春の別れ、春の誓い 【総校①#02】/ 校長の挑戦―総合の力を信じて 第1章
着任の日の静かな校舎、そしてわずかな再開期間の後に決まった再びの臨時休校・・・。
前回までの2回では、コロナ禍の中で揺れながらも歩み始めた学校の姿をお伝えしました。
今回は、その続きの物語です。
前回の話👇
今から約5年前,2020年度コロナ禍での総合的な学習の時間を核とした学校経営の実践です。
全3章のうちの第1章(2020年度)3月からのことです。
※注 今回も本文中の一部地名や商品名等は必要があれば,仮名(かめい)にしています。
1.子どもたちの「おはよう」がくれたはじまり
迎えた着任式・始業式の日。 午前7時頃に学校へ着くと、まず校門前の横断歩道に立ち、立哨指導に向かいました。
次々と登校してくる子どもたちに「おはよう」と声をかけると、 「おはようございます」 と明るい返事が返ってきます。
子どもたちはおそらく、「新しい校長先生かな」と思っていたのでしょう。
いつも立ってくださっている地域の方にも挨拶をし、 「これからもよろしくお願いします」と言葉を交わしました。

2.声は届くが、表情は見えない春
着任式では、初めてのあいさつを、続く始業式では、新年度のスタートとして子どもたちに思いを伝えました。
けれども当時はコロナの影響もあり、マスク越しでは子どもたちの表情もよく分かりません。
校歌も歌うことはできず、静かな始まりとなりました。
式後、職員写真の撮影があり、 そのあとは学級ごとに写真撮影をする様子を、少し離れて眺めていました。
昼食を済ませた後は、町の赴任式に参加。
そのまま教育委員会で臨時校長会が開かれ、 休校期間(4月11日〜5月6日)の対応について話し合いました。
人数の少ない地域校であるため「密」を避けるほどではなく、学校としては地域ごとに午前・午後の分散臨時登校案も出しましたが、県の方針により、初回の分散臨時登校は4月27日の1回だけと決まりました。
新学期は学期初めであり、できれば週1回は家庭に課題を届けたい時期でした。
幸い、臨休に入った週には家庭訪問が予定されていたため、課題の配布はそこで行うことになりました。
夜にはPTA新旧会長と、年度初めのPTA総会の開催方法についても話し合いました。
これまで行っていた歓送迎会も中止ということになりました。
3.新一年生を迎え、現場は休校前夜へ
翌日は入学式。
式辞を述べ、新入生を迎えました。
本来なら地域がら来賓が多く並ぶはずの体育館ですが、この日は新入生の保護者と、在校生代表の6年生のみ。
式終了後には、新入生と保護者、1年担任とともに記念写真を撮影しました。
一大行事が無事終わり、ようやく一息ついたのも束の間。
午後からは、学校だより第1号の作成に取りかかりました。
翌日は再び臨時休校に入る前の貴重な1日。
準備で忙しくなることは分かっていました。
4.出勤前の電話・・・突然の呼び出し
その翌朝。
出勤するため家を出ようとしていた6時半、携帯電話が鳴りました。
父の入院している病院からでした。
「今すぐ来てほしい」と。
急いで車を走らせ、病院に着いたのは7時頃。
しかし、父はすでに息を引き取っていました。
朝方のことだったそうです。
ここ数日忙しくて,面会にも行けていませんでした。
最後に会ったのは5日前でした。
その時には,少し元気さを取り戻していて、 私が「新学期の準備で忙しいよ」と声をかけると、何か言葉を返してくれました。
けれども,その時ははっきり聞き取れず、私も無理に聞こうとはしませんでした。
今思えば、あのときの言葉に耳を傾けておけばよかった・・・ そう思うと胸が締めつけられます。
その後は、親族への連絡、学校の教頭先生への報告、そして休む間もなく、葬儀の段取りに入らざるを得ませんでした。
コロナ禍での葬儀は制約も多く、通夜も告別式も、以前のようにはいきません。
気持ちの整理が追いつかないまま、時間だけが過ぎていきました。
5.厳しくて不器用だった父と、支えられてきた道
通夜の夜、弟と父の思い出を話すうちに、いろいろな光景がよみがえりました。
父は、真面目で寡黙、そして少し厳しい人でした。
早くに父親を事故で亡くし、そこからは一家を支える柱として生きてきた人です。
私たち子どもには、いつも同じ言葉をくれました。
「自分が選んで、とことん学びたいのであれば、どこまでも行かせてやる。」
その言葉どおり、どんなときも私たちを応援してくれました。
教員になってからも、私が賞をいただいたり新聞に載ったりした記事を、父がこっそりスクラップしていたことを 遺品整理のときに知りました。
口には出さなくても、ずっと気にかけてくれていたのだと、胸が熱くなりました。
離島の小学校に勤務していたころ、父の大好きな釣りをしに来られるよう、両親を1泊で招いたことがあります。
多くを語らない父でしたが、あの日の表情にはどこか嬉しさがにじんでいました。
※幼少時の父との釣りの思い出は,こちらに。👇
病床の父に
「今度、校長として新しい学校に赴任するよ」
と伝えた日のことが、昨日のように思い出されます。
「入学式が終わるまで、待っていてくれたのかな・・・。」
そう思うと涙がこぼれました。
「父さん。 支えてくれた道の続きを、私はこの学校で歩いていくよ。」
そう誓いながら、私は再び新しい日常へ向き合う決意を固めました。
次回に続く・・・👇
校長の総合的な学習の時間編マガジンはこちら👇👇
いいなと思ったら応援しよう!
応援いただいたお気持ちは、子どもたちの学びを物語として発信し続ける力となり、教育の現場で役立つヒントへとつなげていきます。