【あがり症|美大受験17】美術予備校最後の日|ふるえるままに、すすめ37
あがり症でHSP気質のうにが、美大受験、大学中退、そしてその後も続いていく日々の中で、変わりたくても変われない、どうしようもない自分を抱えたまま世界を泳いでいく『うに』のイラスト付き連載エッセイです。うまくいかない日も多いけど、うにはうにのまま、ふるえるままに進んでいきます。
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面談室のドアをノックしてはいると、大森先生と波多野先生がいました。
大森先生「お、うに、ようやく来たか!」
大森先生が明るい笑顔で出迎えてくれました。
波多野先生が
「うに、おせーよ!」と突っ込んできます。

うに「えっと、あの、すみません……」
大森先生「どうしてたの? なかなか来ないから心配してたよ。大学、3つ受かったでしょ? どこにするか決まった?」
うに「あ、はい」
うにが波多野先生と同じ大学名を伝えると、波多野先生の顔がぱっと明るくなって、「お、うにも、俺の後輩か~!」と嬉しそうに言いました。
大森先生「でさ、参考作品なんだけど」
うにの心臓がドキンとなります。
大森先生「描いてもらうのは……むずかしいかな?」
うに「……すみません……すごく緊張していて、あんまり記憶なくて描けないと思います……」
大森先生「そっか~。じゃあさ、前にあずかっていた絵、あったでしょ、あれ、塾で買い取りさせてもらってもいいかな」
うに「えっ?」
うにはびっくりして顔を上げました。「あれ、ですか……」
大森先生「うんうん。今日はそれで来てもらったんだよ。と言っても、謝礼はそんなに出せないんだけど、7千円でどうかなあ」
うに「え、あ、はい、ありがとうございます……」
大森先生「じゃあさ、この書類にサインして、1階の事務室のお姉さんに渡してくれる? 清算してくれるから……」
大森先生と話している間に、波多野先生はコピー機からプリントを取り出して整え、「じゃ、うに、大学でな~!」と言いながら、面談室を出ていきました。

大森先生「別館で春期講習が始まってるんだよ」
うに「あ、そうなんですね……」
うには大森先生からプリントを受け取りました。
大森先生「でも、よかったよな。ゆきも同じデザイン科だから、うにも安心だろ。大学行ったら課題大変だと思うけど、がんばれよ」
ゆきちゃんも、一緒……。
「……はい。がんばります」
うには、そう言うしかありませんでした。

事務室で絵の代金を受け取り、本館を出ると、本館と別館をつなぐ渡り廊下の水道場で、ふうこが筆を洗っていました。

ふうこは色彩構成がとても得意で、うには一度もふうこより上位にいけたことはありませんでした。いつも、ふうこのほうが評価されていました。
反射的に引き返そう、と思いました。でも、うにが踵を返すより先に、ふうこが顔を上げました。
「あ、うに」
うには、小さく手を振りました。
「聞いたよ。おめでとう」
「あ、ありがと……」
「ゆきちゃんも受かったってね。あたしとなつめは浪人だよ。あ、聞いてた?」
「あ、うん……」
ふうこは、筆を洗いながら言いました。
「……別館で春期講習始まってるから。うに、こっちにこないでさっさと帰った方がいいよ」
「……ご、ごめん」
「……あのさあ、そこで、あやまらないでよ。なんかわたしが悪役みたいじゃん」
ふうこは苦笑しました。
それから、洗っていた筆をさっとまとめて、ジャッと振って水を切ると、筆洗に放り込みました。
「うに、結局いくつ受かったんだっけ。三つだっけ」
「……うん」
「すごいよね、三つもか…」
ふうこが、うにを見ました。
「ひとつくらい、あたしにくれたらいいのに」

うには、息をするのも忘れて、ふうこの顔を見つめました。
何も言えませんでした。
「じゃ。バイバイ」
ふうこはすぐに踵を返して、別館へ戻っていきました。
うには、水道場の前に立ったまま、しばらく動けませんでした。

ふうこの後ろ姿が、渡り廊下の奥へ遠ざかっていきました。
長くて、苦しくて、つらかった予備校生活でした。
だけど一緒に文化祭へ行ったことも、
同じ教室でお菓子を食べた思い出も、確かにあったのに。
最後にうにの記憶に残ったのは、去っていくふうこの後ろ姿でした。


塾から駅へ向かう階段道には、早咲きの桜が咲いていました。
薄いピンクの花びらが、風に乗って、階段の上にふわりと落ちてきます。
そのとき、携帯が鳴りました。ハオユーです。
「おーい、うに。合格祝い、やるって。おじさんが言ってる」
ハオユーが「おじさん」と呼ぶのは、うにの父のことです。
ハオユーも、無事にT大学に現役合格していました。
うには、携帯を耳に当てたまま、小さくため息をつきました。
たしかに、父だけど。でも、うには、生まれてから一度も、その人と一緒に暮らしたことがありません。
ハオユーのほうが、よっぽど長く、あの人と同じ家で暮らしています。
「……合格祝い?」
うには、階段に落ちた桜の花びらを見ながら、ぼんやりと聞き返しました。
「サントリーホールで、クラシックのコンサート。チケット、SS席だってさ。演目は、ヴィヴァルディの『春』」
「はあ……。コンサートねえ」
うには、空を見上げました。早咲きの桜が、風に揺れていました。

ヴィヴァルディの『春』。
サントリーホールのSS席。
何万円かな。
離れて暮らしていても、父は、うにの誕生日に、毎年欠かさずプレゼントを贈ってくれます。
けれど、そのプレゼントが、うにが本当に欲しかったものだったことは、ただの一度もありませんでした。
いつも、父が「これはいいものだ」と思うものが届きました。
うにが欲しいものではなく、父が、17歳の娘にふさわしいと思ったもの。
「……興味ないなあ」
うには、小さくつぶやきました。
「そう言うなって。俺ひとりで行くの、やだよ。頼むって」
「……わかったよ」
うにがそう言うと、ハオユーはすぐに明るい声になりました。
「よし。じゃ、今週の土曜。三時からな。終わったら、ふたりで飯でも食いに行こーぜ」
うには、電話を切ったあと、しばらく階段の途中に立って、桜を見ていました。

つづく!
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閑話休題 ちょっと明るい話題をどうぞ

この美大受験編の執筆中、聞いていたBGMのひとつがこちらでした👇
いつまで迷うんだろうか
いつかは分かるよな
誰もが一人 全ては一つ
色々な姿や形に 惑わされるけど
いつの日か 全てがかわいく思えるさ
わたしは何になろうか どんな色がいいかな
探しにいくよ 内なる花を

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~今までの物語が読みたい!~
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※本作は実体験をもとに再構成した創作エッセイです。
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