【あがり症|美大受験1】高3春からの美大受験予備校通いで現実を知る。圧倒的に出遅れていて、猛烈に浮いていた、うにの美大受験スタート|ふるえるままに、すすめ21
あがり症でHSP気質のうにが、美大受験、大学中退、そしてその後も続いていく日々の中で、世界を泳いでいく『うに』のイラスト付き連載エッセイです。うまくいかない日も多いけど、うにはうにのまま、ふるえるままに進んでいきます。
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自分らしさって、何でしょうか。
十代のうに。
自分らしく生きるというのは、自分の中にある才能の芽を見つけて、それを磨き、何かの形で活躍することなのだと思っていました。
自分のことや、自分が作った作品を、堂々と世界に発表する。
ネットやテレビで活躍している、有名なアーティストたちのように。
学校で、勉学に、部活動に、自分の特性や特技を生かして伸ばして、生き生きと活躍している、眩しい友人たちのように。
そういうふうに、自分だけの何かを持って、まっすぐ前に出ていくこと。
それが「自分らしく生きる」ということなのだと思っていました。
だけど、うには深海生物です。
子どものころから、極度のあがり症で、突然スポットライトを当てられると、その光の強さにびっくりして、体が固まってしまう。
人に注目されるだけで、緊張のあまり声が出なくなり、涙がにじんでくる。
友人関係を、器用にこなすのも苦手。誰かと一緒に何かをするのは楽しいけれど、場の空気を読み続けたり、相手の反応を気にし続けたりしてしまって、すぐに心が疲れてしまう。
誰かと仲良くなれば、そのぶん、いつか仲良くできなくなったときの悲しみが怖くなる。
だったら、できればひとりでいたい。
ひとりで静かにしているほうが、心はずっと穏やかでいられるから。
うっすら寂しくても。
自分らしく、っていうのが、うにの場合、どれもこれもなんとなくマイナス要素が多くて、辛い。
このまま普通に社会へ出て、うまくやっていける気がしません。
人前に出るのも苦手。
友人関係も器用にこなせない。
集団の中で、明るく立ち回ることもできない。
人並みにできないことが多すぎ。
だったら、せめて何かひとつ。
自分の力で食べていけるくらいの、特技を磨かなければ。
武器が必要なの。生きていくために。
17歳のうに。
唯一、人よりちょっと得意だったのは、絵を描くことでした。
高校三年生になる直前の春休み。
うには、都内にある、とある美術予備校のビルを見上げていました。

美大を受けよう。
そう腹を決めたのは、誰かに勧められたからではありません。
自分で美大受験の雑誌を読みあさり、受験科目を調べ、美術予備校の名前を探し出し、春期講習に申し込んだのです。
当時、うにが通っていた高校で、担任の先生に「美大を受けたいです」と伝えると、先生は少し驚いた顔をしました。
「え? 美大?」
「はい」
「今のうにの成績なら、普通に内部進学で大学に行けるし、ある程度、学部も選べるわよ?」
付属だったのは東京六大学に名を連ねる有名大学でした。このまま素直に進学すれば、普通の社交能力がある子なら就職まで安泰のはず……そう、普通の社交能力があれば、ね……。
「……でも、美大が、いいなって」
担任だった女性教諭は、困ったように笑いました。
「美大かあ……。うちの学校から、過去に一人も進学実績がないのよ。だから、学校としては全然バックアップできないと思うんだけど、大丈夫かしら」
「大丈夫です。美大専門の予備校、自分で探しました。春期講習から行ってみます」
「そ、そう……? 何か困ったら、相談してね」
「はい」
そうして迎えた、春期講習の初日でした。
友達はつくらない。
うには、ビルの入口の前で、そう自分に言い聞かせました。
ここには、美大に受かるために来たんだ。
高三の春からなんて、きっと遅すぎる。
いろいろ難しいことも、たぶん、ある。
でも、やれるところまでやってみよう。
そう思って、うには予備校の玄関をくぐりました。

「高3? 今まで絵の経験は? 美術部とか? え? 帰宅部? そっか……石膏デッサンは?……1回もない? 木炭、知ってる?……そっか、知らないか」
案内してくれたのは、波多野先生でした。
美術大学の二年生で、この予備校でチューターのアルバイトをしている人だそうです。
日に焼けた顔。
まぶしいくらいの笑顔。
湘南の潮の匂いを、そのまま連れてきたみたいな人でした。
——うわ。
これは、住む世界が違う人だ。
うにの中の何かが、すばやく警報を鳴らしました。

「高三? 今まで絵の経験は?」波多野先生は、明るい声で聞きました「美術部とか?」
「……帰宅部です」
「そっか。石膏デッサンは?」
「……やったことないです」
「木炭は知ってる?」
「……知らないです」
「そっか、知らないか」
波多野先生は、少し考えるようにうなずくと、木炭の箱を持ってきてくれました。
「木炭はね、こうやって芯をくり抜いて使うんだよ。で、このクリーム色の紙が木炭紙。今そっち見てるのは裏。こっちが表ね」
初心者のうにに、ひとつひとつ、最初から説明してくれました。
「高三か……。うーん、まあ、何浪かして入る子も多いし。俺も二浪だし!」波多野先生は、まぶしい笑顔のまま言いました。「大丈夫。誰だって最初は初心者だよ。一緒に頑張ろうな!」
浪人が前提なのか。
うには、そう思いました。
でも、口には出さず、静かにうなずきました。
「じゃあ、ひとまず今日は、この丸い石膏を描いてみようか」
波多野先生が、教室の隅に置かれた白い球体を指さしました。
「まずは何も考えなくていいから、自由に描いてごらん」
そう言われて、うには教室の隅で、白くて丸い石膏の球体と向き合うことになりました。

