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“スプラッシュマウンテン”──漁船で帰ったあの日【島小#21】/離島の小学校編 21

島と本土をつなぐ細い一本の航路。
冬になると、その道はときに姿を消し、ときに荒れ狂い、私たちの生活を大きく左右します。
今回は、連絡船が止まり、別の手段に頼らざるを得なかった“冬の海の物語”を描きます。

前回👇

離島で勤務することとなった1教師の奮闘記です。
今から約20年以上前の2002年(平成14年)冬のお話です。
※注:本文中の一部地名や固有名詞等は仮名(かめい)にしています。

赴任したのはこんな島です。👇👇


1 代船の日、海が放つ静かな合図

冬の海は、毎日ちがう顔を見せます。
宿舎から学校へ向かう道は海と反対側にありますが、それでも島で暮らしていると、海の存在は常に生活の背景にあります。
潮の匂い、風の重さ、遠くで砕ける波の音・・・それらが朝の空気に混じり、今日の海の状態を静かに伝えてくれます。

穏やかな日は風がさらりと抜け、島全体が落ち着いています。
一方で、波が立つ日は風の冷たさにわずかな緊張が混じります。
海が荒れ気味のとき特有の、あの“重たい空気”は島で暮らす者にはすぐにわかります。

その朝も、空気にどこか重みがありました。
連絡船がドック入りしている期間で、今日は代船が来ることは事前にわかっていました。
それだけに、冬の海の状態はどうしても気になります。
冬の海と代船という組み合わせは、慣れていても自然と身構えてしまうものです。

港へ着くと、やはり見慣れた定期船ではなく、島で一番大きい漁船が待っていました。
いつもの連絡船よりもぐっと低いため,船着き場から乗り込むにも一苦労。

代船とはいえ、ほとんど漁に使う船そのままの姿です。
操舵するのは漁協の組合長さんです。
大人がひざを抱えて座れば八人でいっぱいになる小さな船室。
私は外のビニールシートで囲われたスペースに腰を下ろしました。
あのシートがなければ、しぶきで全身濡れてしまうところでした。

しかし漁船には、漁船ならではの強さがあります。
潮の流れに合わせ、波の穏やかな筋を読んで進んでいくのです。
おかげで、いつもの連絡船より二十分ほど早く本土に着くことができました。
船を降りた瞬間、背中からすっと力が抜け、思わず深く息をつきました。


2 荒れる三便に乗り込んで

別の日。
日曜日の午後、翌日の勤務に備えて島へ向かうため、車で港へ向かいました。
冬の晴れ間は明るいものの、海の実際の機嫌は外からでは読み取りにくいものです。
待合室に入ると、先に来ていた先生と出会いました。
挨拶の直後、「二便で帰ろうと思ってたけど,欠航になったよ」と教えられました。
冬の海では珍しくないことですが、これから海を渡る身としては、どうしても気持ちが引き締まります。

ただ、三便は出る見込みとのことでしたので、その便で島へ向かうことにしました。
三便が出航すると、揺れはすぐに“尋常ではない”と悟りました。
波が横から叩きつけ、船がぐらりと傾くたび、座席がきしみます。
隣に座る教頭先生でさえ「さすがに今日は怖いな」と漏らすほどでした。

三便が空の上から見えたら、どれほど波に揉まれているのだろう。
まるで濁流に浮く木の葉のようだ・・・そんな想像までしてしまうほど、船は波に翻弄され続けました。

到着すると、保育所の先生は船酔いで蒼白のまま船を降りていきました。
誰もが無事に辿り着けたことを心から喜ぶ、まさにそんな航海でした。


3 冬の海を越える“もう一つの帰り道”

さらに忘れられない日があります。
全三便が丸ごと欠航となった日のことです。
ちょうど2学期の終業式を終え、午前中で放課となった日でした。
明日から冬休み。
小中学校の先生の半数ほどが三便で本土へ帰る予定でしたが、欠航の知らせを受け、「明日の一便でも構わないか」と腰を下ろすしかありませんでした。

そのとき、港にいた先生の一人が足早に戻ってきました。
「漁師さんが、本土の高校へ通う子どもを迎えに行くそうだ。希望すれば、先生方も乗せてくれるらしい」
そんな知らせが伝えられたのです。

欠航で重くなっていた空気が、その言葉で一気に軽くなりました。
思いがけない“帰りの手段”が生まれた瞬間でした。
こうして、急きょ漁船に乗って本土へ向かうことになったのです。
ただし、何かあった場合は自己責任。
それでも、「今日中に帰りたい」という先生方が多く、数人が乗せてもらうことになりました。

私もその一人でした。

ライフジャケットを身につけ、漁船に乗り込みました。
女性の先生方は運転室の中へ、男性の先生方は外で船の縁につかまります。

さすがに連絡船が欠航になるような海です。
漁船は、大きく盛り上がる波の山に乗り、その頂点から一気に滑り降りるように進んでいきました。
まるで海の上に造られた巨大なスプラッシュマウンテン。

波の頂でふわりと浮き、次の瞬間には勢いよく落ちていく・・・その繰り返しでした。

後日、私は「テーマパークのどんなアトラクションよりもすごかったよ」と、出会う人ごとに話していたほどです。
その極端な揺れの中で波を読み、船を操る漁師さんの技術には、本当に感心しました。
おかげで、無事に本土へたどり着くことができたのです。


4 冬の雨が映す“離島勤務”の現実

翌日は朝から一日中、雨が途切れませんでした。
空そのものが海になって落ちてくるような雨脚でした。
前日に漁船で帰ることができた自分を思うと、島に残った先生方が無事に船で帰れただろうかと気にかかりました。

冬の雨は海をいっそう荒らします。
特に島の周辺は潮が速く、陸地がないぶん波がまともに押し寄せてくる“難所”です。

人はよく「離島勤務は大変ですね」と言ってくれます。
けれど、本当の大変さは、この海を渡り、止まる日には足を奪われ、それでも日々の教育を続ける中で初めて実感するのだと思います。

それでも、港でかけられるささやかな言葉や、漁師さんの温かい申し出が、この“命がけの勤務”をそっと支えてくれていました。
海が荒れようが、連絡船が止まろうが・・・
今日もまた、島での物語はつづいていくのです。


▶離島の小学校編22へ続く👇👇

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