育休を取ってジムにいきたい「自称・デキる夫」さんへ。その覚悟はできていますか?
最近、ThreadsなどのSNSで、育休中の夫に対する愚痴やワンオペママたちの悲痛な叫びをよく目にします。
その中には、怒りや呆れを通り越して、ひどい嫌悪感、さらには「吐き気」すら感じるような赤裸々な内容もあります。
(もちろんSNSは妻側の視点であり、夫側にも言い分はあるでしょうが、それにしてもひどいエピソードに溢れています。)
そうした投稿を見るたびに、私は思うのです。
自分で愛すると決めた女性を、そして、その女性が命をかけて産んだ自分の子どもを守れないなんて、大人として少し幼稚ではないか、と。
彼らは父である前に、夫である前に、ひとりの「自立した大人」であるはずです。
それなのに、自分の母親に甘え、妻に甘え、なんだったら子どもにすら甘えた態度をとっている。
もちろん、家族間で「いい意味での甘え」が必要なときもありますが、SNSで悲鳴を上げられている彼らのそれは、ただの精神的な未熟さと想像力の欠如を露呈しているように思えてなりません。
■ あなたの「かっこよさ」は褒められるもの?
・ハイブランドの小物をたくさん持っていること
・ジムに通って身体を鍛え上げていること
・本来は効率化できるのに、毎晩遅くまで残業する自分に陶酔すること
・夜や休日も仕事の付き合いで忙しいと出かけて家庭を顧みないこと
・「俺は仕事をしている」と亭主関白を気取り、家事をしないこと
・子どもを高額な英才教室に通わせているだけで、子どもを見ないこと
顔や肉体が美しくても、どんなにおしゃれでも、めちゃくちゃ稼いでいたとしても。
自己中心的な言動ばかりをし、目の前の家族から笑顔を奪ってしまうようであれば、なんの格好もつきません。
もちろん、一家の大黒柱として必死に働き、どうしても時間がとれない事情がある人もいると思います。その苦労やプレッシャーは尊いものです。
であればこそ、外(仕事)で必死に闘っているのと同じように、家を必死に守り抜いている妻たちにも心からの感謝と敬意を伝えてほしいと思います。
仕事の忙しさや表面的なステータスを盾にして、家庭という足元が崩壊するのを放置しているのだとしたら。社会でどれだけ立派な顔をしていても、それは大人としての想像力が欠けている、子どもだと言わざるを得ません。
■ 改めて。育休は「自分の休み」ではない
そしてもう一つ、SNSの悲痛な叫びの中で多いのが、「育休だから」とジムやサウナ、ライブに行こうとする夫への投稿です。
大前提として、育休は「休み」ではありません。
会社での仕事が家庭での仕事にスライドしただけであり、それも「妻子の命と笑顔を守る」という、計り知れない責任を伴う任務を背負う期間です。
本当に仕事ができる人(いわゆるシゴデキ)は、休業中という名目を借りなくても、普段から自ら時間を調整してジムやサウナに行くものです。
育休を「自分の時間ができたボーナスタイム」と勘違いしている姿は、妻から見ればひどく滑稽です。
私は助産師さんたちから何度もこう言われました。
「母乳をあげる時間以外は休んでね。」
「他のことは、なるべくご家族に頼ってね」
特に産褥期においては、仮に妻が元気に見えても、妻(赤ちゃんのママ)にしかできない母乳以外のすべての育児や家事は、育休をとっている夫が率先してやりましょう。
また、今は里帰りをしないご家庭も多いと思います。
それであればなおさら、夫の任務は重要となります。
夫やパパという大事な役割に加えて、「妻の母の代役」というさらに大きな役目を担っているのですから。
誤解のないように言いますが、ジムやサウナ、ライブに行くこと自体がいけないわけではありません。
家庭の任務をちゃんとこなしたうえで、家族と協調して行く分には何の問題もないのです。
■ 「ダサい」あなたの「かっこよさ」のギャップを埋めるには
私自身、何が本当の「かっこよさ」なのか、明確な答えを持っているわけではありません。ただ、少なくとも、以下のような姿勢は家族の目に頼もしく映るのではないでしょうか。
・家庭を最優先にはできない事情があったとしても、家族と過ごす時間を増やそうと心がける。その小さな時間を心から大事にする
