民主主義を破壊する反共カルトと戦犯③-07🏫イジメとネトウヨの棲息地07👹⛩[全能感と利害計算]
民主主義を破壊する反共カルトと戦犯③-07🏫イジメとネトウヨの棲息地07👹⛩[全能感と利害計算]
表向きの🇯🇵社会では、なかなか見かけないが、ネット上では暗躍して、
まともな日本人🇯🇵を嬉々として集団で迫害したり、虐殺に追いやったりする
ネトウヨと言う「鬼畜👹が実在」しています。薄々気づいてる人も多いですが、残念ながらこれは、ファシスト👹やナチズム🇩🇪との闘いであり、放置すると、
犠牲💀や被害が広がる一方で、もはや避けては通れない🇯🇵社会問題に
なりつつあります。しかし、ネトウヨはあれだけ大勢居ながら、奴らの生態は
資料や研究もなく、全く分かっていません。このシリーズでは「イジメ」
を介して、その発生や生態を読み解いて解明していこうと思います。
内藤朝雄氏📕の「いじめの構造」はやや難解なので、独自の解説を加えながら、
その「イジメの構造と鬼畜👹の実態を明らかに」していきます。

第4章1節 利害と全能のマッチング
第4章1節1項 利害と全能が接合する二つのメカニズム
損得をまったく度外視して、「他人の内部に入り込み(投影同一化)、そこから他人を思う存分痛めつけたい(全能具現)」といった渴望だけで生きている者は
ほとんどいない。複雑な現実は、こういったゆがんだ情念からだけでも、
利害構造からだけでも、うまく説明できない。
これら二つは、接合し、相互に埋め込みあう。
そして、この相互埋め込みによって、独特の小社会の秩序が生じる。
とくに過酷な集団生活を強制される人々ほど、ゆがんだ内的ニーズを生きながら、
それと利害計算を同時並行的に接合させて、人間関係の政治を抜け目なく
生きているものである。
【醜悪な維新や自民党政治】
本章では、まず第1節で、利害と全能が接合する二つのメカニズムを考える
(利害と全能のマッチング、利害図式の全能筋書への転用)。
次に第2節では、この利害と全能の結びつきという観点から権力について考える。
そして、本書でこれまで論じてきた「ゆがんだ情念」の秩序が、
利害の構造と結びついて、過酷な政治空間に結実していくメカニズムを論じる。
その後で、第3節では、利害と全能が接合するポイントに着目して、
残酷な心理-社会的な秩序が蔓延しないようにする政策を考える。
第4章1節2項 損をするならいじめ続けない
いじめに関わる全能筋書は利害計算と緊密に結合し、利害計算に従属した形で
している。筆者が知る限り、自分が多大な損失を被ることがわかっていても
特定の人物をいじめ続けるというケースはほとんどない。
次の事例の、「普通生活してるなかで、人のこと、がんがん殴る、ってことない
じゃないてすか」という加害者の言葉は、みごとに核心を突いている。
多大な損失を被るとイジメ続けない。
例えば、暇空が裁判で連戦連敗し、悪事を働く仲間が去っていき、
Colabo叩きができなくなっていったのも、記憶に新しい。
【事例12・がんがん殴れる場所】
中学生のとき、いじめをしていた青年は、以下のように記者に話す。
「朝会って、「おはよう」てケリを入れる。
殴って顔が腫れて、誰だかわからない。その子は授業中顔を伏せている。
先生は寝てると思ってる。その後、また殴る。
なんでも、すぐ因縁つけて。ターゲット決まったら、そいつに集中ですね。
