noteを1年続けていたら、ミドルエイジクライシスを乗り越えていたっぽい話
わたしは、「noteで人生が変わったクチ」とXのプロフィールに入れるくらい、#noteでよかったことがたくさんあります。

ただ、それらを一つひとつ挙げていきながら振り返りと感謝、ということも考えたのですが、節目節目でそうした記事はいくつか出してきました。
今回のテーマである「noteでよかったこと」を一言で言うと、何になるんだろうと考えた結果、恐らく「ミドルエイジクライシス」への対抗になっていたというのが、一番しっくりきました。
「40代を中心として、30代後半から50代くらい」から、「人生において再び、『自分探し』が必要なタイミングが来る。」とForbes JAPANさんの記事でも書かれています。
1.適応障害が始まりだったのかも

わたしの場合、生き方を見直したのは、適応障害で休職したことがきっかけでした。
40歳手前で初めてベンチャー企業に就職しました。その前は個人事業主。
社内でも特殊な経歴を持つわたしは、20代のメンバーが多いなかで「経験によるアドバンテージなんてすぐに吹き飛んでしまう。負けじと頑張らなきゃ!」と、とにかく必死でした。
実際にガッツもあり、どんどん成長していくメンバーが多かったです。そのため、わたしが意識高い系というワケではなく、本当に焦りを覚えた形です。つま先立ちでゴールが見えないマラソンを走っているような感覚でした。
ですが、結果として、入社半年ほどで適応障害の診断を受けて休職。
心療内科に行ったことも、休職したことも初めてでした。
そこで、成果を出すために頑張ることはもちろんなのですが、「中長期的にファイトし続けていくためには、どうすればいいか」ということにシフトチェンジします。
つまり、毎日毎日、調子がいいときも悪いときも全力ですべてのエネルギーを使い切るのではなく、調子が悪いときも回せる仕組みを、調子がいいときに作ることで、パフォーマンスの安定化や習慣化に重点を置くようになりまし。
2.いかにもな”クライシス”を感じる

復職から3年ほど経ち、大分自身の考え方やレジリエンス(逆境に立ち向かうチカラ)も安定してきました。いえ、実際には何度も波がありましたが、3年日誌への記載や毎日習慣をアップデートし続けていくことで、幹や芯と呼べるものを少しずつ太くしていった感覚です。
そんなときふと湧き上がってきたのが、いかにもミドルエイジクライシスな感情。つまり、「このままでいいのか」という想いでした。
仕事で文章を書いていない。その想いから、パラレルワークを始めて今も続けています。
ですが、「本当に自分が想っていることを発信していない」、自分のキャリアに経歴として箔がつくことも大切だし続けていく一方で、自分が訴えたいことを書きたいと思って始めたのがnoteでした。
3.もう一度”あのとき”のように

依頼主のティーアップではなく、自分が普段心から思っていることを、発信したい。
そんなとき思い出したのは、個人事業主時代のHPでした。
お仕事をいただくためのページなので、もちろん、ビジネス色は強いのですが、SEOライターという職業柄、自分が好きなキーワードで上位に行くということを示すためにも、自分の思うことを思いっきり書いていました。
ですが、結局マネタイズ、安定収益という部分で躓いてしまい、個人事業主として独立するときに借りたお金をただ借金として残すという結果になります。
そのときの経験はこちらのnoteにまとめています。
*お金の生々しい話もあるので、有料noteで公開することにしました。
「リード」や「見込み」としてではなく、目の前の人との人間関係を優先すること。そして、丁寧に関係を育むこと。
そうしたやり方のほうが適正が強いわたしにとって、個人事業主のときにやっていた、毎月新規獲得を続けることが合わなかった形でした。
ですので、noteでは自身が心から思うことを発信して、中長期的なスパンで、価値観や考え方が近い人とつながることを第一にやってきました。
また、有料記事やメンバーシップで何万円、何十万円を目指すのではなく、あくまで、主業+複業で収入を稼ぎ、プラスアルファのお金でnoteをやりくりすることにしました。
noteでの収益は、自主企画コンテストの賞金やnoterさんの有料記事購入に充てています。
▽2025/7/31まで募集中の自主企画コンテスト▽
4.noteでよかったこと

