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「尽くさない」宣言から10年。「男は台所に入らない」家で育った彼がパパになるまで

5月、私たち夫婦は結婚記念日を迎えます。

先日、「育休を取ってジムに行きたい自称デキる夫さんへ」という、少しだけ辛口な記事を書きました。

「じゃああなたの夫はどうなんだ?」ということで、我が家の夫について。 (誰も興味ないかもしれませんが…笑)

今でこそ、息子の誕生に合わせて1年間のお休み(有休半年、育休半年の計1年)を取り、ミールキットでご飯を作り、娘と出かけたり、息子をお風呂に入れたり家事育児をこなしてくれる夫。

でも、10年ほど前、今の彼の姿は到底想像できないものでした。



■ 「台所に入らない」彼のルーツと、「総力戦」の私の家族


私たちはもともと、同じ会社の同期として飲みに行く仲でした。
真面目で優しそうな雰囲気はありましたが、当時の彼からは「家庭的」な雰囲気はまったくしませんでした。

彼のルーツは、少しだけ古風です。

義父(私の母方の祖母と1、2歳違いで、私の母より20歳以上も年上です)は土日祝日もないようなお仕事で忙しく働き、お義母さんは専業主婦。

義父は家事も育児も全く・・・だったようです。

一人っ子だった彼は、お義母さんにたっぷりと甘やかされて育ったそう。
食卓に出る魚はあらかじめ骨がすべて取られた状態だったため、大人になってから自分で食べるのに苦労したとのこと。

さらに上の世代は「男は台所に入らぬもの」という考えだったそうで、彼自身「女性が働き続けるイメージを持てない」と語っていた記憶があります。

さらに、ずっと不仲だったというご両親が彼が大学生の時に離婚、義父が親権を持ちました。 そうした背景もあり、「家族で協力して生活を回す」という具体的なイメージを持ちにくかったのかもしれません。

「自分の子どもはほしいけど、子どもはどちらかと言えば苦手」というタイプでもありました。


一方の私は、真逆の環境で育っています。

私が子どもの頃、30年ほど前にしては珍しく、私の家族は祖父母も両親も「総力戦」で家庭を回していました

母は育休のない時代に3人の子どもを産み育てながら、正社員として働き続け、今でも同じ会社に勤めています。

そのため、私の中では、家事育児は女性も男性も家族みんなで分担して、母になっても正社員として働き続けるのが当たり前と思っていました。

変なところで負けず嫌いな私は「女だからという理由だけで何かを諦める」というのも嫌でした。

また、私は子ども好きで、いとこ(一番年が近くて10個上)の子どもたちのお世話を焼き、モテない中高生時代には「結婚できなくても、子どもは2人以上ほしい」なんて思っていたほど。


■ 「尽くさない」宣言から始まった台所


そんな、ルーツも価値観も正反対の私たち。
付き合う前だったか、付き合いたてだったか、私は彼にこう宣言しました。

「私は、彼氏や夫に『尽くす』とかできないタイプ。ご飯を作って待っているとか、そういうのはできないよ」

そして、初めて一緒に料理をした日のこと。
彼にもキッチンに来てもらい、指導も加えながら一緒にご飯を作りました。

真面目で一生懸命な彼らしく、不器用なりに頑張ってくれました。
私も決して料理が得意なわけではないのですが、それにしても彼の包丁さばきは危なっかしくて酷いものでした。
(それもそのはず、彼は一人暮らしをするまでカップ麺しか作ったことがなかったというのです。)

当たり前のようなライフハックに感動していたり、彼の部屋に行くと掃除を頑張った形跡は見えるもののところどころ見落としが酷かったり。

勉強や仕事はそれなりにできるのに、料理以外も含めてなんだか生活力に欠けている。 SNSでもたまに見かける、そのようなタイプの人でした。


■ 家事の適材適所と、働き方の変化


付き合って1年ほどで同棲を始め、家事は最初から分担しました。

最初はなんとなく分担を決めていたものの、次第にお互いが「得意なほう・好きなほう」を自然にやる「適材適所」に落ち着きました。

最初からガチガチに決めすぎなかったのは、我が家には合っていたのだと思います。

当時の彼は私と同じ会社、古き良き日本の大企業のSE。
また、アサインされていたプロジェクトの特性もあり、日付を跨ぐ日も休日出勤もそれなりにありました。

しかし、入籍して1、2ヶ月後には別の業界の企画職へ転職

プロジェクトの過渡期は深夜や土日の仕事もそれなりにあったものの、徐々に残業時間(大きい声では言えませんが、特にサービス残業)は大きく減り、一方で年収は大きくアップしました。

ここで、少し古い日本の働き方に対する、彼の考え方が一変したのかもしれません。


■ 「自分の子どもって可愛いんだな」


生活の余白が生まれ、家事にも自信がついてきた彼ですが、子どもへの不安はまだあったようです。

エコー写真やニューボーンフォトに関しては「気持ち悪いと感じてしまうタイプ」で、新生児の姿は苦手だと言っていました。

のちになって、「妊娠中も、自分の子どもを可愛いと思えるのか、不安がなかったと言えば嘘になる」と打ち明けられたほどです。

しかし、娘が無事に生まれ、初めて我が子を抱っこした日。
彼は、ぽつりとこう呟きました。

「自分の子どもって、可愛いんだな」

その後は、私以上に「可愛い、可愛い」と言って親バカをしています。
(今や、自分の子どもでなくても、「こういう可愛い赤ちゃんや子どもをみて癒された」と言う話をしてくれるほどになりました。)

娘の誕生の際は、彼は1ヶ月の有休を取得。
家事はほぼ全部を担い、赤ちゃんのお世話も買って出てくれました。

1ヶ月の休みが終わってからもしばらくの間は中抜けして夕飯を作ってくれたり、休日は積極的に育児や家事をしてくれたり。

私が時短勤務で復職してからも、平日の保育園の送りや中抜けしてお風呂に入れてくれるなど、たくさんフォローしてくれました。
(もちろん変わらず休日も積極的に家事育児をしてくれました!)

そのなかでも昇級昇進を着実に重ねていた夫。

そして、昨年、息子を授かりました。
春は私の悪阻、夏は切迫早産での自宅安静、そして秋には出産と産後すぐの義父の大怪我……。

娘の言葉を借りるならば、彼は私にとっての「スーパーヒーロー」です。

後編へ続く)



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