まあ、登校拒否しちゃうから、そういうやつは結果的に。
そうするとまた、つまんねえ。
他のやつに移動して。
それをなんか楽しんでやってたから。
(中略)やりすぎたかなっていうのは、いまごろになって思うことで(中略)
中学あがって、イライラするじゃないですか。
わかんないことばっかりだし。先輩こわかったり。勉強できないとか。
先生が好きじゃないとか。まあ、家のこともあったり。
だから、やっぱ、そうなると、いじめちゃうし。
普通生活してるなかで、人のこと、がんがん殴る、ってことないじゃないですか。
発散できるから。ある意味で気持ちいいし」
彼はその後、教員の強い指導で、いじめることができなくなる。
そして「いじめられる人間いないから」ということで、
今度は万引きなどの非行に走り、「クスリ以外はなんてもやった」。
(TBSテレビ「NEWS23」の特集より、1995年9月11日放映)
いろいろ「先輩こわかったり。勉強できないとか」抑圧され、縛られて
「全能感(=自己陶酔感)が得られない」ので、憂さ晴らしに、
難癖つけて、嫌がらせして、殴っている事がわかる。
要するに、「弱くて心の制御ができない」ので、八つ当たりしてることがわかる。
【ガンガン殴る全能を味わい尽くすためだけに犠牲になるイジメ被害者】
自分が人生の大部分を過ごす市民社会(「普通生活してるなか」)では、
「人のこと、がんがん殴る」などということは、なかなかできるものではない。
せっかく中学という「普通生活してるなか(市民社会)」でない特別な環境にいるのだから、できるうちに思う存分「がんがん殴る」全能を味わい尽くしておこう、
という利害計算がよくあらわれている。
このように予め「加害者は法律の抜け穴」を巧みに突いて、責任を負わされず
「無罪となる」ことを見込んで「利害計算」の上で、凶悪な犯罪に手を染めている
ことがわかる。これは、日本だけでなく、スウェーデンでも同様に、
「加害者は法律の抜け穴」を巧みに突いて、殺人ビジネス💀まで展開している。
【殺しの実行役に子どもを使うスウェーデンの「ビジネスモデル」の存在】
「兄貴、初めての殺しが待ち切れないぜ」。
こんなメッセージをインスタグラムに投稿していたのは、スウェーデンの
11歳男児だ。これに19歳の指示役は「気合いを入れておけよ。必ず出番は来る」
と応じていた。
同国のギャングは、幼過ぎて刑事責任を問われない子どもを殺し屋として、
チャットアプリ経由で雇っている。
AFPが確認した警察の捜査報告書によると、この事件は西部ベルムランド県で
昨年発生したもの。指示役は続けて、男児に殺しの報酬として15万クローナ
(約206万円)を提示し、衣服や犯行現場までの交通手段を提供したとされる。
スウェーデンの検察によると15歳未満が容疑者である殺人関連事件は、
2023年1~8月の31件から今年同期は102件に急増しているそうです。
【ヘタレなので身の危険を感じると手を引く】【立花が自白に走ったように】
加害少年たちは、”危険を感じたときはすばやく手を引く”。
そのあっけなさは、被害者側意外に思うほどである。損失が予期される場合には、
より安全な対象を新たに見つけ出し、そちらにくら替えする。
加害者の行動は、全能気分に貫かれながらも、徹頭徹尾、
利害計算に基づいている。
無差別犯が女性や子どもを選んでるのと同じで”全能感を感じやすい相手を選ぶ”。
