画面の向こうへ広がる【島学#09】/離島の小学校三年目の学び編 09
2004年6月。
島での公開授業と講演会、そして本土での大会を終え、日常が戻ってきた。
けれど、学校でも島の外でも、少しずつ新しい動きが始まっていた。
そんな6月中旬の記録である。
1.テレビ放映へ向けて
6月4日の公開授業と講演会が終わっても、慌ただしさは続いていた。
その日の夕方には、NHKのディレクターさんから電話が入った。
6月4日に収録した内容についての確認と追加取材である。
放映に向けて細かな確認が続いていた。
翌日になって、またディレクターさんから連絡が入った。
県内での放映日が変更になったという。
校長先生をはじめ、関係者への連絡に追われることになった。
市教育委員会にも案内していたため、予定の修正はなかなか大変だった。
それでも、このタイミングで島の情報教育を取り上げてもらえることには大きな意味があると思っていた。
メールを送り、電話をかけ、放映日変更の連絡を続ける。
結局、放映は6月15日夕方のニュース番組の中で行われることになった。
2.テレビの中の島
放映当日の朝は、いつもより少し早く始まった。
前夜は共同の洗濯機が空かず、洗濯できなかったので早起きして洗濯を済ませる。鍵を開けるため、学校にも早めに出勤した。
その日の新聞を開くと、テレビ欄の解説コーナーに放映予定の記事が載っていた。
「離島の小学校情報教育」。
NHKが4日連続で放送する教育シリーズの第1回として紹介されるらしい。
前日にテレビを見ていた人からは、「予告編で少し映っていたぞ」とも聞いた。
そんな話を聞くと、少し落ち着かない。
そして夕方。
いよいよ放映の時間になった。
画面には子どもたちの姿が映り、島の様子が紹介されていく。
自分の姿が映るたびに、どこか気恥ずしい。

5分30秒の特集にディレクターさんの解説も加わり、約8分ほどの放送だった。
改めて振り返ると、多くの方々に支えられて実現した取材だった。
関わってくださった皆さんへの感謝の気持ちが自然と湧いてきた。
3.届いた反響
放映が終わると、思っていた以上に反響があった。
メールが届く。
電話が鳴る。
翌朝には、市の教育委員さんからも連絡をいただいた。
正直なところ驚いた。
同時に恐縮もした。
テレビに映ったのは自分ではなく、島の子どもたちの学びであり、それを支えてきた多くの方々の取り組みであると思っていたからだ。
それでも、島で続けてきた情報教育の実践に関心を持ってもらえたことは素直にうれしかった。
4.夏の研修会、その先の研究大会
テレビ放映の余韻が残る中でも、県総合部会の仕事は次々と動いていた。
この年、自分は事業部長を任されていた。
まず取り組んでいたのは、夏季研修会の準備である。
会場周辺の駐車場確保もその一つだった。
参加者数を考えると、学校だけでは収まりきらない。
そこで近くの河川敷を利用できないかと考え、国土交通省の事務所へ連絡した。
使用許可の方法を尋ねると、ほどなくして申請書類がFAXで送られてきた。
しかし、その書類を見てもなかなか要領がつかめない。
「これは難しそうだな……」
と思いながら書類を広げたことを覚えている。
その一方で、事務局長のFさんとは何度も電話でやり取りをしていた。
夏季研修会の案内文書づくりである。
日程や内容を確認しながら少しずつ形にしていく。
さらに6月18日には県小教研総合部会総会が開かれた。
総会終了後には、秋に予定されている県総合研究大会について、県南の会場校の教頭先生や研修主任の先生を交えて事務局で話し合いを行った。
こちらは県で初めての総合的な学習の時間の研究大会である。
記念すべき第1回研究大会の準備はまだ始まったばかりだったが、秋に向けて少しずつ動き始めていた。
5.新しい宿題
そんな頃、H先生からメールが届いた。
島にも来てくださったH先生である。
内容は、日本教育工学会での発表についてだった。
テーマは、島っ子交歓BLOGの実践をもとにした発表になる。
しかし同時に、不安も大きかった。
これまでの実践記録は残している。
けれど、学会発表となると話は別である。
しかも、扱うデータは数値で整理できるものばかりではない。
子どもたちのやり取りや変化といった、質的な記録が中心になる。
「ほんとに大丈夫かな。」
メールを読み終えたあと、そんな言葉が自然に浮かんだ。
6月4日の出来事は終わった。
しかし、まだまだ島での取組の広がりは終わりそうになかった。
次回に続く・・・👇
前回の話👇👇
◆本シリーズについて(初めて読んでいただく方へ)👇👇
約25年前の2002年、船が生活のすべてを左右する離島の小学校に赴任しました。
予定通りにいかないことが当たり前の中で、学校と暮らしが地続きの毎日を過ごしていました。
そんな環境の中でも、子どもたちに自信をもたせたいと考え、総合的な学習の時間に取り組んでいました。
この話は、離島の小学校勤務2004年度当時の日記をもとに、島の学校編では収まらないプロジェクトや情報教育、外部との関わり等について描いていきます。
※本文中の地名・固有名詞は一部仮名としています。
マガジン離島の小学校三年目の学び編👇👇
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