第170話 200%で生きていた人がなぜ休めなかったのか
教員として働く中でうつ病を経験し、休職・入院・リワークを経て回復の途中にいます。
このnoteでは、うまくいかない日も含めた闘病の記録と、自己肯定感について綴っています。
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166話に、こんなコメントをいただきました。
「私がうつ病になる前の感じは120%で働いて、父が死に母が認知症で、学校の授業、部活、遺品整理、実家の売却、相続、管理職研修、等等。多分、あの時は200%超えていたかもしれません。
休んでも申し訳ないのと心に余裕が無く、周りの人間を気にしたり、お金の問題があったり、しっかりと休めませんでしたね。」
タコハチさん、ありがとうございます。
教師という同じ立場で
これほどに苦しんでいる姿を想像とき、
言葉が出ませんでした。
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「大袈裟ですが」と
タコハチさんは書いてくれましたが、
きっと大袈裟ではないと思います。
授業、部活、管理職研修。
それだけでも、多くの人には十分すぎる量です。
そこに、父の死。
母の認知症。
遺品整理、実家の売却、相続。
仕事と、家族の喪失と、
お金の問題が、同時に押し寄せる。
どれか一つでも、
人生のターニングポイントとなる出来事です。
それが全部、同時に来ていた。
200%という言葉が、
大袈裟でないどころか、
むしろ控えめに感じました。
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「休んでも申し訳ないのと心に余裕が無く、
しっかりと休めませんでした」
この「休んでも申し訳ない」という感覚、
私にもありました。
でも、タコハチさんの状況を読んで、
改めて気づいたことがあります。
お父さんを亡くして、
お母さんの認知症と向き合いながら、
それでも学校に行って、
部活を指導して、管理職研修を受ける。
「休んでも申し訳ない」という気持ちは、
弱さからではなく、
それだけの責任を、
誠実に背負おうとしていたから来ていました。
誠実だから、休めなかった。
真面目だから、止まれなかった。
その重さを、
誰かに分かち合うこともできないまま、
一人で抱え続けていたのだと思います。
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「心に余裕が無く、休めませんでした」
この言葉、核心をついていると思います。
休むためには、実は心の余裕が必要です。
「少し休んでも大丈夫」という安心感。
「休んでいる間、なんとかなる」という信頼感。
でも、追い詰められているときは、
その余裕そのものがありません。
休む余裕がないから休めない。
休めないからさらに追い詰められる。
この構造から、一人で抜け出すことは、
本当に難しいです。
タコハチさんが休めなかったのは、
意志が弱かったからではなく、
休むための余白が、
どこにもなかったのだと思います。
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「昔を思い出しました」と書いてくれました。
その「昔」を思い出すことは、
楽しい記憶ではないはずです。
でも、こうして言葉にしてくれたこと。
それは、あの頃の自分を
「大変だったけど、生き延びた」として
少しずつ受け取り始めているからではないか、
と私は感じました。
200%で生きていたあの頃のタコハチさんは、
限界を超えながら、
それでも誰かを支え続けていた。
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かつて、
限界を超えて生きていた経験がありますか?
仕事だけでなく、
家族のこと、お金のこと、喪失のこと。
複数のことが同時に押し寄せてきた時期が、
ありましたか?
今、少しでも昔より呼吸ができているなら、
それはあなたが生き延びてきた証です。
タコハチさん、
ここまで来てくださってありがとうございます。

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