あくまで、自己愛性パーソナリティ障害(NPD)特有の嗅覚とヒエラルキーに基づいて、自分より弱い者や下位の者を狙って攻撃を仕掛けていることが分かる。
■弱者を狙う無差別殺人者
彼らは無差別殺人者と呼ばれ、「誰でもいいから殺したかった」と語るような
殺人者です。しかし、無差別というのは”特定個人を狙わないという意味”
であり、無差別殺人者は人を選びます。
彼らは誰かを殺したいのですから、殺しやすい相手を選びます。
一人でいる人や、子供、女性、高齢者など、強い反撃が来ない相手を選びます。
乗り物内の殺人も、繁華街の殺人も、多くの犠牲者は女性や高齢者です。
狙いやすい人、逃げ遅れた人、反撃してこない人を狙います。
さらに、被害者を救助しようとする人を狙うこともあります。
銃を使って屋上から人々を狙うような大量殺人は無差別ですが、
それでも銃をもたない反撃してこない人を遠くから狙うでしょう。
【強い者から注意されると一時撤退する】
いじめのハードケースのうちかなりの部分は、親や教員などの「強い者」から
注意されたときは、一旦は退いている。「自分が損をするかもしれない」と
予期すると迅速に行動を止めて様子を見る。
そして「石橋をたたき」ながら、少しずついじめを再開していく。
「大丈夫」となると、「チクられ」た怒り
-----全能はずされ憤怒-----も加わっていじめはエスカレートする。
しかも、そのころには親や教員の力は「思ったほどではない」という自信もついて
いる。ハードケースの「破局が唐突に」起こるまでには、ゆっくりとした
損失計算の下方修正がある。
"ほとんどすべてのいじめは、安全確認済み"で行われている。
例えば、女性のストーキングなども、予め「相手女性を調べ上げて」大人しそうで
仕返しされない、報復されない相手を選んで、ストーキングや性加害を行っている。すべてのいじめや加害は、”絶対反撃されない”安全確認済みで行われてる=超絶卑怯な心理、が働いていることに留意しておきたい。
【閉鎖的で市民社会の論理を学校に入れないことで、ワザとエスカレートさせている】
頻発しているハードケースは、利害コントロールが十分に行われていれば
ソフトケースの程度で終わるはずのものである。
市民社会の論理を学校に入れないことが、ハードケースを頻発させている。
暴力に対しては警察を呼ぶのがあたりまえの場所であれば、
「これ以上やると警察だ」の一言で、(利害計算の値が変わって)
暴力系のいじめは確実に止まる。
第4章1節3項 利害計算と全能筋書
【加害は言い訳まで、合理的で逞しい利害計算されている】
いじめ加害者たちが、全能気分を味わうために「うまい」手だてをみつけ、
他人を痛めつけるプランを立て、安全を確保し、非難された場合には
言い訳をする、現実的な段取りの組み方は、合理的で逞しい利害計算能力に
もとづいている。特に集団心理-利害闘争がひとりひとりを
過酷に巻き込む現場ほど、利害計算と全能筋書との接合は、
次の二つのプロセスが絡み合った連鎖からならざるをえない。
自己愛性パーソナリティ障害(NPD)は、努力をしない代わりに、人間関係の機微
には敏感で、本能的で刹那的に見えて、「絶対に負けない段取りをして」
加害を行っているのが特徴である。
下記のような、誰が権力があるか?誰が誰より強いか?誰と誰が仲良く、
誰と誰が敵対しているか?自分より弱いのは誰か?バックに誰か居ないか?
