第142話 「みんな」という言葉に、ずっと振り回されていた
教員として働く中でうつ病を経験し、休職・入院・リワークを経て回復の途中にいます。
このnoteでは、うまくいかない日も含めた闘病の記録と、自己肯定感について綴っています。
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「みんな頑張っているから」
この言葉を、
何度自分に言い聞かせたか
わかりません。
しんどくても、疲れていても、
「みんなもそうだから」と
自分を動かしていました。
でも、その「みんな」は
本当にいたのでしょうか。
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「みんな」という幻
「みんな普通に働いている」
「みんな朝起きられている」
「みんな人間関係をうまくやっている」
「みんな自分よりずっとうまくやっている」
うつになる前も、なった後も、
この「みんな」という言葉が頭の中にありました。
でも考えてみると、
「みんな」を実際に見たことはありませんでした。
「みんな」は、
私が頭の中で作り上げた存在でした。
SNSで見た、キラキラした投稿。
職場で元気そうに見えた、同僚の顔。
世間一般の「普通」という曖昧なイメージ。
それらを組み合わせて、
私は「みんな」という架空の存在を
作っていました。
そしてその「みんな」と、
自分を比べていました。
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「みんな」に苦しめられた
「みんな」は、常に自分より上にいました。
「みんな」は、疲れても動けました。
「みんな」は、しんどくても笑えました。
「みんな」は、弱音を吐かずに続けられました。
だから、
私も「みんな」のようにならなければと
思いました。
できない自分を、責めました。
「みんながやれていることを、
なぜ自分はできないのか」
その問いは、答えの出ない問いでした。
なぜなら「みんな」は存在しないから。
存在しない「みんな」と比べて、
実在する自分を傷つけていました。
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うつになって「みんな」が消えた
療養に入って、社会から離れました。
仕事もない。
職場もない。
「みんな」を感じる場所がなくなりました。
最初は、その孤立感が怖かったです。
でも、しばらくして気づきました。
「みんな」がいない世界は、
思ったより静かでした。
「みんなより遅れている」という焦りが、
少しずつ薄れていきました。
「みんながどう思うか」を
気にしなくていい時間が、
こんなにも楽だったのかと気づきました。
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「みんな」の正体
療養中に、少しずつわかってきたことがあります。
「みんな」と言われる人たちも、
それぞれに苦しんでいました。
元気そうに見えた同僚も、
家に帰れば限界だったかもしれません。
普通に生きているように見えた人も、
見えないところで泣いていたかもしれません。
SNSのキラキラした投稿は、
その人の全部ではありませんでした。
「みんな」は、完璧ではありませんでした。
「みんな」も、それぞれに不完全でした。
ただ、
その不完全さを見せていなかっただけでした。
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「みんな」ではなく「自分」で生きる
「みんな」を基準にするのをやめてから、
少しずつ変わりました。
「みんながどう思うか」より、
「自分がどう感じるか」を
聞くようになりました。
「みんなができること」より、
「自分にできること」を
大切にするようになりました。
「みんなの普通」より、
「自分の普通」で生きるようになりました。
「みんな」の声は、外からやってきます。
「自分」の声は、心の中から聞こえます。
どちらを聞くかで、
生き方が変わります。
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おわりに
「みんな」という言葉に、
長い間振り回されていました。
でも「みんな」は、私が作り上げた幻でした。
その幻と戦うことをやめたとき、
自分の声が聞こえるようになりました。
「みんな」は関係ありませんでした。
あなたはあなたの人生を、
あなたのペースで生きていいです。
今、「みんな」という言葉に
苦しめられていませんか。
みんなはできているのに、と
自分を責めていませんか。
その「みんな」は、本当にいますか。
一度だけ、問いかけてみてください。
「みんな」の声を手放したとき、
自分の声が聞こえてきます。
その声の方が、ずっと正直です。
「みんな」ではなく、あなたで生きていいです。
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「みんな」を追いかけていたあの頃の自分に、
今なら伝えられます。
「みんな」は、いなかったよ、と。

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