教師、今夜は漁師になる。【島小#14】/離島の小学校編 14
昼間は、海を渡るデータと向き合っていました。 パソコンの前で通信の波を相手にしていた手が、夜になると、今度は本物の波と向き合います。
潮の香りが、夜の港をやさしく包んでいました。 船べりをかすめる波の音が、静かな港にとけていく。 そんな夜に、教師である自分が釣り竿を握っている―― それがこの島では、少しも不思議ではないのです。
前回のお話👇
【離島編13へのリンク】
離島で勤務することとなった1教師の奮闘記です。 今から約20年以上前の2002年(平成14年)秋のお話です。
※注:本文中の一部地名や固有名詞等は仮名(かめい)にしています。
こんな島です。👇👇
離島編04へのリンク】
1.月と波が見ていた“自己新記録”。
週明けを前に、出張の準備や文書整理に追われていました。 いつものように慌ただしい一日です。 それでも夜になると、つい港へ足が向かってしまいます。 イカ釣りです。
昼間、海面近くでイカが餌木(えぎ)を抱く瞬間を見ていたせいか、今夜はイメージが冴えていました。 仕掛けを落としてからわずか一時間ほどで、自己最高の4ハイ。 そのうち3ハイは、胴の長さが二十センチを超える上物でした。 潮の香りとともに、静かな達成感が夜風の中に残りました。
港の明かりがゆらめき、釣り上げたイカの白が月光を受けて淡く光ります。 ほんの一瞬、日常の喧騒が遠のいていくようでした。
2.釣ったイカで、晩ごはんが輝く。
夜の港で釣ったイカは、たいてい週末に本土へ持ち帰ります。 でも最近は、「せっかくなら島でも食べよう」と少し冷凍して保存しています。
今夜の夕食はチャーハン。 具材にはアオリイカを入れました。 プリプリとした歯ごたえがたまりません。
少し前には、雑誌に載っていた“イカ丼”にも挑戦しました。 醤油とみりん、生姜で漬けたイカを白ご飯にのせるだけ。 いわば「イカのづけ丼」です。 アオリイカの甘みと生姜の香りが重なって、驚くほど上品な味わいでした。 離島の晩ご飯が、ちょっとした贅沢になる瞬間です。
島の食卓には、スーパーのチラシにはない“旬”があります。 釣ったばかりのイカを刻む音、フライパンの香ばしさ―― そんな小さな出来事が、この島では豊かさそのものなのです。
3.タコが釣れた日、笑ってしまった。
この日は、いつもと違うポイントへ足を延ばしてみました。 ところが見事に空振り。 結局、いつもの堤防に戻ると、すでに校長先生が3ハイ釣り上げていました。 焦りながら竿を振っていると、ようやくアタリが来ます。
引き上げる途中で軽くなり、「逃げられたかな」と思いましたが、様子が違いました。 餌木に何かが張り付いています。 ひょっとして,イカの足だけ切れてあがったのかなとかと思うと,なんか地面に張り付いています。 そうです,タコです。

校長先生いわく、「ときどき釣れるんだ」とのこと。 なんと先生は、今シーズンすでに4匹もタコを仕留めているそうです。 結局その日、先生はイカ5ハイ。 私はなんとか1ハイを釣り上げて、ほっと胸をなでおろしました。
初めてのタコ。 意図せず手にした“海のもう一つの顔”が、どこか愛おしく思えました。
4.子どもと糸をたぐる、海の時間。
数日後、教室で子どもと話していると、 「お父さんがイカ釣り行くけど、先生も行く?」と声をかけてもらいました。 船で釣るというのです。滅多にない機会でした。
夕方6時、港に行くと、伝馬船が近づいてきました。 漁船というより、モーター付きの小型ボートです。 子どもとお父さんが笑顔で迎えてくれました。

「竿はいらんので。こっちの使い。」 そう言って渡されたのは、特製の手釣り仕掛けでした。 「どっちの料理ショー」(懐かしい・・・ケンミンSHOWの前の番組です)で見たアオリイカ釣りと同じ道具です。 太い糸におもりと鉛が等間隔でつき、先端には餌木が揺れています。
お父さんがエンジンを操り、私と子どもが糸を海へ垂らします。 船は港の外をぐるりと回りました。 潮の流れに合わせて微妙に速度を調整する手つきが、まるで職人技です。
ほどなく、私の手に重みが伝わりました。 「慌てんと、ゆっくり上げてみぃ。」 アドバイスに従ってたぐると、立派なアオリイカが姿を現しました。 いけすのふたを開けた子どもが手際よく投入してくれ、墨まみれにならずに済みました。
二度目のアタリはさらに重く、足一本に掛かって上がってきたのは大物でした。 三度目も成功し、気づけば3ハイ。 一方の子どもは苦戦していましたが、最後の最後に2ハイ連続で釣り上げ、笑顔がはじけました。
港に戻ると、お父さんは手際よく包丁を入れ、 墨袋を取り出してサッと下処理をしてくれました。 その見事な手つきに、思わず「さすが漁師さんやなぁ」と唸りました。
しかも、釣ったイカまで分けていただいてしまいました。 ありがたく、そして少し申し訳ない気持ちで何度も頭を下げました。 夜の港にエンジン音が遠ざかり、波の音だけが残りました。
潮風が頬をなでていきます。 海と人とがゆるやかにつながっている。 そんな静かな幸福感が、心の奥に灯りました。
海とともにある暮らし。 その中で、教師としての自分とは違う「もうひとりの自分」が少しずつ顔を出していくのを感じます。 イカを追い、タコに驚き、そして船の上で風を受ける――。 島の夜は、今日も静かに輝いていました。
黒板の前では見えない風景が、この海にはあります。 この島での時間が、きっと私の中の“先生”をもう一度育ててくれているのだと思います。
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