など、複雑な人間関係を巧みに把握して、「絶対に負けない段取りをして」
権力者を害する事なく、こっそり利益をくすねて、加害を行うのが特徴である。
そして、「絶対に負けない段取り」をするために、ターゲットを孤立無縁化して、「絶望に追い込んで反撃できなくする」ところまでが「一連のセット」
になっている。複雑な人間関係を巧みに把握するために噂話に熱狂するのである。


①【全能→利害】
全能気分を味わいたいニーズによって利害計算を行い、全能筋書のストック
(記憶の貯蔵庫)から利害にかなう都合のよいものを選択し、つなぎあわせて、
巧妙に全能具現のための段取りを組む。
段取りが組まれて筋書が具体的に現実化(具現)される時点では、最初の全能気分
を味わいたいニーズから段取りが組まれたことの記憶が情動的に解離され、
その段取りに適合したもっともらしい動機の筋書
(〜だから〜している)が信じ込まれる。
そうであり得たかもしれない、さまざまな全能筋書の候補は、
安全チェックを経て刈り込まれ、潜在化している。
これらは状況に応じて顕在化してくる。
仲間と相談して共謀したりして、利害にかなう都合のよいものを選択し、
つなぎあわせて、常に二重三重に罠🪤を仕掛け、「最もらしい言い訳」を
用意しておく。「詐欺被害者が何度でも騙される仕掛け」を参照のこと。
また、「動機の筋書(〜だから〜している)が信じ込まれる」は、
統一協会🏺の「いつの間にか変えられてしまう”入信動機”」を参照のこと。
詐欺被害者が何度でも騙される仕掛け
いつの間にか変えられてしまう「入信動機」
②【利害→全能】
その場の利害状況にあわせて、全能筋書を都合よくつなぎあわせ、有利な感情状態
をつくりあげるプロセス。すなわち、利害状況にあわせて、全能筋書のストック
を検索し、利害状況に適合した「テンプレート」を呼び出し、
活性化し、その全能筋書に即した生々しい感情状態になりきる。
なお、この時点では一連の検索・呼び出し作業の記憶は情動的に切り離されている(解離されている)。
俳優が、脚本に合わせて、役作りをして、演技をして、観客や視聴者を
騙すように、全能筋書に合わせたキャラを演じる名俳優になり切るのである。

【ネトウヨが話通じないのは論理的不適合で生きているから】
たとえば、学級内で上位身分を保つためには「コワイと思わせる」必要がある
という利害計算に誘導されて、「破壊神と崩れ落ちる生贄」
の全能筋書が呼び出されて活性化する。
そのことによって、怒り(ブチギレ)の感情状態になる。
そして弱そうな生徒をボコボコに殴る。
この加害者は、きちんと損得にあわせて怒るよう
自分の感情状態を誘導しているのであるが、
自分が損得にあわせて怒っていることを「知っていて知らない」。
怒った時点では、「損得抜きに」「心底」「本当に」、怒っている。
この「純粋」な怒りの感情状態と、利害計算によって上手に(損得ずくで)
怒っていること------加害者は、この矛盾する2つの生の状態を、
矛盾したまま、「気合いで」同時に生きる。
きちんと損得にあわせて怒るよう自分の感情状態を誘導しており、
役になり切って、ホントに怒っているように見えるし、
本人も本当に怒っていると思っている。
ネトウヨなど顕著だが、利害関係に基づいて、自分達に有利なシナリオ通り
に怒っているので、「意味不明で話が通じない」みたいなことになる。


【ターゲット選びなどのプロセス「利害計算と全能筋書のマッチング」】
右の二つのプロセス(①【全能→利害】と②【利害→全能】)は、
何重にも折り重なりあって接続している。
すなわち、①全能体験ニーズのために都合よく利害計算がなされ、
②利害計算から呼び出された全能筋書は、
即座に全能体験ニーズになる(逆の②→①もまた然り)、
といったプロセスが次々と重なりあうのである。
いじめの場で、多くの人々は利害計算に照合して全能筋書を組織し、
全能筋書に照合して利害計算している。
これを「利害計算と全能筋書のマッチング」と呼ぼう。
第4章1節4項 集団のなかで「すなおになる」ということ
【奴らの素直で従順とは?】
過酷な集団生活であるほど、このような「利害計算と全能筋書のマッチング」が、
生き延びるために余儀なくされる魂の技法、あるいは、存在の深いところに
ねじ込まれる反応の型として強いられる。
すなわち、そのときそのときの「いま・ここ」に応じて、
損得勘定の機能を担う解離した心理的断片群(利害モジュール)と、
悪ノリの機能を担う解離した心理的断片群(全能モジュール)とが連動しながら、
スイッチが入ったり切れたりする-----というやりかたで瞬時に反応して
生きるよう、人間がまるごと改造される。
これが、集団生活のなかで「すなおになる」と言われていることである。
【事例13・すなおだから】
次の事例を見てみよう。
ある高校生Aの事例。
暴力に満ちたクラスには、殴られ要員がいる。
Aは観客だった。見物してはやし立てて楽しんでいた。
「無理してつきあってる。さぐりあい、ほんとは、つきあいたくない。
騙し合いなんだよ。要するに。あの学校では。
上の人の話を単に聞くだけじゃなくて、話を聞く態度、
要するに接している態度を見せなければならない」
「接している態度とは?」筆者は質問する。
Aは答える。
「話をあわせる。相手はどんな気分になるのか?
