あなたのシャンパングラス、本当に満たせていますか?〜元ロボット人間が気づいた「好き」の力〜
こんにちは、とのです。
突然ですが、あなたは「ロボット人間」だと感じたことはありますか?私自身、長い間、感情の起伏が乏しい、まるでロボットのような人間だと感じていました。最近になって怒りを感じる出来事があり、「元ロボット人間」に少しだけ昇格できたかな?と思っている今日この頃です。
今日は、たまたまインターネットで目にした「シャンパングラスを満たす」というフレーズについて、私の体験を交えながら考えてみたいと思います。自己理解の界隈ではよく耳にする言葉ですが、「ちょっと待ってください。皆さん、すぐに自分のグラスに注ぐことができましたか?」
第1章:シャンパンタワーの法則と、私たちが陥りがちな「当たり前」の罠
まず、「シャンパングラスを満たす」、いわゆる「シャンパンタワーの法則」について簡単にご説明します。
一番上のグラスは「自分」。そこにシャンパンを注ぎ、満たされると、そのシャンパンは下の段のグラスへと溢れ流れていきます。2段目のグラスは家族やパートナーなど自分に近しい人、3段目は職場の同僚や友人、さらにその下のグラスはより広範囲の交友関係の人たちを指すとされています。

この法則でよく言われるのが、「頂上の自分のグラスを満たす前に、2段目以降のグラスに注いでしまう」というパターンです。これは、「シャンパンを満たす=心を満たす」と捉えると、自分の心を顧みず、先に家族や友人、仕事相手のために動いてしまう状況を指します。
でも、これって、私たちにとっては「当たり前」のことではないでしょうか?特に仕事においては、自分以外の誰かのために何かを提供することで、その対価としてお金をいただくわけです。
例えば、親であれば、家族が困らないように行動するのは自然なことですし、特に子どもに対しては「自分に何があっても、子どもだけは守りたい」と多くの親御さんが思うはずです。会社の中でも、部下や同僚が困っていれば、手を差し伸べたいと思うのが人情ですよね。身近で困っている人を見たら、誰もがそう感じるはずです。
私自身、IT企業で20年以上、サーバーやネットワークインフラを担当してきました。お客様が利用しない夜間や休日に作業をすることが多く、その分、平日に休みが取れても家族と休みが合わないことがほとんどでした。大型連休中に作業が入ることも珍しくなく、家族は私抜きでお出かけ…ということも日常茶飯事です。
仕事では、他にも多くの業務を抱えているにもかかわらず、お客様から「今すぐやってほしい」「今すぐ調べてほしい」と、こちらのスケジュールを無視した「横やり」が入ることも頻繁にありました。その瞬間、自分が持っている他のタスクの優先順位は下がり、横やりが最優先になるのです。優先順位だけでなく納期もある中で、スケジュール調整ができないものは、横やりを片付けた上で、その日にやるべきことを全て終えてから退勤する、という毎日でした。
これって、まさに「思い込み+自己犠牲+自己暗示」のフルコンボで成り立っているようなものです。まるでスポーツ強豪校の部活動のような精神論で、20年以上も続けてきた結果、何が起きたかというと──「自分」という存在が、まるで希薄になってしまったかのようでした。
第2章:「自分」が消えた世界で出会った、シャンパンタワーの問いかけ
そんな状態の私が、色々な経緯を経て「自己理解プログラム」を受講することになりました。そこで初めて出会ったのが、「シャンパンタワーを満たす」というフレーズです。
しかし、当時の私には「自分」という感覚がほとんどありませんでした。だから、「シャンパンタワーを満たす」と言われても、「何を?」「どうやって?」「なんで?」という疑問が最初に頭に浮かんだのです。
言われていること自体は理解できました。いわゆる「自分軸」というやつですよね。でも、「何を」「どうやって」頂上の自分のグラスを満たすのか、全くイメージが湧きませんでした。「『好き』を満たす」と言われても、自分が好きなことをやって、他のグラス(家族や友人など)をどうやって満たせるのだろう?そもそも、自分のグラスが溢れないと、他のグラスにシャンパンが行き渡らない…そんな当然の理屈さえ、当時の私にはピンとこなかったのです。
「そもそも何もやる気がないんだけど…」
当時の私は、もはや心が病んでいて、「まずは何もしないで休みなさい」と誰かに言われそうな状態でした。
でも、後になって気付いたのです。こんなロボット人間だった私にも、「シャンパンタワーを満たす」ことができた、いや、「満たせる出来事があった」ということに。
