入学式のない春【島小③#01】/離島の小学校編Season3 01
2004年4月、いよいよ、島での勤務も3年目に入りました。
新しい先生方を迎え、新年度の準備が少しずつ始まっていきます。
入学式のない、少し静かな春のスタートでした。
1.静かな新年度の始まり
4月最初の朝、港に着いた1便の船から、新しく赴任してきた先生方が降りてきました。
自分は前日日直だったため、すでに3月31日から島へ入っていました。
まだ子どもたちのいない校舎は静かで、職員室だけが新年度独特の慌ただしさを帯びています。
9時30分から、新年度の職員会議が始まりました。
この年は、日課表を少し変更することになっていました。
6校時の終了時刻を早め、出張などで授業が欠ける分をできるだけ補えるようにするためです。
入り込み指導の計画も決まりました。
結局、自分の担当時数が一番多くなりましたが、それはもう仕方ありません。
校長先生が書写を担当してくださることになり、なんとか全体のバランスを整えていきます。
会議を終えると、新しく赴任した先生方を交えて昼食になりました。
せっかくだから運動がてら港まで弁当を取りに行ってくるということになり、春の風の中を歩きます。

今年度は、もう少し意識して身体を動かそう。
そんなことも、ぼんやり考えていました。
2.島に残る者の仕事
午後になると、先生方の多くは15時30分の3便で本土へ戻っていきました。
平日は誰かが島に残らなければなりません。
この日は日直の自分と、翌日の日直だった校長先生だけが学校に残ることになっていました。
職員室が急に静かになります。
そこから先は、細かな仕事の積み重ねでした。
新しく来た先生方のネームプレートを作り、提出書類を整理し、メールを処理する。
さらにLAN設定の確認や、細かな事務作業も続きます。
夜になると、ようやく自分の原稿仕事に取りかかりました。
県教育会の冊子へ送るアワビ実践の原稿を書き始めたものの、なかなか集中できません。
気がつけば22時を回っていました。
なんとか書き上げて送付の準備を終えます。
その勢いで総合的な学習のホームページ更新にも取りかかりましたが、さすがにそこまで体力は残っていませんでした。
結局、トップページだけをなんとか更新します。
いつまでも「見送りの写真」のままでは、新年度が始まった感じがしませんでした。
3.春の本土と、教員たちの歓送迎会
翌日は朝から激しい風雨でした。
しかし、不思議なもので、1便の船に乗る頃には空が明るくなり始めます。
春の天気は本当に気まぐれでした。
この日は本土で血液検査がありました。
受付は9時開始だというのに、8時前にはすでに数人が並んでいて驚かされました。
その週末には、教員だけの歓送迎会も開かれました。
場所は島ではなく本土側でした。
島勤務の教員は全員、本土から通っています。
平日は誰かが島へ残って日直をしなければならないため、こうした集まりは自然と土日の夜になります。
本来なら3月中に行う予定でしたが、年度末の土日に自分が東京へ出ていたこともあり、少し遅れて4月の開催になりました。
思えば、昨年も同じことをしていました。
この年は、教頭先生が異動せず3年目も残留するという少し珍しい出来事がありました。
本来なら2年で異動する予定だったそうですが、市内に異動枠の空きがなかったそうです。
新任教頭の先生方も、市外へ出るしかなかったと聞きました。
この頃は、新任教頭として市内に赴任するケースが多かったのです。
歓送迎会の主役は、産休代替として8月から勤務していたY先生でした。
産休の先生は育休を延長することになり、Y先生もそのまま残ることは可能でした。
しかし、自分なりの考えがあったのでしょう。
本土側の学校で新たに講師として勤務する道を選びました。
さらに不思議な縁もありました。
次に島へ来る講師の先生は、なんとY先生の高校時代の友人だったのです。
正式な辞令より先に、お互いメールで情報を知っていたらしいという話には驚かされました。
こういう人のつながり方を見ると、教育の世界は意外と狭いものです。
別れがあり、また新しい出会いがあります。
そんな春の区切りを終え、いよいよ新学期が近づいていきました。
4.3年目の島へ
始業式前日、自分は昼の便で島へ向かいました。
午前中は年休でしたが、船の時間があるので10時30分には自宅を出なければなりません。
学校へ着くと、さっそくトラブルが待っていました。
ダイヤルアップの自動接続がうまくいかない。
メールも読めない。
調べてみると、BJDの設定が変わっていました。
なんとか復旧したかと思えば、今度は日課変更に伴うチャイムプログラムの修正作業が待っています。
さらに組合関係の書類提出、行事確認、先生方のLAN設定。
気がつけば、またいつもの「何でも屋」が始まっていました。
そして、この年の学校は少し特別でした。
新入生もいなければ、卒業生もいません。
つまり、2年生から4年生まで4人だけの学校生活になります。
入学式も卒業式もない学校は、思っていた以上に静かでした。
新入生歓迎会も、卒業式練習もありません。
行事だけ見れば確かに負担は減ります。
しかし、そのぶん学校から「華」が少し消えてしまいます。
そんな中で、何か子どもたちの楽しみになるものを作れないかと考えていました。
実は一時期、テレビ番組『ポチたま』の関係で子犬を迎える話まで出ていましたが、アレルギーの心配もあり、その話は見送ることになっていました。
その代わりというわけではありませんが、この年は、もう少し意識して身体を動かす活動を増やしてみようと考えていました。
自分自身、港まで弁当を取りに歩くだけでも「今年は少し運動しないといけないな」と感じていた頃でしたし、子どもたちの人数が少ない年だからこそ、普段とは違う活動にも取り組みやすいのではないかと思ったのです。
そこで考えたのが、週1回ぐらいのバドミントンでした。
以前、山の学校で3年間指導した経験があります。
どうせやるなら遊びではなく、基本からきちんと教えたい。
ただ、小さな学校では「始める責任」も考えなければなりません。
自分が異動したあと、後任の先生の負担になってはいけない。
だから無理なく続けられる形で、まずは週1回から始めてみようと思っていました。
ともかく、島での3年目が始まります。
また新しい1年が動き出そうとしていました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回に続く。👇
前回の話(Season2)👇
◆本シリーズについて(初めて読んでいただく方へ)👇👇
約25年前の2002年、船が生活のすべてを左右する離島の小学校に赴任しました。
予定通りにいかないことが当たり前の中で、学校と暮らしが地続きの毎日を過ごしていました。
そんな環境の中でも、子どもたちに自信をもたせたいと考え、総合的な学習の時間に取り組んでいました。
このシリーズでは、当時の日記をもとに、島での仕事の大変さと、その中にあるささやかな温かさを綴っていきます。
3年目2004年の、Season3のお話です。※本文中の地名・固有名詞は一部仮名としています。
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