周りでは、受験生たちが、難しそうな石膏像を前に座っていました。
何本もの鉛筆を、まるで魔法みたいに持ち替えながら、紙の上を走らせています。教室では私語をするひとは一人もいません。ただ、紙をこする音だけが静かに響いていました。
その子たちの多くは、高校二年生くらいから、この予備校に通っているのだそうです。中には、高校一年生の頃から通い続けている子もいると聞きました。
描いている絵は、どれも、思わず見とれてしまうようなものばかりでした。
一方で、うには、初めて手にした木炭一本。
目の前にあるのは、シンプルな球体の石膏。
高三の春からのスタート。
石膏デッサン経験、ゼロ。色彩構成経験、ゼロ。美術部経験、ゼロ。
受験本番は、翌年の二月から三月。
残された時間は、実質十一か月ほどしかありません。
ちらちらと、視線が飛んできます。
あの制服、〇〇大学付属高校の子だよね。
まさか、美大受験するの?
今から?
木炭から?
言葉にされていなくても、なんとなく伝わってきました。
高三の春から始めるなんて、圧倒的に出遅れていること。
この教室の中で、自分だけが、明らかに浮いていること。
大丈夫。わかってる。
でもとにかく、歩き出さないと始まらない。
うには木炭を握り、白い球体と向き合いました。

周りでは、時々、鉛筆を立てて持って、腕を伸ばして、片目で石膏像をのぞき込む人がいました。
……どうやら、像の各要素の長さや距離感を測っているみたいです。
見よう見まねでやってみるけど、何が測れているのか、さっぱりわかりません。
——いや、そもそも、これ合ってるの?
先生に聞けばいいのに、聞けないんです。
うには首をひねりながら、なんとなく同じ動きをしてみて…
その瞬間、背後から——
「……ぷっ」
波多野先生の、こらえきれない笑い声が聞こえてきました。

波多野先生「いや、ごめん。どこを測ってるんだろ、って思って。
それ、シンプルに、丸だから」って。
波多野先生はうにの隣にやってくると、球体の基本的な描き方を教えてくれました。
「でもこれはあくまで基本だから。デッサンをするときは、モチーフをよく見て、何度も自分の絵と見比べて。光の入り方とか、影の出方とか、毎回違うから。
紙のうえに球を描く意識じゃなくて、画面の中に広がる空間に、球体を置くイメージで描いてごらん」

そのあと、講評の時間になりました。
描いた絵は、教室の前に並べられます。

うまい人の絵は、上段へ。
そうでもない絵は、下段へ。
先生たちが、無言で入れ替えていきます。
その動きに合わせて、教室の空気が、すっと変わるのが肌で感じられてきます。
少しだけ、嬉しそうな顔。
少しだけ、沈む顔。
誰も何も言わないけれど、上段と下段のあいだに、はっきりとした差がありました。
うにの絵は、一番端に、ぽつんと置かれました。
「まあ、初めてだし」
波多野先生がそう言って、「木炭、楽しかった?」と、あの人好きのする明るい調子で、聞いてきました。
うには、黙ってうなずきました。
はじめてだからとか、問題はそこじゃない。
今はまだ、評価の場所にも立ててないんだ。
ここからの、スタートか。
……ああ、これは厳しいな。

でも、早めに現実を知るって大事ですよね。
ひとりで来て、何もわからないまま絵を描いて、知識のなさを笑われて、好奇の目で見られて。すごく恥ずかしかったけど。
でも、今の自分がどこにいるのかを知らないと、どこに向かえばいいのかも、わからない。
だから最初はこれでいいんだ。
その日から、講評の時間は、全部、ノートに書きとることにしました。

自分の絵だけじゃなくて、うにより先を行く人たちが、何を言われているのか。それを、ひとつ残らず、です。
目指しているのは、あの人たちのところに行くことだから。
自分の講評だけ聞いていても、足りない。
どこが違う?
何を見てる?
何を直してる?
どうすれば追いつく?
彼らにあって、うににないものは何か。
逆に、彼らにはなくて、うににはあるものは何か。
それを、全部わからないと、たぶん、追いつけない。
追い越せない。
——そのときでした。
「ねえ、お菓子たべない?」
ふいに声をかけられて、顔を上げると、

そこにいたのが、ゆきちゃんでした。

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※本作は実体験をもとに再構成した創作エッセイです。

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本作は実体験に着想を得たエッセイですが、プライバシー配慮のため登場人物・団体・時系列・場所等に創作・合成・編集を含みます。特定を意図していません。ただし、うにが感じた気持ちと気づきは本物です。