第3章:「他人軸」から「好き」へと昇華した、写真撮影という名のシャンパン
私が「シャンパンタワーを満たせた」と思えた出来事。それは、私の「好き」である写真撮影でした。
私の両親は、いわゆる「機械オンチ」で電化製品の扱いが苦手でした。そのせいなのか、単に面倒くさがりだったのかは分かりませんが、実家にはほとんど写真が残っていません。何度か引っ越しをしたこともあり、私の幼少期の写真はたった2枚しか手元にないのです。
この状況がどうにも寂しく、自分の子どもにはたくさんの写真を残してあげたい、という思いから、ミラーレス一眼カメラを購入し、家族の写真を撮り始めました。最初は、これも「他人軸」で動いていたのかもしれません。
息子が幼稚園の時、有償の課外授業としてスポーツクラブのサッカースクールに入会しました。半年に一度、スポーツクラブが開催する大会があり、父母はコートサイドで応援できるので、私は息子の写真を撮りまくっていました。

小学校に入ると、幼稚園のサッカークラブで一緒にプレーしていた友人に誘われ、町クラブのサッカーチームに入団。町クラブは練習試合も含め、試合がたくさん組まれており、特に練習試合はコートサイドで観戦できたため、ここでも写真を撮りまくりました。幼稚園のサッカークラブよりもコートが広くなったので、望遠レンズも購入して撮影に臨みました。
「どうせ自分の息子を撮影するなら…」
そう思い、息子と一緒に試合に出ている他の子どもたちも一緒に撮影し始めたのです。撮影した写真は、父母のグループLINEにアルバムを作成して共有しました。
これが、想像以上に好評でした。家族の都合で試合観戦ができない父母からは、「こんな風に写真で自分の息子が頑張っている姿を見られるのは嬉しい!」という感謝の言葉をいただきました。中には「年賀状で使わせていただきました!」と言ってくださった方もいました。
第4章:あの瞬間、私のシャンパンタワーは確かに満たされた
これって、今思えばまさに「シャンパンタワーを満たせた」出来事だったのです。
私のシャンパンタワーは、大好きな写真撮影で満たされました。そして、そこから溢れたシャンパンは、2段目の家族(息子)の記録として残り、さらに3段目の友人(他の父母や子どもたち)にも、自分の息子たちの様子を見たり、記録に残したりするという形で喜びが広がったのです。
一番驚いたのは、「こんな私でもシャンパンタワーを満たせたんだ」という事実でした。自己理解プログラムを受講中も、コーチから「それはすごく良いことだよ」と言ってもらえていたのですが、実際に実感できたのは、この体験を通してでした。
今思えば、このような「好き」を起点とした体験が増えることで、自分の人生がもっと充実していくような気がしています。
第5章:ロボット人間だったあなたへ。まずは「休む」ことから始めてみませんか?
「シャンパンタワーの法則」という言葉を見たり聞いたりした時に、「自分にはできそうにない」「何を満たすの?」「どうやって満たすの?」と疑問に思ったあなたへ。
全く問題ありません。私のように、同じような印象を持った人は多いはずです。むしろ、そう思うことの方が「普通」なのではないでしょうか?
私たちは社会の中で、家族や仕事上の様々な人間関係の中で、懸命に生きています。そして、多くの場合は、給料を得るために自分を犠牲にして周りの人のために動いています。それがほとんどのケースです。
でも、どこかで「そうじゃない」と、心の奥底で感じていることはありませんか?多分、その感覚は当たっています。
私自身も、今回お話ししたように「シャンパンタワーを満たせた」と思える出来事は、今のところこれだけです。過去を紐解けば、もっとあるのかもしれませんが。
でも、今改めて考えると、昔から言われている「自分のシャンパングラスを好きで満たしきったときに、それが溢れて自分以外の人も満たせる」という言葉は、決して間違いではないと少しずつ思えるようになってきました。
だからこそ、もし今「やりたいことがない」「好きなことも特にない」と感じているなら、それでいいんです。焦る必要はありません。むしろ、「何かやりたい」と思えるようになるまで、まずはゆっくりと休んでみてください。
それは、あなたの心や体が「休みたい」「休んだ方が良い」と教えてくれている証拠です。
私たちは人間です。ロボットではありません。心があります。
だから、ゆっくりいきましょう。
この体験談が、かつての私のように「ロボット人間」になってしまっているあなたの、ささやかな参考になれば幸いです。
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