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シロクマ文芸部| 眠れない熱狂

眠れない話をする場所だと聞いてきました。
ここであっていますか? それならよかったです。

ええ。最初は幸せな光景でしたよ。
イルミネーションが輝いていて、誰もが笑っていて。

それが嘘だと気づいてしまってから、わたしは眠り方を忘れてしまったようなのです。

街のにぎわい、きらめき、ざわめき、華やいだ空気のすべてに、空虚なものを感じずにはいられなくなりました。

コントロールされたお祭り特有の、興奮しきって無我夢中になった人々の、やりたい放題の高揚感……そんな虚構のにぎわいには、子どもが無心に遊ぶあの澄み渡った恍惚は存在しないのだとわかってしまった。

もしかしたら人々は、この地球上のどこかに、まだ楽園のような場所、不愉快なことのなど何ひとつ起こらない期待通りの場所があるのだと信じているのでしょうか。
それとも、少しでも危険を暗示するようなものを目にしたくなくて、喪失を引き受けることができそうもなくて、幻の歓喜に逃げているのでしょうか。

そう感じてしまったわたしは、歩いている人々の興奮も高揚も歓喜も、顔にこっそり貼り付けた一枚の薄っぺらな皮膜にしか見えなくなりました。

精巧なはずのそれがぺらりと剥がれ落ち、たちどころに憔悴しきって言葉を発する気力も失せ、どんよりと歩いている人たちの、骸骨のようながらんとした目を見逃せないのです。
彼らの狂騒には恐怖の匂いが立ち込めていています。
それがわたしの違和感をくすぐるのです。

え? 眠れない理由をぜんぶ話さなくてもいいですって? 
ああ、なるほど。
五分間のタイミリミットがあるのですね。

でもせっかくここまでお伝えしたのですから、最後までおつきあいくださってもいいですよね?

わたしがおそろしいのは、彼らでも、きらめくイルミネーションでもなく、それらを通して現れる熱狂の方です。
虚構と偶然を天秤にかけたでたらめの中に真実のふりをして現れる巧妙なサインのような。

スクリーンの向こう側で熱狂した人間がみんなの前に引きずり出されるのをわくわくしながら待っているような気がしてなりません。
彼らは無様な他人事ほど楽しいとでも言いたげに、なにかを暴き立ててやろうとする悪意がみなぎっている。
なにかが暴かれる、そういう場面に立ちあって、その瞬間だけは神にでもなったように、ほら見てごらん、と蜜を舐めるように得々としたいのかもしれません。

え?
わかりました。残り一分ですね。

さあ、なんでも言ってごらんと誘われているみたいで、うっかり話しすぎてしまってごめんなさい。

それにしても、世の中はなぜこんなにデタラメなのでしょう?
このぬかるみの中で変化を起こそうと試みても、しょっちゅう挫折させられるのはなぜなのかしら。
努力は叶わず、限界にぶつかり、失望させられ、のろのろと改善がなされてはまた後退して、どうやったらくたびれずに生きてゆけると言うのでしょう。

誰かがもっと具体的にこの状況を説明してくれればいいのにと思うのです。
突然、『はいカット!』ってどこからか声が上がって、メガフォンを手にした監督が椅子から立ち上がり、スクリーンの裏から登場してくれたらいいいのにと。

そうだ。わたしが見たものはぜんぶ作り事なんだ、なんだそうだったのか、悪意がある人とかあざ笑う見物人とか、みんな役者だった。コントロールされたお祭りも、限界も失望も虚構もぜんぶ作り事で、やっぱりね、映画でよかった、そうか、脚本があったんだって、わたしが見たものはぜんぶスクリーンに映った幻影なんだって、そうやって安心させて欲しくてここにたどり着いたのです。



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