説明しなくても通じる人がいた【島ICT#20】/離島のデジタルデバイド編② 2年目の記録
学校のホームページを初めて立ち上げた頃、更新は島の中ではなく、島の外で少しずつ行っていた。
通信環境のない島でできる方法を選びながら、この学校の様子を外に向けて伝えようとしていた時期だった。
前回のデジタルデバイド編👇
本シリーズの背景(初めて読まれる方へ)
今から20年以上前の2002年4月。 連絡船が頼りの離島の小学校に、一人の教師が赴任した。 島では、家庭でも学校でも、インターネットは日常的に使えるものではなかった。
本土でADSLが普及し始める一方、島内のデジタルデバイドは広がっていた。 小学校では、隣の中学校から分岐した衛星回線を使い、インターネットとメールが可能になっていたが、利用には多くの制約があった。 👉 つながらない島から始まった挑戦/離島のデジタルデバイド編
そうした環境の中で、教師は総合的な学習の時間を通して、学びを島の外へ、そして島の人たちへ届けようとした。 ICTは目的ではなく、あくまで手段だった。
1年目には、島の魚を紹介するデジタル図鑑を制作し、その成果を島の人たちにも届けるため、連絡船の待合室にPCを設置した。 その後、学校の通信環境を支えてきた衛星通信システムが、残り1年で終了することが分かる。 今年度は、念願の学校ホームページを開設したが、その更新にも苦労があった。
これは、島での2年目。 システム終了へのカウントダウンが進む2003年度の記録である。
1.市情報・視聴覚部会の日
市の情報・視聴覚部会の会場校に着いたのは、開始時刻より1時間ほど前の時間だった。
昨年度一緒に勤務していた校長先生は、この部会の係校長で、異動先が会場校であった。
島からの連絡船が着く時間もわかっており、開始時刻までの時間があることも知っていたので、少し早めに来るよう声をかけられていた。
そこで、その言葉に甘えることにした。
出会いの有りがたさ 校長先生との別れの日👇
校長室に顔を出すと、すぐに優しい笑顔で招き入れていただいた。
久しぶりだな、と軽く声をかけられ、席に座るよう促された。
会が始まるまでのわずかな時間だったが、自然と話題は島の学校のことになった。
「昨年はいろいろあってすごかったな。今はあれから何か進んでいるのか。」
学校のホームページの立ち上げの話をすると、校長先生は小さくうなずいた。
「島内での更新は無理だからな。外に出たときにまとめてやっているのか」
そうです、と答えた。
島では通信が成り立たない。 だから更新作業は、出張や帰宅といった島の外に出る日と結びついてしまう。
「大変だけど、頑張っているな。」
校長先生はそれ以上は言わなかった。
ここでは状況を知らない人に向けた説明は必要ない。
分かっている者同士の間には、余計な言葉はいらなかった。

2.分かっているからこその会話
校長先生は、次に校内のパソコンの様子を聞いてきた。
「中のパソコンは、まだ中古のパソコンのままだよな。」
新しい導入の話を控えた場所で、現状を確認する意図もあったのだろう。
何台かは動いていること、起動に時間がかかること、授業で使うには工夫が必要なことを、こちらは淡々と話した。
「子どもたちは?」
「とにかく、スキルを身に付けさせようと、タイピングの練習をさせています。かなり上達しました。」
それを聞いて、校長先生は納得していた。
「人数は少ないし、素直で一生懸命取り組むからなあ。」
この校長先生自身も3年間島で子どもたちと過ごしてきたので、よく知っていた。
やがて、今日の部会の話題に少し触れた。
統一環境で進めること、導入時期が迫っていること、現場の声をどう反映させるかということ。
どれも視聴覚部員として向き合うべき内容だった。
「機械の導入は進む。ただ・・・」
校長先生は言葉を切り、こちらを見た。
「通信環境の改善はないだろう。」
分かっています、と答えるしかなかった。
この会議で決まることが、島の通信環境を直接変えるわけではない。
それでも、この場にいることが無駄だとは思えなかった。
3.制度の時間と,生活の時間
やがて会が始まり、教育委員会から説明があった。
機器構成や統一環境の話が進み、意見交換が続いた。
時間は予定を超え、最終的にはソフト面の検討を後日に回すことで落ち着いた。

必要な議論だった。
だが、島の学校のことを思い出した直後に聞くそれらの話は、どこか遠い出来事のようにも感じられた。
制度の時間は、確実に前へ進んでいる。
一方で、島の生活の時間は、今日も同じところを回っている。
会場を後にしながら、次に島を出る予定を頭の中で整理した。
外に出る日には、やるべきことが自然と決まってくる。
学校ホームページの更新、データのアップロード、掲示板等のメンテナンス等々。
衛星インターネットでの通信制限がない場所で、これらのことを片づけなければならない。
4.外に出たときにしかできないこと
その週末、自宅に戻った。
これまではノートパソコンを毎回持ち帰っていたが、さすがに負担が大きかった。
当時のノートパソコンは、完全モバイル用のキーボードが小さなものか、ノートとはいえ少し重いものかどちらかだった。
小さいとキーボードは打ちにくいし、重いと負担になる。
そもそも、なぜこんな苦労をしていたかというと、当時は自宅の契約ADSL回線はプロバイダが違うので、ホームページ上のコンテンツを修正し、アップロード(FTP)する際には、ダイヤアップで別プロバイダにつなぐしかなかったのである。
そこで自宅のデスクトップパソコンにカードドライブを取り付け、データだけを持ち運ぶ形に切り替えた。
細かな設定や動作確認に手間はかかったが、なんとか上手くいった。
島の宿舎でのメールの整理も同じだ。
スパムや広告メールが混じる中で、携帯接続では読み込まないよう設定を工夫し、必要なものだけを確認する。
不便さを嘆くというより、そうやって回すしかない、という感覚に近かった。
通信環境が整っていれば不要な苦労だということは、誰よりも分かっている。
それでも、その時点でできることを一つずつ積み重ねるしかなかった。
市では導入の議論が進み、いずれ新しい機器は入る。
そのこと自体は確かだった。
だが、島の学校にとって大切だったのは、整備される日を待つことではない。
つながらない環境の中でも、学校ホームページを通じて世間に向けて語ろうとする窓口そのものだった。
次回に続く・・・👇
離島のデジタルデバイド編マガジン👇👇
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