第166話 120%でしか生きられなかった人へ
教員として働く中でうつ病を経験し、休職・入院・リワークを経て回復の途中にいます。
このnoteでは、うまくいかない日も含めた闘病の記録と、自己肯定感について綴っています。
↓自己紹介はこちら
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第149話で書いた、
人生で一番大切な物語に、
こんなコメントをいただきました。
「この記事を読み終えて、今、胸がいっぱいになっています。ふ〜みんまるさんのこれまでの道のり、そして、言葉にすることすら苦しかったはずの記憶を、こうして優しく、それでいて力強い物語として届けてくださり、本当にありがとうございました。」
Pö♡niiさん、ありがとうございます。
このコメントを読んで、
Pö♡niiさんの記事を読ませていただきました。
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Pö♡niiさんの自己紹介に、
こんな言葉がありました。
「120%でしか生きられなかった私」
この言葉を読んだとき、
胸のどこかが、じわっと熱くなりました。
100%ではなく、120%。
頑張ることだけではなく、
完璧である100%を超えることが、
もはや、あたり前になっている状態。
私も、同じでした。
「先生だから」
「責任があるから」
「期待に応えなければ」
いつの間にか、限界の少し先が
スタート地点になっていました。
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Pö♡niiさんの記事に書かれていた3つの言葉が、
まるで自分のことを書かれているように
感じました。
過剰適応
周囲の期待を察知しすぎて、
120%で応えないと気が済まない。
報酬依存
自分の価値を「外部からの評価」でしか
確認できない。
白黒思考
80点の結果を
「失敗(0点)」のように感じてしまう。
3つとも、私の中にありました。
特に「白黒思考」は、
教員という仕事との相性が最悪でした。
たった1時間だけでも、
授業がうまくいかなかった日は、
その1つだけで
「今日は失敗だった」になりました。
100点以外は、すべて0点。
そんな感覚でした。
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Pö♡niiさんが書いていたこの言葉。
「ある日、
私の心と体は音を立てて止まってしまいました」
この「音を立てて」という表現がリアルでした。
大きな何かが起きたわけではない。
でも、ある朝、体が動かなくなる感覚。
120%で走り続けた体と心が、
完全に止まったあの感じ。
ヤツがやってきたときの場面を、
リアルに書いていました。
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Pö♡niiさんは今、
先が見えない時間の中にいて、
それでも言葉を綴っている。
その姿が、キラキラと眩しく感じます。
私は病院を退院した頃くらいから、
noteを書き始めました。
最初は、
誰かに届けようとしていたわけではなく、
ただ、頭の中を整理したい一心でした。
でも書いているうちに、
自分が少しずつわかってきました。
言葉を書くことは、自分に会いに行くこと。
Pö♡niiさんが
「自己理解を深めるための記録」と
書いてくれていた言葉が、
そのまま私の経験と重なりました。
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120%でしか
生きられなかった経験がありますか?
過剰適応、報酬依存、白黒思考。
これらの言葉に、
「自分かもしれない」と思った方はいますか?
同じ場所にいる方に、
届いてほしいと思っています。
立ち止まった場所は、終わりではありません。
それをPö♡niiさんが、
言葉で証明してくれています。

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