【正常値の外側】第3章「欠損反応」
迷言です
今回は【正常値の外側】第3章「欠損反応」をお送りします
前回のお話はこちらから
このシナリオは【叔父さん勇気を出して】のメインヒロインを決める為の企画で一番人気が高かった正史の物語
それではこの章のイメージBGMを聴きながらお楽しみ下さい
レポートを机に広げ、俺は三分くらい同じ行を見つめていた
『少しだけ、いなくなって下さい』
「いや急に雑!」
思わず紙にツッコんでしまった
「説明を! 説明をくれ! 少しだけって何だよ! 三十分? 一時間? 国家資格か何かで基準決まってんのか?」
当然……返事はない
そんな虚しいツッコミをしつつ
俺は頭をかきながら続きを読む
『長すぎると嫌われます』
「そこはリアルだな……」
妙な説得力だけあるのやめてほしい
俺は椅子にもたれ、天井を見る
ここまでは……まあ順調、なんだろう
翠との接触はできてる
観察対象にもなった
なんか知らんが毎日整体院に通ってる
字面だけ見るとだいぶ怖い
でも、レポート通りに進んでるのは事実だ
「仮説検証だ……必要なフェーズ……」
口に出してみる
科学実験なら、変数を動かすのは当然だ
ずっと同じ条件で測っても意味が薄い
分かる
分かるけど
「……なんで俺がちょっと落ち着かねぇんだよ」
工具を手に取る
新しい試作品でも作るつもりだったのに、集中できない
まあいい
今日だけだ
たぶん
そう自分に言い聞かせた
時計を見る
理人が来る時間だ
けど……来ない
「神代さん?」
患者さんに呼ばれて視線を戻す
「はい」
いつも通り触れる
肩
首
筋緊張
少し……硬いな
「最近、眠れてますか?」
「昨日ちょっとねえ」
返答
呼吸確認
声の張り
脈
処理する
問題ない
次だ
受付
施術
確認
記録
いつも通り……のはずだ
別の患者の肩に触れる
圧が少しズレた
「おや、今日は珍しいね」
「……何がですか?」
「いや、ちょっとだけ強かった」
「そう……ですか」
修正する
再確認だ
……確かに少しズレる
理由不明
けど……問題ない
そう判断して次へ進む
でも、次も少しズレた
指先の位置
圧の入り方
呼吸の合わせ方
微差だ……でも分かる
私はこういう微差を見逃さない
「神代さん、疲れてる?」
「いいえ」
即答
疲労……ではない
なら何だ?
患者さんが帰ったあと、自分の手を見る
開く
閉じる
……問題なし
感覚も正常
なのに微妙に落ち着かない
理由不明
仕事が終わり、一人になる
目の前に理人の記録があったので見た
心拍変動
呼吸
筋緊張
視線固定時の微細反応
全部残ってる
見返す
再確認
比較
理人は毎回違う
同じように見えて違う
「理人はやっぱり面白いな」
でも……今日、その継続が途切れた
私は考える
今日の精度低下
作業時の微差
集中ノイズ
原因候補
疲労……否定
体調……否定
環境……大きな変化な
「情報不足?」
声に出た
継続観察対象の欠如とデータの途切れ
それだけだ
理屈は通る
通るのに……何か引っかかる
私は理人のデータ用紙を指でなぞる
無意味だ……でも止まらない
「……追加観察が必要」
「集中できねぇぇぇぇぇ!」
俺は机に突っ伏した
意味分からん
何だ……これ
作業進まねぇ
回路ミスる
ネジ落とす
はんだがズレる
最悪だ
「いやこれは作戦進捗の確認不足で」
独り言を言う
「別に会いたいとかじゃなくて?」
自分で自分に返す
「違う違う違う。データ収集の中断がだな」
「おいおい理人さん、お前いつからそんな真面目になった?」
「元々わりと真面目だわ!」
一人ボケツッコミ……虚しいな
スマホを見る
見ても連絡なんかない
当たり前だ
別に約束してない
……してないよな?
「何で確認してんだ……俺」
ソファに転がる
落ち着かない
意味不明だ
これは作戦
これは任務
恋愛じゃない
そう……恋愛じゃない
「……たぶんな」
誰に言ってんだ……俺
ベッドに横になる
静かだ
私は自分の手を見る
開く
閉じる
感覚正常
筋疲労……なし
異常はない……はずだ
けれど……ぽつりと声が漏れる
「……足りない?」
何が?
