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【あがり症|美大受験2】絵を描きつづけていい場所|黒で白を描く、春期講習がスタート|ふるえるままに、すすめ22

あがり症でHSP気質のうにが、美大受験、大学中退、そしてその後も続いていく日々の中で、変わりたくても変われない、どうしようもない自分を抱えたまま世界を泳いでいく『うに』のイラスト付き連載エッセイです。うまくいかない日も多いけど、うにはうにのまま、ふるえるままに進んでいきます。

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美大受験予備校では、昼間部には浪人生、夜間部には現役生が通っています。

でも、春期講習会は違って、
現役の高校生と浪人生がひとつの部屋に入り
朝から夕方まで、デッサンや色彩構成などに向き合います。

3月半ば。
浪人生たちにとっては、すこし前に受験で落ちたばかり。
落胆から立ち直る間もなく、
来年の受験に向けて、ふたたびこの場所に戻ってきたところに、
まだ受験を知らない現役生たちが混じっている。
去年の自分はあんな風に見えていたんだ、と思うと
あらためて浪人したことが実感として胸に迫り……

一方で現役生たちは
浪人の先輩たちのハイレベルな作品を目の前に見て、
(こんなにうまい人たちが、なんで受からないの……!?)
という過酷な現実を知り、
自分の絵の拙さにあらためて絶望する……

それが、春期講習会でした。


うには、デッサン教室の隅っこに座って
できるだけ目立たないようにしながら、
浪人生の先輩たちを観察していました。

鉛筆ボックスをのぞいては、その本数や種類の多さに驚いたり。
擦筆という道具をはじめて知ったり。
カッターナイフで鉛筆を削る手つきや、
紙やすりで芯を整えるやり方を見て、
あんな風にやると、先端がきれいに尖がるんだ、と感心したり。

先輩たちは、迷いなく、サクサクと形を取り始めたかとおもうと、
真っ白だった画面に、立体的な白い石膏像が
みるみると浮かび上がってきます。

「先輩たち、ちょっと怖いよね……」
うにの隣で体育座りをしたゆきちゃんが、
うにだけに聞こえる小さな声で言いました。
口元は笑っているのに、目は本気で笑っていません。

「私のデッサンなんて、
夜間の授業でも上段に並んだことほとんどないのに……
あんな先輩たちと並べられると思うと、胃がキリキリする。
マジで吐きそう」

たしかに、すでに1年以上受験デッサンを訓練してきた
浪人の先輩たちの技術力には
現役生は全く太刀打ちできません。

ゆきちゃんは嘆いていましたが、
その「うまくいかなかった」っていう、
ゆきちゃんの作品ですら、
うにには十分すぎるほど上手に見えました。

聞けば、ゆきちゃんは美術系高校の三年生。
学校で美術をやりながら、この予備校にも高一から通っているそうです。
4月からは受験コースに変わり、週5で通うことになるのだと言っていました。

「うにちゃんもこれから夜間の週5コース?
良かった~、一緒だね!
がんばろうねえ」

春期講習のデッサン教室で
マイノリティの現役生二人が、
すみっこの壁にはりついていると
ゆきちゃんの友達らしい現役生が
少しずつ集まってきていました。

「あたしは、高2の夏から」
「あたしは高1からかな」
「え、うにちゃん、美術部でもないの?」

う、うん……。

そっか、みんな、そんなにはやくから……。
羨ましさに、胸がちょっとざわつきます。

美術専門の高校があるなんて、知らなかった。
高一から美術予備校に通えるなんて、知らなかった。
美大に行くのにこんなに訓練が必要だなんて、知らなかった。

そもそも、うにには
ひとりで熱中して絵を描いていていい場所なんて
なかったんです。

鉛筆が紙の上を走ると、すうっと線が生まれてくる。

強く引けば濃くなる。
優しく引けば、かすかに残る。
跳ねたり、流したり、そのときの勢いがそのまま線になる。
指でこする。ぼかす。影ができる。
影を練り消しで消しながら、光を描く。

