掌編 ビロードの毛皮は弾け
雷は “影” がやってくる前触れでした。
宙から大地へと稲妻が矢を放ったとき、ひとりの影がわたしの部屋のベッドに横たわりました。わたしは黒く輪郭がぼやけた影が、ぬるりと部屋に現れる瞬間を夢の中で見ている気分でした。
影は全体が突然現れるのではなく、頭の端のほうから少しづつ壁に現れました。大きな影の輪郭のぼやけたものを神さまがデッサンしているみたいに。
影は、遠い大陸に棲息する猫に似たしなやかな動きをし、野生動物の持つ俊敏な筋肉をビロードの毛皮の下に潜ませていました。そして、ためらうこともなくベッドまでまっすぐ歩き、わたしの枕もとで身を横たえました。
猫に似たぼんやりした影は、わたしの髪の匂いを嗅いでいたかと想うと、すぐに動かなくなり、隣で寝息をたてはじめました。首と肩に影の温かい息がかかりました。
雷の激しい光がこの訪問者におぼろげな模様を照らし出したとき、初めてわたしは躰を起こし、観察したのです。
たくましい胸が規則正しく膨らんだりしぼんだりするのを眺めながら、わたしはその緩やかに伸びきった優雅な躰としなやかな手脚にうっとりしてしまいました。まさに野生の美しさでした。
頭蓋骨のカタチや、肩の広さや厚み、背中から腕にかけて流れる優雅な筋肉の構造はヒトとも動物とも違う気がしました。
丸みを帯びた額には優れた頭脳が隠れていて、脳のシナプスが毎秒とんでもない速さで交錯し、この世の事象をとらえ、理性を崩壊させ、再び現実を作り変えている、そんなイメージが溢れてきました。
わたしは影の寝息が放つ香りに包まれました。太陽と月と水辺のぬかるみと積もった枯れ草の太古の匂いが混ざった、土の焦げるような匂いです。
そこには真夜中の湿り気も、春の芽吹きすら含んでいるようでした。
暗闇で見ているだけなのに胸が熱くなりました。彼を取り巻く、身に迫るような、錯綜した生きものオーラは、わたしをいかようにも高揚させてしまうのだと気がつきました。
遠くで雷の閃光がまたたきました。
わたしは影に重なりました。背をくねらせ脚を開き、すみずみまで溶けこみました。彼は当然のようにわたしを向かい入れてくれました。
わたしの胸が彼の胸に、わたしの爪先には彼の爪先が、背中には彼の背中が、指先の先と先が、ピッタリとはめ込まれるようにひとつに連なり、生暖かい快感が全身を包みこみました。生暖かいものはそのまま躰の芯から皮膚の表面、肌を覆う数センチほどほ外気まで静かに広がってゆきます。
わたしは全身の血流がすみずみまで満ちてゆくのを眺めるような心地で感じ入りました。
──気持ちいい。
そう口にした途端、影は弾け、空を破るようなひかりを放ちました。
視界が白一色になり、闇に光る稲妻と共鳴しながら、わたしと影の躰は燃え、震えました。
眩しくて目を閉じた瞬間、遠い記憶が降りてきました。
熱い肉体の躍動に憧れてこの地球にやってきたときの、誕生の歓びでした。
#シロクマ文芸部 「雷は」に参加させていただきました。
短い物語とエッセイを書いています。
いいなと思ったら応援しよう!
応援ありがとうございます✨ ZINE制作や創作活動に使わせていただきます✨