TOEIC不要論や意味ない論にセンシティブになってしまう理由
TOEICを受験することが意味あるとか、ないとかの議論は多くの人が好んでする(?)話なのですが、シンプルにそれは不毛じゃないですか。決着をつけることができなそうですし、議論に参加するだけで無駄な体力を消耗しそうです。
今回は、「TOEICに意味はあるのか」というよくある問いを、「なぜ多くの人が、『TOEICに意味があるかないか論争』に敏感になってしまうのか」という形に書き換えたうえで、僕の説明をしてみます。TOEICが不要だの無駄だの意味ないだののしょうもない議論に敏感になっちゃう人の心理について、考察するということです。
やりたきゃやる
これがすべてになるのですが、「やりたきゃやればいいし、やりたくないならやめればいい」です。TOEICにかぎった話ではないのですが、何かをすることの意味というのは基本的に、よその他人ではなく自分自身が決める必要があります。
「このような点で意味があります」という説明をする人は世の中たくさんいますが、その、意味がありますという言葉の中には、その説明をする人本人の主観が入っています。言い換えると、「あなたの主観ではなく他人の主観しか入っていない」ということです。
以前別のnote記事で、「主観と客観の使い分け方」に関する話をしたのですが、その際、「主観と客観に優劣はなく、両者を交互に出し入れするのがいい」という話をしました。そして、「客観に偏ると自分のかんがえや意見を『隠す』という方向にドリフトするため、それはよくない」という話もしました:
バイクが好きで、車移動ではなくバイク移動を好んでする人に、安全性、あるいは気温や天候に左右されにくいという「四輪自動車が客観的に有利になれる点」を合理的に力説するのは、野暮であることはわかりますよね。バイクが好きな人が四輪ではなく二輪で移動するのは、そのようにする意味があるとその人自身が主観で感じているからであり、他人からの言葉はなんの役にも立ちません。バイクに乗る人は、「乗りたいから乗る」わけです。
アイデンティティ
ここまでの話から、TOEIC不要論に敏感になってしまう人は、他人がつくったTOEICをやる意味や意義にすがってしまっている状態である、といえそうじゃないですか。言い換えると、誰かがつくった、「TOEICができることで得られる理想のすがた」をその人の心の拠り所にしてしまっている、ということです。
これは、自分の出身大学や自分の勤め先が叩かれたらそれに連動して怒ったり悲しんだりしてしまうのにおそらく似てて、外部のエンティティの栄枯盛衰や評判が自己肯定感と連動してしまっていることに、問題の本質がありそうです。自分以外のなにかが傾いたり不利な立場になったりした場合に、本来であれば全然関係ないはずの自分のアイデンティティが消えてしまうと、そのように恐怖しているすがたが、「TOEIC不要論に敏感になってしまう人」に重なります。
ここで冒頭でした、「やりたきゃやればいいし、やりたくないならやめればいい」という話に合流するのですが、TOEIC不要論をネットとかで目にして心が揺らいでしまうということは、「TOEICをそこまでやりたいと思っているわけではない」というサインになりそうじゃないですか。ホントはやりたくないと思っていることを、自分に嘘をつきながらやっていくのはおだやかではないはずですし、シンプルに「やめる」のがいいはずです。
もともと脆弱であった意思を無理して保護する必要はないはずです。脆弱であることを認め、それを素直に解体してから新たになんかしたり考えたりするほうが建設的そうですし、なにかしらの実りにつながりそうです。
さいごに
バイク乗りが他人の言説の影響をまったく受け付けないと言いましたが、それはプラスの面でもマイナスの面でも同様に言えます。バイクは危ないとか、やめたほうがいいとか言われたところで、そのライダーの意思は1ミリも変わりません。
くどいようですが、本人が何をどうしたいと考えているのかがすべてです。主観と客観の対立の話とまたからめて説明しますが、「他人の主観」を使用しないで、「自分の主観」を使ってくのが、よその言説に振り回されないための能力になるはずです。バイク好きが一寸の迷いもなくバイクにまたがり続けるのと同じです。
自分で定めていく英語学習のすすめについては、僕のKindle本、「外国語を学ぶ態度」で触れています。世間の顔色をうかがいながら、世間のそよ風に振り回されるのはしんどいですが、「自分で定める」というやり方であればそれを回避できるはずです。「心の平穏」のための自走能力は役立ちます:
TOEICや英検の話に関する僕の雑感は「英語系民間資格試験に関する雑感」にまとめています。コラム的に楽しめますのでこちらもぜひ:
▼この記事を書いた人▼
そっちゃそ
フリーランス英日翻訳者。本業で培った知識や経験をもとに、発音指導をはじめとした語学指導もやっています。noteは、僕の思想や考えをひろく公開するために使用しています。僕の思想や考え方については、考察と思想哲学のマガジンにまとめているのでこちらをぜひご覧ください。詳しいプロフィールはこちらから。
ポッドキャストもやっています:
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主な著作:「自分の意見を言うことは『役に立つ』」、「外国語を学習すると決めたときに読む本」、「英語発音学習の第一歩」。既刊一覧はこちらから。
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さいごに
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