「発音記号を覚えるべきか」という議論について
僕も最近気づいたことなのですが、「発音記号を覚えるべきかどうか」という話に多くの人が関心を寄せているみたいです。その手の記事や動画が思いのほか多く、「発音記号をやらなくていいならやりたくない」という心理を持つ人が世の中一定数いるのだと思います。
ただ僕は、なぜ「覚えなくてもいい」と思ってしまうのかという、そもそもの心理に疑問があります。今回は、「発音記号を覚えるべきか」という議論そのものがしょうもないこと、「覚えて当然だろう」という、僕からしてみれば当たり前の話を説明してみたいと思います。
そもそも発音記号とは
発音記号とは、言語の発音を表記するために用いられる記号全般のことです。自然言語の文字は「ほっといたら勝手に出来上がった」ものなのですが、対して発音記号というのは、「便宜の目的のために誰かが人工的に作った記号」になります。ジーニアス英和辞典やウィズダム英和辞典に書いてあるジョーンズ式の発音記号は、ジョーンズさんが作ったからジョーンズ式という名前になっています。
他にもたとえば、中国語のピンイン表記は発音記号の一例です。ピンインも「人工的に作られた」記号の体系であり、中華人民共和国成立後の1958年に正式に公布されました。ピンインを作った人は周有光です。
なぜ発音記号が必要になるのか、なぜわざわざ手間をかけて作らないといけないのかというと、人間の口から発音される音を正確に説明・記述する手段としては、自然言語の文字だけでは力不足であるからです。言語音を統一的に説明・記述したいという欲求が、発音記号のニーズを生むわけです。
たとえば、「緑」の発音は「みどり」ですよ、という説明は、日本語のひらがなをよく知っている人であれば伝わりますがそれ以外の人には伝わりません。また、「緑」は「りょく」などと読んだりしますし、音を自然言語の文字だけで説明しようとするのは限界があります。自然言語の文字を見ればその音がわかる、という例は多くなく、そのようなめんどくさい都合があるために、自然言語の文字だけで音を説明するというのは時に難しくなります。
参考:
発音記号は楽典
発音記号とは、人間の口から出てくる言語音をブレなく正確に記述・説明したいという人々の欲求から生まれた、便宜の産物であるということです。
発音記号に触れ合うことなく発音をやろうとしている人にたいして言えそうなことは、楽譜を読まずに音楽をやるのか、という話とほとんど同じなんですよね。楽譜が読めなくてもカラオケで歌ったり、あるいは音楽を鑑賞したりすることはできますが、定量的あるいは半定量的に音楽を理解したいのであれば、それを理解するための道具としての知識(楽典)は必要になります。自然言語の文字だけでも音をある程度であれば説明できるが、それには限界があるという話をすでにしましたが、それと同じで、ある一定水準以上の何かをしようとしているのであれば、道具としての知識に手を出す必要が出てきます。
きつい表現になりますが、個人的には、発音記号を覚えるべきかどうかで悩んでいる、悩んでしまうのであれば、もうその時点で no hope な気がします。それは、音楽をやりたいが楽典に触れたくはない、と言っているようなものですから、「ああ、もうダメだ」となりますよね。
さいごに
これは4分音符、これは8分音符、これはスタッカート、これはスラーのように、音楽の作法を一通り覚えたからといって、それをしたら即座に、音楽に造詣の深い人間になれるわけではないですよね。それはあくまでも入口、スタートラインに立っただけのことであり、一歩前進しただけです。
「発音記号を覚えるべきか」というよくある(?)議論が心底しょうもないと感じるのは、そのすがたが、発音学習の「入口」で無限に足踏みしているような不毛なすがたと重なるからなんですよね。入口に入るかどうかで延々と悩む、悩んでしまうのはこっけいなのですが、なぜそこに時間を使ってしまうのだろうか、というのが僕の疑問なわけです。
便利な道具やツールというのはしばしばお金がかかったりしますが、発音記号は無料で利用できますし、また、誰かから許諾を得るみたいなこともする必要がありません。発音記号の体系をつくってくれた先人の方々に感謝しながら、どんどんつかっていいわけです。
これは以前、以下の動画でも説明したことなのですが、なにかしらの現象を精細に把握するということをする場合、「その理解を促進するための道具」が役に立ちます:
よいもの、一流のものを見るだけ、聞くだけでグングン能力が伸びるならもうみんな、とっくにスーパーマンになっているはずなのです。事実としてそうなっていないのはなぜかというと、ものごとを記述するためにつかえるその人の手元の道具が、ほとんどの場合で足りていないからです。いわゆる「お経を聞くだけ」というやつです。
「耳コピ」は原理上可能ですがあまり期待してはいけないはずです。ネットや電子辞書で「正しい発音」を聞くだけで発音をコピーできるのなら幸せなことですが、それは多くの人にとって無理な話です。プロの歌唱を聞き続けてもプロになれるわけではないし、ショパンを聞き続ければショパンを弾けるようになるわけではないのと同じです。
発音学習は当然、「手元の道具」のひとつです。ここまで説明すれば、発音学習を覚えるかどうかで延々と悩み、無限に同じ場所で足踏みしてしまうことのこっけいさがわかるはずです。
英語発音のネタについては、「英語発音」のマガジンにまとめています。なにかと後回しにされたりしがちな「発音学習」のメリットについて説明していますので、こちらもぜひ覗いていってみてください:
発音学習に興味があるがまだ「入口」で足踏みしている状態から脱出できていない、という方には僕のKindle本、「英語発音学習の第一歩」がオススメです。同じ場所で無限に足踏みしてもなんにもならないことはすでに説明したとおりですから、とりあえず「第一歩」を踏み出してみませんか:
▼この記事を書いた人▼
そっちゃそ
フリーランス英日翻訳者。本業で培った知識や経験をもとに、発音指導をはじめとした語学指導もやっています。noteは、僕の思想や考えをひろく公開するために使用しています。僕の思想や考え方については、考察と思想哲学のマガジンにまとめているのでこちらをぜひご覧ください。詳しいプロフィールはこちらから。
ポッドキャストもやっています:
🔵amazon music, 🟣Apple Podcast で楽しむ場合はこちら。
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主な著作:「自分の意見を言うことは『役に立つ』」、「外国語を学習すると決めたときに読む本」、「英語発音学習の第一歩」。既刊一覧はこちらから。
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さいごに
「発音学習の底力」を体験してみませんか。英語力は、発音学習だけでも伸ばせます。学習に新しい風を入れたい方、ネットでこれ以上学習法をあさるのはしんどいと感じる方は、ぜひ以下のページをのぞいていってみてください:
語学学習を総合的にトータルサポートしてほしい、痒い所に手が届くサポートがほしいという方には、「そっちゃそ英語コーチング」がオススメです:
