わたしたちのnote〜スキからはじまる心の物語〜第3章
第3章|彼の過去
「声にならない叫び」
彼は、30歳を迎える少し前だった。
独身で、都内の中小企業に勤めていた。
役職はまだ若手だが、チームを任される立場になり、仕事はそれなりに順調。
数字も上がり、上司の信頼も厚かった。
家族といえば、地方に住む両親と時々連絡を取るくらい。
休日は、録画した映画を観たり、読書をしたり。
人付き合いも悪くはないが、深く誰かと関わることはなかった。
ふと、夜になるとため息が漏れた。
別に理由があるわけでもない。
ただ、何かが足りない気がしていた。
それに気づくのは、いつも夜だった。
深夜0時。
テレビの音が止まり、スマホの画面が手元を照らす。
仕事から帰って、シャワーを浴び、食事を済ませ、寝る前のわずかな時間。
誰にも干渉されない静かな時間が、いちばん苦しかった。
「自分って、なんだっけな」
心の中にぽっかりと空いた空白を、彼はどうすることもできなかった。
⸻
若いころ、詩や短編を書いていた。
大学では文芸サークルに入り、友人たちと語り合った日々がある。
「伝えたいこと」がたくさんあった。
綺麗な文章じゃなくてよかった。
本当のことを書きたかった。
でも、就職してからはそんな時間はなかった。
会議、資料、数字、締切、メール。
「そんなことより、まずは稼がなきゃ」
「安定がいちばん」
そんな声を聞いたわけじゃない。
でも、そうやって自分に言い聞かせていた。
気づけば、書く理由も忘れていた。
⸻
ある夜、なんとなく検索した。
「文章 投稿」
軽い気持ちだった。
なにか書いてみたくなっただけ。
誰かに読んでもらおうなんて、まったく思っていなかった。
見つけたのが、noteだった。
白い画面。
「タイトルを入力してください」
その一文を見て、彼は笑った。
「何も浮かばないや」
それでも、指は動いていた。
「今日は風が強かった。」
たった一行。
投稿した直後、深呼吸した。
誰も読まないかもしれない。
けれど、心が少しだけ軽くなった。
⸻
それから、ときどき思いついたことを書いた。
日記のような短い文章。
何も期待していなかった。
けれど、どこかで「誰かに見つけてほしい」と願っていたのかもしれない。
ある日、彼の心にふと引っかかる文章に出会った。
子どもの話。
日々の葛藤。
小さな後悔と、静かな希望。
飾り気のない言葉。
それなのに、胸を打った。
「この人、嘘をついていない」
そう思った。
気づけば、その人の投稿を毎回読むようになっていた。
「スキ」を押すようになった。
言葉を交わさなくても、ただ静かに読んでいることを伝えたくて。
でも、ある日だけは、どうしてもコメントをつけたくなった。
「あなたの言葉には、ひとすじの光がありますね。」
それに返ってきた返信。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、書いてよかったと思えます。」
彼の胸に、静かに響いた。
⸻
それから、2人は言葉を交わすようになった。
noteの中で、静かに、でも確かに。
多くを話すわけではない。
でも、お互いの言葉を見つけ、読み、反応し合う日々が続いた。
月日が流れるのは、いつも知らないうちだった。
投稿が少しずつ積み重なっていく。
季節がめぐる。
彼女の言葉のトーンが変わっていく。
彼はそれに気づく。
「この人は、ちゃんと生きてる」
⸻
気づけば、5年が経っていた。
彼はnoteを続けていた。
彼女も同じだった。
声は知らない。
顔も知らない。
でも、言葉の向こうに、確かなぬくもりを感じていた。
心だけが、そっと寄り添っていた。
この物語が、あなたの日々にもそっと寄り添えますように。
▶︎次回|「第4章:言葉の交差」
――つなぐ|HIROMI🌸
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▶︎第1章はこちら
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