(外づらだけの「イクメン風」はNG)
・たとえ下手でも家事・育児を「手伝う」のではなく当事者として「やる」(女性だってはじめはできないし、苦手な人もいる)
・子どもと目と目を合わせ、全身でスキンシップをとる
(傍でスマホをいじっているのは子どもの面倒をみているうちに入らない)
・妻子を第一に考えること
(自分の母親を大切にすることと、自立できないことを混同しない)
家族の健康と笑顔を第一に考えること。
これが自立した大人なのではないかと思います。
いつまでも自己中心的でいるのは、はっきり言って「ダサすぎ」です。
■ 「パパはいや!」は生物学的な必然。拗ねないで
育児に積極的なパパでもぶつかることの多い壁があります。
それは子どもの「パパはいや!ママがいい!」という強烈な拒絶です。
ここで心が折れたり、不貞腐れたりして育児からフェードアウトする男性がいますが、どうか真に受けないでください。
「ママがいい」は、科学的にも発達心理学的にも最初は「あたりまえ」の現象です。
赤ちゃんは胎内にいる間、母親の心音や声をずっと聞いて育ちます。
生まれた後も、匂いや授乳などを通じて、圧倒的な時間を母親と過ごします。
子どもにとって母親は「生存を保証してくれる絶対的な安全基地」としてプログラムされているのです。
決して、パパの人格が否定されているわけではありません。
今は本能的に仕方がない時期なのだと割り切り、諦めずに向き合い続ければ、パパも必ず子どもにとっての大好きな「安全基地」になります。
■ ママたちへ。少しのエラーには目を瞑り、「育成ゲーム」をしよう
そして、日々奮闘しているママたちへ。
不器用でも頑張ろうとしているパパを、どうか責めないでほしいのです。
「なんで私ばっかり、夫の教育までしなきゃいけないの!」と理不尽に思う気持ちは痛いほどわかります。
ここはひとつ、「育成ゲーム」だと思って楽しんで育てましょう。
最初は下手くそで時間がかかるのも許容する。
ポイントごとに賞賛と感謝を伝える。
男性は構造的に痛みに弱く、風邪を引きやすいとも言われます。
どうにもならない体の弱さを責めず、「感染症対策やバランスの良い食事は、自分でしっかり管理してね」と手綱を握る。
これもすべて、あとで自分がラクになるための先行投資です。
我が家の夫も、かつては37度の微熱ですぐに寝込んでしまうタイプでした。
でも、今では風邪リレーの最後の砦になってくれることもあります。
料理も最初は全くできませんでしたが、私以上にやろうとしてくれ、自分の上達を嬉しそうにしています。
人は変わるのです。
(とはいえ、育成ゲームの範疇を超えて、どうにもならないケースもあると思います。その場合は決して一人で抱え込まず、頼れる知人や、行政・法人の相談窓口などをどうか頼ってください!)
■ ただし、「命の危険」だけは合言葉にする
育成ゲームにおいて、一つだけ絶対に妥協してはいけないルールがあります。それは「子どもの安全や命に関わること」です。
男性はシングルタスクが得意な分、家庭内における「危険予測」が働きにくい傾向があります。
主人に対しても「仕事はあんなにできて、高い年収をもらっているのに、なぜ家庭のこととなるとこんなに想像力や思考が働かないの?」と不思議になるほどです。で
も、こればかりは「言わなくても気づいてほしい」と期待しても無駄です。
だからこそ、赤ちゃんを落とさない、誤飲に気をつけるといった安全面だけは、最初に具体的に伝えたうえで、毎回「気をつけようね」を合言葉にするようにしています。
命に関わることは特に、割り切ってこちらがしっかりとコントロールするのも必要だと思っています。
■ 届いてほしい、悲痛な叫び
どうすれば、ママや子どもたちの怒りや、悲しみ、恐怖の叫びが、彼らの心に響くのか。正直わかりません。
わからないけれど、この文章のなかの何か一つでも刺さって、言動が変わる人がいれば。そして、少しでも救われる人がいればと思い、あえて厳しめなご批判もいただきそうなこのテーマを書いてみました。
目の前の大切な人を、大切にできる。
そんな大人が、少しでも増えることを願っています。