こいつは仲間なんだなと、そう思うんじゃないの。
殴られ要員にならないために、話を合わせる。
自分だけでなくみんなそう。いじめられる第一の原因は見かけ。
こいつ変な顔してる、からはじまる」
「変な顔してるやつが強いヤツだったら?」
「みんな従っちゃう、すなおだから」
(筆者の聞き取り調査より)

【差別やヘイトの正当化&当たり前化】
「変な顔」という印象で異物として認定され、
「異物に対して憤る破壊神とその攻撃によって崩れ落ちる生贄」
という全能筋書が作動するかどうかは、
相手が強いかどうかによっている。
【ケンカなどが強い奴とか権力者だと「変な奴」でも見てみぬフリされる】
相手が強いと認定されれば、急遽全能筋書の具現は取り止めになり、
相手の顔が「変な顔」と体験されなくなる。
暴力的全能感にまつわる全能筋書は、
安全確保という目的に即した強いかどうかの値踏みによって、
作動・非作動が制御されている。
【体験構造が入れ替わってしまう】
記憶や体験が都合よく改竄される。
ここで起こっているのは、単に「相手が強いからやめた」という事態ではなく、
相手が強いかどうかの利害計算に応じて、相手の顔がどのように体験されるか、
こちら側がどういう人格になっている状態であるかといった、
体験構造の大きなセットがその集塊ごと入れ替わってしまう事態である。
「体験構造の大きなセットがその集塊ごと入れ替わってしまう事態」
とは、ちょっと理解が難しいが、恐らく暴れん坊将軍で、
町人姿の時の徳川吉宗に対する「悪役の体験」と
将軍様であると分かった時の徳川吉宗に対する「悪役の体験」とが
全く別物になってしまうようなイメージであろう。


【「保身のため」に媚びたり演技してたりすると更に迫害意欲を誘発する】
このような「全能筋書と利害計算のマッチング」は、単なる演技とは
異なっている。「演技」ということばには、その背後にさまざまな演技をしている
「本当」の人格が想定されているが、そのような「本当」の人格はマッチングの
邪魔になる。保身のために「ふり」をしているのではなく、そのときは
「馬鹿になりきって」
「そういう気分になりきる」
のでなければ、いじめ状況を生き延びることはできない。
自分の「感情」を使うのではなく、保身のために感情をいわば「あいだ」に
明け渡し、そのことで身の安全を得るのである。
別のところに「本当の感情」を確保しながら「ふり」をしているときに必然的に
醸し出される、独立した人格の雰囲気は、いじめの場ではもっとも迫害意欲を
誘発する。
相手が強かった場合の上記のような豹変に対して、
Aは「すなお」という言いかたをしている。
演技をしてるとバレたら、余計にイジメがエスカレートしてしまう。
なので、「保身のために体験や記憶を丸ごと書き換えて」まるで”別人に豹変”
してしまうのである。
この別人になる術は、統一協会🏺の別人になるマインドコントロール🧠と
同じようなモノと考えられる。
第3章で、「すなお」とは、コントロールする側の全能具現に即応して、
コントロールされる側の存在が伸縮自在に変化する(と周囲から感じられる)、
深いところからの自動性・即応性のことである、と論じた。
そして、場の空気に「なりきる」「すなお」さが、
集団の倫理秩序にもなっていることを指摘した。
【日本企業や創価学会や統一協会🏺のカルト内の騙し合いと同じ】
この倫理秩序は利害計算に従属している。皆が「騙し合い」ながら、かつ
「すなお」であるという状態は、矛盾も混乱もしていない。
この状態は、「全能筋書と利害計算のマッチング」にもとづく
コミュニケーションの集積から構成される秩序状態(👹群生秩序)としては
必然的な帰結である。このような秩序状態では倫理と利害計算とは分離しない。
