【島ICT#03】港から届いた“お古”、子どもから届いたメール──離島ICTの小さな革命/離島のデジタルデバイド編
はじめに
2002年の夏、島でのICT環境整備はまだ始まったばかりだった。 校内LANを自力で整えたとはいえ、教室で使える端末はわずかしかなく、子ども一人ひとりがコンピュータに触れられる状況にはほど遠い。 それでも、「できることから一つずつ」という思いで、次の一歩を踏み出すことになった。
勤務した離島の状況👇
離島の小学校で、一小学校教師が当時の島のデジタルデバイドに挑戦しました。 今から約20年以上前の2002年(平成14年)8月〜9月頃のお話です。
※注:本文中の一部地名や商品名等は仮名(かめい)にしています。
前回までのお話👇👇
1. 眠っていたパソコンが、海を越えて再び動き出す
夏休みの出張で、かつての勤務校(前任校)の同僚と顔を合わせたときのことだった。 その学校ではコンピュータの更新が行われ、古い機種は準備室にしまわれたままになっているという。実はその“古いパソコン”は、自分が在籍していた頃に保管しておいたもので、「まだ使える」と思っていたものだ。
以前から顔見知りだった新しく着任した情報担当の先生は、それらを再活用する予定はないらしい。 しかも準備室を別の用途に使いたいとのことで、廃棄扱いのまま眠っていた端末が行き場を失っていた。
前勤務校と現勤務校の両校の校長先生の許可も得られ、譲り受けられることになったとき、「これなら島でも“1人1台”が夢ではない」と胸が高鳴った。
前勤務校の同僚たちに手伝ってもらい、玄関まで機材を運び出して段ボールに梱包し、港へ向かった。 何度かに分けて船便で島へ送り、港では日直の先生が荷車で受け取ってくれる手はずを整えた。 当時はデスクトップ型のPCで、ディスプレイもいわゆるブラウン管モニター(CRT)だったため、どうしてもかさばってしまう。 一度に送り切れない分は、いったん自宅に持ち帰って対応した。

“お古”ではあるが、離島の学校にとっては貴重な戦力であり、環境改善への追い風となった。
2. 会議室では見えない“現場の声”
同じ頃、市町村全体でも新たなコンピュータ導入が検討され、各校の主任が集まる第1回の導入委員会が開かれた。 現場からは「教室に分散して設置してほしい」「コンピュータ室にまとめて配置してほしい」といった他校の主任の意見が飛び交い、方針は簡単には定まらなかった。
自分はその会議の場で、「せめて市内共通でプロバイダ契約を行ってほしい」と要望した。 当時は、各校がそれぞれバラバラにプロバイダ契約をしていたのだ。
たとえ島から直接ホームページを更新できなくても、自宅に戻ったときにアップロードすることが可能であり、何より同一のメールドメインを使えれば、市町村内での情報共有が格段にしやすくなる。 (つまり,この時点で学校のWebページはなく,そもそもの衛星インターネットは,FTP等のアップロードが不可だった。あくまで,テレビ会議用のおまけといった感じだった。)もちろん、すぐにではなくとも、将来的な島の環境改善を見越しての提案でもあった。
前任校がそうしていたことを例に挙げて訴えたが、行政の認識との間にはまだ距離があると感じた。
このころ、教育情報化推進コーディネータ(ITCE)3級の資格を取得していたが、現場でも行政でもその存在はほとんど知られていなかった。 資格だけで状況を動かすことはできず、より強いリーダーシップを発揮するには2級以上が必要かもしれないとも思わされた。
3. 本土の自宅が“基地”になる──ADSL8M作戦始動
一方で、本土にある自宅のインターネット回線も整備を進めていた。 1月に1.5Mbpsへ切り替えていたADSL回線が8Mbps対応エリアとなり、夏休み前に申し込みを済ませて8月20日に開通した。 ADSLは今では当たり前だが、基本的に定額料金で常時接続が可能である。
モデムを交換するだけで導入はあっけなく終わり、速度測定サイトでは最大2.4Mbps程度と、理論値には届かないまでも以前の倍近い速度を確認できた。
島では携帯電話のデータ通信という心もとない環境でインターネットに接続していたため、自宅での快適な通信環境は心強かった。 島で作業したホームページを本土で更新するという“二拠点活用”の体制を整えることで、制約の中でもできる工夫を重ねていった。
現在ではコンプライアンス上の問題があるかもしれないが、当時はこのような方法で進めるしかなかったことを思うと、隔世の感がある。
4. たどたどしい文字が運んできた、大切な気づき
この夏、もうひとつ心に残る出来事があった。 単身赴任中の自分のもとへ、小学3年生と幼稚園の我が子から誕生日メールが届いたのだ。 夏休みに購入した「ドラえもんメール」というソフトで練習した成果で、50音表を片手に一文字ずつ打ち込んだ様子が目に浮かぶ。

この島では十分なインターネット環境が整っていない。 子どもたちは中学校を卒業すると島を離れ、本土の高校で下宿生活を送るのが当たり前だ。 そんな中で、メールが使えることは家族や友人とのつながりを保つ大切な手段になる。
地域のインフラ整備は簡単ではないが、その価値や可能性を島の人々にも感じてもらいたい──メールを受け取った日の夜、改めてそう思った。
おわりに
古いパソコンの再活用、導入委員会での提案、自宅回線の整備、そして家族とのメールのやりとり──それらは一見ばらばらな出来事のようでいて、「離島のICT格差を少しでも埋めたい」という一つの思いでつながっていた。 便利さとは程遠い環境の中でも、小さな一歩を積み重ねることで、確実に何かが変わり始めていることを感じた。
やがてその変化は、教室そのものの風景にも広がっていく。 次に待っていたのは、子どもたちの前に大型のデジタルボードが登場するという新たな展開だった。 島の教室は、そこからさらに大きく動き出すことになる。
離島のデジタルデバイド編#04へ続く👇👇
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