「島に行くよ」の前日 【島学#07】/離島の小学校三年目の学び編 07
2004年6月。
「島に行くよ。」
昨年の秋、そう言われた日から半年あまり。
いよいよ6月4日が近づいてきた。
学校の日常は変わらないまま、その日を迎える準備だけが少しずつ進んでいく。
そんな本番直前の数日間である。
1.迎える準備、最後の一週間
いよいよ6月4日が近づいてきた。
島に情報教育関係者を迎える週である。
その週の全校朝会で、自分は週目標の発表を担当した。
せっかく多くの方が来校されるのだから、子どもたちにも普段以上に意識してほしいことがあった。
それは、人との受け答えである。
島の子どもたちは素直で人懐っこい。
しかし、島外の人と接する機会は決して多くない。
だからこそ、この機会を生かしてほしかった。
6校時には総合的な学習の時間で、6月4日に見ていただく授業について子どもたちと話し合った。
当日は、キーボード入力の取り組みや、昨年度取り組んだ総合的な学習について発表する予定だった。
外部の方の前で話す機会は、島の子どもたちには決して多くない。
せっかく来ていただくのだから、自分たちが取り組んできたことを、自信を持って堂々と伝えてほしい。
そんな思いで授業を構想していた。
一方で、隣の中学校では小学校で担任した生徒たちが続けているBLOGの更新が滞り気味だった。
昼休みを利用して直接話をしに行き、とりあえず1学期は輪番で続けるよう伝えた。
自主性を大切にしたい。
しかし、完全に任せれば止まってしまう。
その加減は、いつも難しかった。
帰り際、学校ホームページのトップページだけを更新した。
2.細かな仕事は減らない
6月4日が近づいても、目の前の仕事は待ってくれなかった。
ある朝は、大きな添付ファイルのせいでメール受信が止まってしまい、その対応に追われた。
前夜に宿舎のノートパソコンで受信済みだったため、どうにかならないかと試行錯誤する。
結局、Becky!(当時使っていたメールソフト)のリモートメール機能を使って問題のメールだけをサーバーから削除した。
トラブルは面倒だったが、新しい機能を知る機会にもなった。
その頃、「2005年の教室を考える会 in 地方特別大会」本編では、ワークショップのグループ分けも発表されていた。
自分はDグループだった。
グループ掲示板も動き始め、知り合いの先生の書き込みに続いて、自分も早速参加した。
実行委員長のNさんとのメール打ち合わせも続いていた。
そんな最中、地元新聞社から電話が入った。
NIEの取り組みとして、月1回発行される県内の学校新聞づくりに参加しないかという話だった。
面白そうだとは思った。
ただ、その時は何より目の前の6月4日で頭がいっぱいだった。
資料を送っていただいてから考えることにした。
隣の中学校の先生には、出張ついでに4日に必要な物品の買い出しもお願いした。
職員室では当日の役割分担について何度も確認が行われていた。
3.町の予定になる
あと2日となった頃だった。
給食の時間に町会長さんが学校へ来られた。
4日の講演会についての相談である。
話を聞いてみると、ちょうど6月1日からウニ漁が解禁になっているという。
「16時からでは、なかなか人は来られんと思うんよ。」
町会長さんはそう言った。
たしかにその日は金曜日である。
こちらは研究会の日程ばかり考えていたが、島では今まさにウニ漁が始まったばかりだった。
「夜ならどうでしょうか。」
「19時くらいなら、みんな来やすいんやないかな。」
そんな話になった。
考えてみれば、町の方々に聞いていただきたくてお願いした講演会である。
それならば、島の暮らしを優先するのが当然だった。
その後すぐに事務局へ連絡し、参加予定者へ日程変更のメールを送った。
急な変更で申し訳ないとは思ったが、島外から来られる方々はどちらにしても宿泊予定である。
大きな影響はないだろうとも考えていた。
するとほどなくして、H先生から了承の返信が届いた。
連絡したその日のうちだった。
忙しい中にもかかわらず、すぐに返事をいただけたことがうれしかった。
研究会の予定として準備していたはずなのに、この頃になると少しずつ町の予定になっていくような気がしていた。
4.前日
そして6月3日。
いよいよ明日である。
朝から子どもたちの指導をしているうちに時間はあっという間に過ぎていった。
途中で機器のトラブルも発生した。
本番前だけに冷や汗が出たが、なんとか対応する。
もっとも、来客準備ばかりしているわけにはいかなかった。
午後からはプール掃除である。
前年は7人いた児童が、この年は4人になっていた。
しかも最高学年は4年生。
校長先生をはじめ全職員で作業にあたったが、それでもなかなか終わらない。
掃除を終えると、そのまま講演会場づくりに取りかかった。
プロジェクター、スクリーン、机、椅子、マイク。
ひとつひとつ確認しながら設営していく。

準備をしながら、ふと2年前のことを思い出していた。
島に赴任したばかりの一昨年、大学院時代の師匠(指導教授)が運営する夏のセミナーに参加したことがあった。
その時、ちょうどH先生とN先生も来られていた。
当時の島は、今以上に情報環境が整っていなかった。
校内LANもなく、インターネット環境も十分とは言えない。
そんな島の現状について相談すると、お二人とも親身になって話を聞いてくださった。
それから1年あまりが過ぎた。
昨年11月、第4回「2005年の教室を考える会」に参加した夜の懇親会で、H先生がふと言われた。
「島に行くよ。」
その時は半分驚き、半分うれしかった。
そして今、その言葉が現実になろうとしていた。
楽しみでもある。
少し緊張もしている。
明日、船が着く。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回に続く👇
講演会当日(翌日)の話(研修編)👇
前回の話👇
◆本シリーズについて(初めて読んでいただく方へ)👇👇
約25年前の2002年、船が生活のすべてを左右する離島の小学校に赴任しました。
予定通りにいかないことが当たり前の中で、学校と暮らしが地続きの毎日を過ごしていました。
そんな環境の中でも、子どもたちに自信をもたせたいと考え、総合的な学習の時間に取り組んでいました。
この話は、離島の小学校勤務2004年度当時の日記をもとに、島の学校編では収まらないプロジェクトや情報教育、外部との関わり等について描いていきます。
※本文中の地名・固有名詞は一部仮名としています。
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