夢のような1日の、そのあとで【島学#08】/離島の小学校三年目の学び編 08
2004年6月5日。
目を覚ますと頭が痛かった。
前夜の懇親会が楽しくて、つい飲み過ぎてしまったらしい。
ここまで飲んだのは久しぶりだった。
間違いなく二日酔いである。
もっとも、ゆっくり休んでいるわけにはいかなかった。
前日の講演会の余韻が残る中、朝7時発の連絡船で本土へ向かわなければならない。
港へ向かいながら、昨夜のことを思い出していた。
島の人たちで埋まった体育館。
若者から出た質問。
そして、「島に行くよ」と言ってくださった先生方が、本当に島へ来てくださったこと。
本当に夢のような1日だった。
けれど翌朝になれば、また次の予定が待っている。
1.島から大会へ
7時30分、本土に到着した。
船には教頭先生も乗っていた。
後で聞いた話では、かなりぎりぎりで飛び乗ったらしい。
島から来られた方々を何人か車に乗せ、市内のJ社へ向かう。
途中、自宅に寄って荷物を置かせてもらい、コンビニで水分補給を行った。
この週末は「2005年の教室を考える会 in 地方特別大会」が開かれることになっていた。
前日の島でのオプショナルツアーではなく、こちらが本体である。
全国から多くの学校現場の情報教育実践者等が集まる。
会場に着くと、今度は参加者でありながらスタッフとしても動いた。
ワークショップ会場の設営や受付の手伝いなど、やることはいくらでもあった。
会場ではH先生の著書が先行販売されていた。
見つけると慌てて購入したことを覚えている。
やがて大会が始まった。
前日まで島にいた先生方も、今度は大会会場で島での様子を報告している。
その光景を不思議な気持ちで聴いていた。

ワークショップ、実践発表、企業プレゼンテーションとプログラムは次々に進んでいく。
気がつけば夕方になっていた。
2.長い夜
1日目の大会終了後は後片付けを行い、そのまま急いで自宅へ戻った。
いったん車を置き、今度は自転車に乗り換え、懇親会会場へ向かう。
会場では、打ち合わせの時に「食べ物が足りなくなるかもしれない」という話から生まれた地域芸能のイベントも行われ、大いに盛り上がった。
つまり、食べるばかりだと間が持たないので何かアトラクションをということだったのである。
2次会は駅前の居酒屋だった。
参加者といろいろ話をしているうちに、同じ県内で同じ年に採用された先生がいることが分かったり、全国各地の実践の話で盛り上がったりした。
最後は地元のラーメンを食べに行こうという話になった。
しかし目当ての店は満席だったため、別の店へ向かうことになった。
朝はあれほど痛かった頭も、その頃にはすっかり治っていた。
他の参加者はホテルへ戻っていったが、自分だけは自宅へ帰る。
メールを確認し、ホームページを巡回し、あれこれ作業をしているうちに時計は午前2時を回っていた。
3.再び始まる朝
翌朝も早かった。
スタッフ集合は8時。
6時半に起き、慌ただしく支度をして会場へ向かった。
この日は交流学習やデジタルコンテンツ活用に関する実践発表が続いた。
特に印象に残ったのは、デジタルコンテンツを自作しながら授業づくりを進めている実践だった。
当時の情報教育というと、インターネットやメールに注目が集まりがちだった。
しかし、それぞれの環境に応じて工夫を重ねている実践にも大きな価値があることを改めて感じた。
午後にはグループ発表が行われた。
時間超過するグループの発表も多かったが、自分たちのDグループは予定通りに終えることができ、グループの方々とねぎらい合った。
最後にN先生とH先生によるまとめがあり、2日間の大会は幕を閉じた。
4.また島へ帰る
閉会後は片付けを行い、スタッフや先生方と記念撮影をした。
みんなで一緒に昼食を食べた後、自宅へ戻る。
しかし、のんびりする時間はない。
今度は島へ帰る準備である。
メールを処理し、荷物をまとめ、港へ向かった。
最終便で島へ戻る。
港から向かった先は宿舎ではなく学校だった。
週末の間にたまったメールを処理し、Blogを書き、翌日の準備を進める。
最後に行事黒板を書き終えた時には、23時半を回っていた。
前日は島で講演会があり、その翌日は本土で大会スタッフとして動き回り、そしてまた島へ戻ってくる。
ジェットコースターのような慌ただしい週末だった。
それでも不思議と嫌な疲れはなかった。
数時間前まで本土にいたことが、少し不思議に思えた。
けれど窓の外から聞こえる波の音は、いつもの島の夜だった。
次回に続く・・・👇
直接の前回のつながりである研修編👇
前回の学び編👇👇
◆本シリーズについて(初めて読んでいただく方へ)👇👇👇
約25年前の2002年、船が生活のすべてを左右する離島の小学校に赴任しました。
予定通りにいかないことが当たり前の中で、学校と暮らしが地続きの毎日を過ごしていました。
そんな環境の中でも、子どもたちに自信をもたせたいと考え、総合的な学習の時間に取り組んでいました。
この話は、離島の小学校勤務2004年度当時の日記をもとに、島の学校編では収まらないプロジェクトや情報教育、外部との関わり等について描いていきます。
※本文中の地名・固有名詞は一部仮名としています。
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