、
あのパキッとする音。
みずみずしい、小気味よい音。
切るたびに広がる、
青くて爽やかな香り。
手のひらに感じる、
固くて滑らかな感触。
作っている料理はきっと、
青椒肉絲かもしれない。
ゆらさんはその瞬間に、「今」を感じた。
読んだとき、
その場面が鮮やかに浮かびました。
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「今に集中する」とか
「マインドフルネス」とか、
不安を和らげる方法を
私は病院でたくさん教えてもらいました。
でも、ゆらさんが教えてくれたことは、
もっとずっとシンプルでした。
ピーマンを切る。
たかがピーマンですが、
されどピーマンです。
瞑想しなくてもいい。
特別な時間を作らなくてもいい。
何かを意識しようとしなくてもいい。
ただ、ピーマンを切るときに、
その音を聞いて、
その香りや感触を感じることに、
「今」がありました。
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正直に言うと以前の私は、
そんな日常生活にありふれている音を、
聞く余裕がありませんでした。
晩ご飯を作りながら
翌日の授業のことを考えていたし、
洗い物をしながら、
保護者への連絡をどうするか考えていた。
食事をしながら、
明日の仕事の段取りを考えていて、
頭はフル回転。
体はキッチンにいるのに、
頭は職場にありました。
ピーマンはこれまでに
何回切ったかわかりません。
でも、その音を聞いて、
幸せを感じたことは
ほとんどなかったと思います。
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ゆらさんが「豊かだなぁ」と感じた瞬間は、
特別な場所でも、
特別な体験でもないんだと思います。
台所で、ピーマンを切る。
それだけの瞬間でした。
でもその瞬間に、
音があって、
香りがあって、
感触があって、
確かな「今」がありました。
豊かさは、特別の中にあるのではなく、
日常の中に埋まっていたのだと思います。
気づくか、気づかないか。
それだけの違いでした。
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ゆらさんのコメントを読んで、
私は「今を感じる」ということを、
どこか難しく考えて過ぎていたのかもと、
気付かされました。
でも、ピーマンを切る音でよかった。
他にも、
洗濯物を干すときの布の感触でもいい。
お湯が沸く音でもいい。
外を歩くときに暑いと感じる感覚でもいい。
「今」は、どんな瞬間にもある。
ただ、そこに気づいてあげるだけでいい。
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ゆらさん、
大切なことを教えてくださって、
ありがとうございます。
ピーマンを細切りにする音から、
こんなに大切なことを思い出しました。
豊かさは、身近なところにありました。
台所に。
窓の外に。
携帯を触る手に。
今この瞬間に。
気づいたとき、その瞬間が「今」になる。
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今日、どんな「今」がありましたか。
特別なことでなくていいです。
ご飯の匂い、
誰かの声、
窓から見えた空の色、
手に触れたものの感触。
何でもいいです。
1つだけ、思い出してみてください。
その瞬間が、あなたの「今」です。
よかったら、
みなさんの「今」を聞かせてください。

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