結果的にnoteを続けたことが、ミドルエイジクライシスへの対抗策になっていたようです。改めて、noteでよかったことをまとめます。
内省効果による精神の安定
わたしにとって、そもそも、書くこと自体の効果が非常に大きかったです。
モヤモヤしていることも、考え・整理しながらnote記事にすることで、「あ、そうか、わたしは〇〇だったんだ」と気づくことがたくさんできました。
そうして、noteを書く内省を繰り返していくことで、より自分の深いところに迫ることができました。
心のつながり
考え方や価値観が近い人。
言葉で言うのは簡単ですが、どうやったらそうした人とつながれるのだろう。明確な答えは見えていませんでしたが、結果的に徐々にそれができました。
それは難しいことではなく、魂を込めた記事を書くこと。
そして、自分がいいなと思った記事にコメントしたり、やり取りをして、自分からアクションを行うこと。
▽メンバーシップのお二人がコメントいただいたnote▽
かなり魂を込めたものだったので、メチャメチャうれしかったです!
そうしたところから、自身が本当にやりたいと思っていたお仕事につながったり、自身が想うメンバーシップの形を具現化していました。
見えた夢、叶った夢
内省を続けながら、色々な方からお話を伺ったり、影響を受けていくことで、言語化することも公開することも気後れしていた、未来のプロフィールを作ることができました。
そして、本当にご縁と偶然が重なった結果なのですが、夢の一つとして掲げていた小説を書くことが出来ました。
先ほどの「未来のプロフィール」で掲げた名義にはなりませんでしたが、作品を出したことを機に、名前を「灯火」から「花邑(はなむら)灯火」に変えました。
初めて書いた小説は、noteを続けたからこそ書けたものでした。
今までnoteでいただいたご縁や知識、経験の集大成とも言えるものです。
▽創作大賞2025 ファンタジー部門 応募作『絵にもならない』▽
Tales「現代ファンタジー」カテゴリにて掲載(完結済)
もちろん、まだまだ伸びしろや、後々見たら手を入れたくなる部分はあると思いますが、現時点で出したいものが出し切れたこと。
noteのご縁が積み重なって書けたこと。
そして、何より「これなら行けるかも!」と構想がある程度見えた後に、一気に執筆に没頭できたことは、正にミドルエイジクライシスに打ち勝つ、わたしが求める「没頭」、生きがいそのものでした。
5.ミドルエイジクライシスという、転換期

元々、わたしにとってのミドルエイジクライシスは、自分のやりたかったことを個人事業主とは違う形で挑戦するという、第2チャレンジ期でもありました。
「厄年が心身の変化についての警鐘」という考え方がありますが、正にそれと同じように「危機」や「悪いことが起こる」というよりは、生き方を見直す、変わる自分にあった道を選ぶ転換期と捉えることもできるのかもしれません。
noteを始めようと思ったとき、個人事業主のときと同じようにオリジナルのHPを立てることや、他のブログプラットフォームや無料LPなどいくつか考えましたが、わたしが選んだのはnoteでした。
もちろん、他の選択肢を選ぶことでどうなっていたのかはわかりませんし、もっと自身のなかで「成功」と捉えられる未来につながったのかもしれません。
ですが、わたしはnoter同士の距離感が近い、そして、「街」に独特の活気と雰囲気があるnoteでよかったと心から思っています。
改めて、noteに出逢わせていただいて、noteを通じて出逢わせていただいて、本当にありがとうございました。
これからも、よろしくお願いいたします。
花邑 灯火
👤 はじめましての方へ
モヤモヤが軽くなる捉え方を、実体験から発信しています。
🔔 「いいな」と思ったら、Xのフォローもいただけたらうれしいです👇
いいなと思ったら応援しよう!
自主企画コンテスト「灯火杯」の賞金や美術館、書籍や有料購入など、note活動のために使わせていただきます!