質問にはクオリティがある
僕はよく論点思考に関するネタを出しています。そして、過去に出してきた記事や動画で触れてきたことの根幹にある考えが、「課題設定を間違えるとその後に永遠に不毛な作業で消耗することになる」というものです。
さて、課題設定の一形態に「質問」というアクションもありますが、質問も、課題を設定してそれを投げかける行為です。今回は、「質問」という誰に取っても身近な行為にかんして、論点整理の話を混ぜて触れてみたいと思います。
質問に質問で返すのは悪いことなのか
質問を課題設定の一形態であるとするなら、これまでの話と同様で、よい質問、悪い質問があります。そして、これは直感的にいえそうなことですが、世の中でやり取りされる質問は、悪い質問のほうが多数であるといえそうです。
ご自身でも経験があると思いますが、たいしてモノを考えていなさそうな人の質問に延々と答えるのはしんどいです。「そんなこと自分でしらべてよ」と言いたくなった、とう経験を持つ人もいるはずですし、また、意地悪なだけでしょうもない質問を何度もされるのは、誰にとってもいやなはずです。
ようするに、「くだらない質問」に懇切丁寧にこたえるのは論点のずれなわけです。駅員とかお店のスタッフとか、聞かれたら基本的に答えなければならない立場や状況にある場合は別ですが、少なくとも、「聞かれたことに常に、かならず対応しなければならない」とはいえないはずです。
そこで役に立つというか、役に立ちそうなのが、「なぜそのように考えてしまうのですか?」という、「質問返し」をすることです。質問に質問で返すのはよくないこと、という考えを持つ人もいるはずですが、僕個人的には、質問返しはけっして悪いことではないと考えます。その理由はすでにふれた、「くだらない」質問で消耗するのを回避できるという、自分を守るという目的にそれがかなっているからです。
ふだんからモノを考えていない人は、質問返しされると何も身動きが取れなくなるはずです。問題を提起して解やポジションを与える仕事をするためにやらなければならないことは、「考える」という取り組みなのですが、これは誰でも即興でできるようなことではありません。「なぜそう思ったのですか?」のような、考えることをリクエストする問いかけをしたとたんに身動きを封じされてしまう人は、ふだんなにも考えていない、いなかった人であるといえそうじゃないですか。
聞きまくる前にすること
質問というアクション自体は悪くありません。「論点のシェア」が質問なわけですが、それは、ものごとを前進させるための大きな力になります。「三人寄れば文殊の知恵」などと言ったりしますが、文殊の知恵を発揮するには、三人の間でまず論点を、質疑応答などのかたちでシェアする必要があります。
いわゆる「鋭い質問」というのは、素直な違和感をきちんと言語化できた質問のことです。この記事の前半でふれた「くだらない質問」というのはそれを怠った質問のことであり、質問をする人もなぜそれを聞くことにしたのかよくわかっていません。
最近ではChatGPTやGeminiに「質問」しまくっている人もいるでしょうが、その大量の質問の筋の良さ、鋭さについて検討したことはありますか。生成AIはどんなくだらない質問だろうと律義に回答してくれますが、それは、「質問の精査」という点でほとんど役に立ちません。
これは歩留まりの問題であると解釈することもできます。生成AIに質問しまくっている人のアカウントには自分がした質問の履歴がたっぷり残っていると思いますが、それらを眺めてどう感じますか。自分が生成AIに投げてきた質問から得られた「実り」の歩留まりについて、どう感じますか。
個人的には、ひと昔前の人たちがYahoo!知恵袋でやっていたことからまるで進歩していないと感じています。Yahoo!知恵袋も、「聞けば誰かが無料で応えてくれるし、いくらでも質問できる」という特徴があるのですが、それは生成AIの昨今の景色と同じではないですか。そして、「Yahoo!知恵袋」から得られる、得られた歩留まりも、そうとうに悪いものではないですか。
似たような言葉の繰り返しになるのですが、問題は解くものではなく選ぶものです。生成AIに山盛り質問して現実のなにがどう変わったかというのは、「自分のアカウントの履歴」をみればわかると言いましたが、そこから「質問しまくるというアクションの歩留まりの悪さ」がわかるはずです。問いを出すことについては拙巧がありそれが大事になる、という話は別記事でもしています:
AIが出てきて、24時間いつでも対応してくれる相談相手ができてハッピー、みたいな能天気な話ではないのでは、というのが僕の読みです。AIやYahoo!知恵袋であれば、無料で無限に質問し放題ですが、質問の筋のよさ、についてはやはり、自分で精査する必要があります。便利なツール、道具というのは、その人が何をどのようにしたいのか、がわからないとなんの役にも立ちませんし、「道具に使われる」ことになります。
さいごに
質問返しされたとたんに身動きを封じられてしまう人は、「考える」という仕事を特に苦手としているはずです。人に聞くのは好きだが、人にいざなにか聞かれたさいに何もできなくなる、という人は少なくないはずですが、それは、問題の精査がおろそかになってしまっているインディケーションであるかもしれません。
論点整理の重要性、自分でなんとかしていくことの重要性については、僕のKindle本、自分の意見を言うことは「役に立つ」でも触れています。生成AIに質問するだけしまくっているがなにもブレイクスルーを達成できていないという人、なにかが根本的に違う、違っているという違和感を拭えない人におすすめです。電子版、ペーパーバック版で利用可能です。Kindle Unlimited加入者は無料で読めます:
課題設定や解決の能力などに関するネタは、「問題解決能力」のマガジンにまとめています。論理思考、ロジカルシンキングなどのビジネスチックなネタが好きな方であれば、きっと楽しめるはずです:
▼この記事を書いた人▼
そっちゃそ
フリーランス英日翻訳者。本業で培った知識や経験をもとに、発音指導をはじめとした語学指導もやっています。noteは、僕の思想や考えをひろく公開するために使用しています。
僕の思想や考え方については、考察と思想哲学のマガジンにまとめているのでこちらをぜひご覧ください。語学学習に関するお悩み相談やお問い合わせなどはこちらのLINEからお願いいたします。詳しいプロフィールはこちらから。
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主な著作:「自分の意見を言うことは『役に立つ』」、「外国語を学習すると決めたときに読む本」、「英語発音学習の第一歩」。既刊一覧はこちらから。
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さいごに
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