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研究の森で見つけた、教室への帰り道【研#03】/研修で出会う探究の風景

研究型大学院での修士論文づくりは、想像以上に厳しいものでした。
データと向き合い、問いを立て続ける毎日――その大変さは今もよく覚えています。
そんな時間の中で、私は少しずつ“自分の帰る場所”を思い出していきました。

前回の話👇


1 学ぶ側に戻った一年目の新鮮さ

大学院の1年目は、とにかく授業を受けて単位を取る日々でした。
学部生と同じ教室で講義を聞くこともあれば、他コースの院生と一緒に輪講で本を読んで発表することもある。
10年以上現場で子どもたちに教えてきた身としては、“学ぶ立場”に戻るのが何とも新鮮でした。

とはいえ、新鮮さばかりではありません。
読む、書く、調べる、まとめる。
今のようにAIの補助などもちろんない時代で、毎週のようにレポートを書く生活はなかなか骨が折れました。
まさに学ぶ子どもたちの気持ちが手に取るようにわかるというところでした。

最近、昔のデータを開いてみると、当時のレポートや課題がぎっしり詰まったフォルダを見つけました。
「よくこんなに書いていたな…」と、当時の自分を少し褒めてやりたい気持ちになりました。

授業の中には、PCやネットワーク技術を学ぶものも自ら希望してとりました。
Linuxでサーバー管理の基礎を学んだり、DOSのパーツを組み立てたり。
難しくて頭を抱えることも多かったのですが、後になって離島の小学校や現場でICT環境を整える際に、この経験が本当に役立ったのです。

“勉強はいつか必ず自分を助ける”・・・そんなことを、後になってしみじみ感じました。


2 大学院だからこそ見えた“授業の旅”

実は、大学院でどうしてもやりたかったことがもうひとつありました。
全国の研究会や授業公開を、できるだけ多く見に行くことです。

現職のまま大学院に通うとはいえ、普段の勤務では、他県の研究授業をそう頻繁には見ることができません。
ところが、私のゼミの指導教官(いわゆる“師匠”)は、日本中の学校に助言に呼ばれる方でした。

ある日、師匠からこう声をかけられました。

「よければ一緒に行ってみないか。」

このひと言で、私は各地の校内研究会等に同行させていただくことになります。

公開授業を見て、 その場で師匠の助言を聞き、 ときには院生としてコメントを求められ、 さらに、先生の講演まで横で聴く・・・。

あの時間は、本当に贅沢でした。
研究会の帰り道に、他大学の先生方と交わした何気ない会話までが学びでした。

1年目の記録を読み返してみると、訪れた学校名や同行した先生方の名前がたくさん残っていて、懐かしさで胸がいっぱいになります。
時には自分の研究テーマのヒントを求めて、他大学の先生から直接アドバイスをいただく機会もありました。

“大学院でしか見られない景色”が、確かにそこにありました。


3 大学院にいても、私は現場の人だった

「熱中時代大学院編」を読み返して驚いたのは、1年目の記録がとても多いこと。
2年目は修士論文が本格化し、記録どころではなかったのだろうと、あらためて思います。

2年目はもちろん、所属校で総合的な学習の授業に深く関わる時間が必然的に多くなりました。
ただ、1年目のうちからすでに“合間を見て学校に立ち寄る”という動きをしていたようです。

同じ県内で派遣されていた他の先生方は、ほとんど所属校には戻らなかったと聞きました。
でも私はというと、頼まれれば子どもたちにPCの授業をしたり、ネットワーク整備を手伝ったり、時には忙しい先生の代わりにPTAソフトボールの夜練に参加したり。

PTAのソフトボールの話は以前にも👇👇

それに、学期末の反省会(打ち上げ)にもよく顔を出していたのです。
大学院に通っているのに「来てくれたんですね」と職場の先生方が迎えてくれる、その温かさがうれしくて。

今思えば、大学院に通っていながら、 私はやっぱり現場の空気が大好きだったのだと思います。

研究に向き合いながらも、子どもたちの息づかいや先生方の声から離れたくなかった・・・。
そんな気持ちだったのだと思います。


4 ホームページ作りが教えてくれたこと

そして迎えた修士論文。
わかりやすく言えばタイトルは、

「ホームページ作りが、子どもたちにどんな学びをもたらすか」

といった研究でした。(もちろん実際の論文名はもっと堅いものです)

子どもが“見る立場”“作る立場”を行き来することで、何を感じ、どんな力が育つのか。
HPを制作する際の構成、表現、読み手意識、評価方法……。

こうした視点は、のちに離島で取り組んだ“図鑑づくり”の総合的な学習にも大いに生きたと感じています。

とくに大きかったのは、

独りよがりではなく、読む相手の存在を忘れないこと。

大学院での研究を通じて、この大切な視点をすでに身につけていたのだと思います。


感謝で締めくくる二年間

ここまでお読みいただいたみなさんに、論文の最後に記した当時の謝辞をそのまま掲載します。
少し長くなり,研究としては昔のものですが、感謝の気持ちは今もまったく変わっていません。

修士論文の謝辞(当時のもの)
「コンピュータを使った学習の意味ってなんだろう?」と思い、本大学院で学ぶ機会が与えられて二年間が終わろうとしています。とにかく、現場に役立つ研究にしたいと思い、勤務校に足を運ぶ機会も多く、本研究に関する授業実践は150時間にもなりました。授業実践に夢中になり、研究のことをつい忘れてしまいがちなときもありましたが、多くの方々のご援助・ご指導・励ましでなんとかまとめることができました。本当にありがとうございました。

特に、勤務校で150時間もの貴重な時間を快く提供くださり、ともに「たぬきプロジェクト」を推進してくださった駒津浜市南駒津浜小学校(仮名)の5年団の先生方と子どもたちに、まず感謝します。

指導教官であるM先生には、日本中を飛び回る大変お忙しいスケジュールの中、貴重な時間をいただきご助言・ご指導いただきました。ときには各地の研究会にご一緒させていただいたり、人とのネットワークを広げることの大切さを実感させていただいたり、すばらしい経験を重ねることができました。本当に二年間ありがとうございました。

K先生をはじめ教育方法講座の先生方には、この二年間、終始適切なご助言とご指導をいただきました。厚くお礼申し上げます。

また、このような研修の機会を与えてくださった県教育委員会、市教育委員会、南駒津浜小学校前校長のO先生、現校長のY先生と教職員の方々に、深く感謝いたします。この貴重な経験を今後の教職生活に必ず生かしていきたいと考えております。

本研究にあたり、評価者としてご協力くださった全国の先生方には、学期末のお忙しい時期にもかかわらず快く調査に応じてくださり、大変感謝しております。人のネットワークのすばらしさを実感しました。

さらに、教育方法講座で二年間を共に学んだ同期21名の仲間との出会いは、私にとって大きな財産です。ときには適切な助言や温かい励ましをいただき、大変感謝しております。苦楽を共にした時間を、私は決して忘れることができません。本当にありがとうございました。

コンピュータは道具ですが、それを使うのは人間です。どんなに社会が進歩しようとも、何より大切にしなければならないのは“人と人とのネットワーク”だと思います。そういった意味でも、この二年間でのすばらしい出会いを今後も大切にしていきたいと考えています。20世紀から21世紀へとまたがり、人生で記念すべき時間をここで過ごせたことを、心からありがたく思います。

最後になりましたが、さまざまな迷惑をかけていながら、終始支え励ましてくれた家族に深く感謝し、あとがきにかえたいと思います。本当にありがとうございました。

2001年1月19日 熱中探究教室

大学院修士論文「後書きにかえて」

次回(第4回)へ続く・・・👇👇

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