考えてみる……答えは出ない
だから今日は、保留
明日……理人に聞いてみればいいか

朝
患者の手首に触れる
脈を読む
……一拍、取り損ねた
「神代さん?」
「すみません」
言いながら、もう一度測る
今度は正確
問題ない
そう判断して次へ移る
でも、次で呼吸観察のタイミングがズレた
その次では圧が少し浅い
微差
患者さんには分からない程度だ
でも私には分かる
祖父が横から覗き込んだ
「翠、珍しいな」
「何がですか?」
「集中が荒い」
即答する
「情報不足です」
「は?」
祖父が変な顔をする
説明しようとしてやめる
理解されない
理人の観察データが二日欠けている
継続対象の情報断絶
比較精度低下
だから誤差が出る
理屈は明確
でも、祖父はまだ変な顔をしている
「……休むか?」
「必要ありません」
私は自分の指を見る
正常
感覚異常なし
なのに、少しだけ落ち着かない
理由は既に分かっている
情報不足
だから補えばいい
簡単な話……そのはずだった
「無理だわ」
俺は工具を置いた
敗北である
二日……たった二日だ
二日でこの集中力の死に方……何?
作りかけの試作品を見てため息をつく
「いや、違う違う違う」
俺は立ち上がる
「これは作戦上の問題だ。仮説検証は十分やった」
誰に言ってるんだ……俺
「別に会いたいとかじゃねぇし?」
言ってから自分で眉をひそめる
「いや、違う。データの回収だ。そう。進捗確認。任務だ」
完璧だ……理屈としては
ジャケットを掴む
「……まあ、ついでに顔見るくらいはな」
ついでとは?
俺は考えないことにした……
俺は整体院の扉を開ける
「やっほー実験体です」
軽口と共に入った瞬間
翠がいた
こっちを見る
来る
速い
「え?」
無言で目の前まで来た
そのまま俺の手首を掴む
いつものやつ
……いつものやつなんだけど
長い……いや、長くない?
「えーと……翠さん?」
「何?」
「長くないですか?」
「そう?」
いや質問で返すな
でも離さない
脈測ってる
呼吸見てる
筋緊張もたぶん見てる
フルコースだ
「……あの?」
翠は俺の手首を持ったまま言った
「二日分」
「二日分?」
「そう……二日分」
「いや何それ……怖い」
本音が漏れた
翠は無表情のまま、もう一度手首の位置を調整する
まだ触る
まだ離さない
怖い……いや
ちょっとだけ嬉しいの何でだろう?
……意味分からん
「翠さん……理由を聞いても?」
俺がそう言うと、翠は普通に答えた
「理人の情報が不足してた」
「情報?」
「そう」
即答
「継続対象が消えると精度が落ちる」
「何の?」
「全部」
真顔だった
嘘とか冗談とか一切ない顔
本気だ
「必要」
ぽつりとそう言った
その一言が、妙に胸に引っかかった
必要?
俺が?
何に?
いや違う
そういう意味じゃない
たぶん……分かってる
分かってるのに……
「……へぇ」
間抜けみたいな返事しか出なかった
翠は俺の反応に興味なさそうに記録を書いてる
通常運転
なのにこっちだけ妙に変な感じだ
必要……か
任務上は朗報
そのはずなんだけどな
帰る時間
靴を履いてると、後ろから声がした
「理人」
振り向く
翠が立ってる
「明日は……ちゃんと来る?」
珍しい言い方だった
俺は肩をすくめる
「まあ……実験だからな」
そう返す
いつものノリ
いつもの軽さ
そのはずだ……
翠は小さく頷いた
「そう」
少しだけ沈黙の後
「じゃあ……ちゃんと来て」
止まった
俺が
翠は無表情だが、声だけ妙に本気だった
冗談じゃない
観察の延長だ
そういう話だ
分かってる……なのに
「……了解です」
やけに素直な返事が出た
扉を開けて外に出る
夜風が妙に冷たい
俺は自分の胸を押さえた
「何だ……これ」
でも……それを答える奴はいなかった
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