皆が「騙し合い」ながら、かつ「すなお」であるという状態
=全体主義でファシズム
の状態なのである。
【一貫した人格状態を保持するのが難しくなる=平気で嘘に嘘を重ねる統一協会🏺や日本会議⛩の信者になる】
これまで述べたような「全能筋書と利害計算のマッチング」を多用すると、
一貫した人格状態を保持するのが難しくなる。
むしろ、利害に対して昆虫のような反応を示す人格以前の存在に、
解離した人格の断片が薄皮のように貼りついているほうが、
👹群生秩序には適応しやすい。
【維新や自壺党🏺やファシズムで独裁】
「利害と全能が接合するメカニズム」から生まれる秩序は、
いったんできあがると、動かしがたい政治的な空間として完成する。
”「利害と全能が接合するメカニズム」から生まれる秩序が動かしがたい政治的な
空間として完成したもの”が、「自壺党🏺の支配システム」なのであろう。
例えば、裏金問題💰で逮捕された谷川氏の場合、
自分の会社を中心に、「谷建会」などの業界団体を作って、
補助金💰や公共事業など公金チューチューの仕事を引っ張って、
下請けに仕事を流す代わりに、パーティー券🎫を「ヤクザのみかじめ料💰」
のように、下請けに購入させる。購入したかどうか?は、通し番号をつけて、
確実にチェックして、購入してなければ、兵糧攻めや経済DVで仕事を回さない。
パーティー券🎫を購入してくれた企業には、網の目のように張り巡らされた
人脈ネットワークから、労基や警察👮♂️や銀行や様々な役所などに
「裏から手を回し」企業が有利になるようにみかじめ料の見返りに
「便宜を図る」。裏金を作って、有力者にバラ撒き、組織票や選挙ボランティアを
出してもらう。





自分に従わない「全能感=自己陶酔感」を感じさせない、
企業や地元の有権者は、統一協会🏺や日本会議⛩などの
右翼やカルト団体や地元のヤンキーや半グレ反社などに頼んで、
嫌がらせをしたり、妨害工作🕵️♂️を行い、競争などやお店の営業など
で悪評をバラ撒いたり、不利になるように小細工をしたり
足を引っ張る。また、韓国のように、統一協会🏺が経団連などから
金💰を貰って従わない労働者に嫌がらせをする。
学校時代のイジメネットワークなどを活用して、常に地元住人を監視し、
野党の人と話するだけで、裏切り者やチクリとして、村八分にする。
この”「利害と全能が接合するメカニズム」から生まれる政治秩序こそが、
どれだけ不正をしても、不祥事を起こしても、手堅く組織票を集め
続けて選挙に勝ち続けてしまう、「自壺党🏺の支配システム」なのであろう。


マルティン・ニーメラー牧師の警句🚨


書籍紹介
🏫イジメとネトウヨの棲息地👹⛩シリーズまとめ(INDEX用)
民主主義を破壊する反共カルトと戦犯シリーズまとめ(INDEX用)
伊丹万作「騙されることの責任」
もちろん、「騙す方が100%悪い」のは紛れもない事実である。
その上で更に「騙されることの責任」を考えよう。

もう一つ別の見方から考えると、いくら騙す者がいても誰1人騙される者がなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかったに違いないのである。
つまり、騙す者だけでは戦争は起らない。騙す者と騙される者とがそろわなければ戦争は起らない。一度騙されたら、二度と騙されまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。騙されたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘違いしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
伊丹万作「戦争責任者の問題」より