こどものころから、うには「線を描くこと」が好きでした。
好きというよりも、
気がつくとずっと線を描いている、という感じでした。

道具は、鉛筆でもペンでも、なんでもよくて、
線が引けるものなら、クレヨンでもクレパスでも、
筆でも指でもかまいません。

何時間でもひとりで没頭できました。

小1からはじめた書道は、あまりにも好きすぎて。
お手本をみて3枚書けばいいといわれても
何枚でも書き続けてしまう。
でも字を書いているという意識は薄くて
いろいろな線を描くのがひたすら楽しくて。

でも、そんなうにを見て、母は嫌な顔をしました。

「そんなことしてないで、勉強しなさい。
勉強しないと、お父さんみたいなどうしようもない人間になっちゃうのよ。
それに、あの子に負けたら嫌でしょ」

父は、社会的にはかなり成功している人でしたが、
外に中華系マレーシア人の愛人がいました。
母の言う「あの子」というのは、
父の愛人の連れ子で、うにと同い年の男の子のこと。

その子は、日・英・中の言語を話せるトリリンガルで
うにとは正反対の、快活な男の子だったんです。

その子が都内のインターナショナルスクールに
優秀な成績で通っていると聞いた母は
うにに中学受験をさせることに。

うには、学校にもいたくないけれど
不安定な母がいる家にも帰りたくなくて
塾帰りに、よく、公園によって
ノートの端に絵を描いていました。

燃えるような夕焼雲の空を見上げると
遠くで消防車のサイレンが鳴っています。

ああ、家なんか燃えちゃえばいいのに。

帰ったら、家は火事で燃え尽きて
母も父もいなくなっていたらいいのに。
誰も、うにのことを知らない場所に行けたらいいのに。


こんなことを考えるのはきっと、
自分だけなんだろうな。

この身体から心を取り出したら、
きっとグロテスクで、
両手は真っ黒になるんだろうな、と思いながら。

どれくらい描いていたのか……はっと気が付くと
夕陽が沈んで、街灯がついて、あたりは暗くなっていて。

あわてて家に帰ると、門限を過ぎていて、
母に鍵をかけられ、玄関の外に立たされました。
泣きながら謝っても、許してもらえません。
こうなると、母の怒りが収まるまで待つしかありません。

仕方ないので、玄関先にとめてあった車の表面の埃に、
指で線を描いていました。

描いているあいだは、風の寒さも空腹も、
泣きたいような、あるいは叫びたいような気持ちとかも、
少しだけ紛らわせます。

そうして外に立たされていると、
近所に住む祖母が見つけてくれて、
家に入れてくれることも何度かありました。

でも、そのあと
「今すぐ帰ってきなさい!」
電話越しに響く母の怒声のほうが、もっと怖くて。

帰宅してみると、ベランダから外の道路に
ランドセルや筆記具や
絵の具セットや、クレヨンやスケッチブックが
外に投げ捨てられ
無残に散らばっていました。

うには、黙って拾い集めました。

何もかもみんな、消えてしまえばいいんだ、
って思いながら。


デッサンをして真っ黒になった手。

不思議ですよね、石膏デッサンって。
こんなに手を真っ黒にして描いて描いて描いて

『黒』で、石膏像の『白さ』を、表現するって。


あれから紆余曲折あって、
高校の3年の春になってようやく
美術予備校に通えることになったのですが
その経緯はまた長くなるので別のところで。

うにはこの美術予備校にきてはじめて
小さなノートの端じゃなくて
大きなキャンバスに向かって
ずっとずっと何時間でも
誰に遠慮する必要もなく
絵を描いていい場所にたどりついたのでした。

だから、高3からなんて遅いと言われても
木炭の芯の抜き方も、デッサン用の鉛筆の削り方も
パネルに紙を水張りする方法も、
美大受験生なら知っていて当たり前のことを
何も知らなくても、予備校に毎日通い続けました。

だってここは、うににとって、
唯一、絵を描きつづけていい場所だったからなんです。


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※本作は実体験をもとに再構成した創作エッセイです。

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本作は実体験に着想を得たエッセイですが、プライバシー配慮のため登場人物・団体・時系列・場所等に創作・合成・編集を含みます。特定を意図していません。ただし、うにが感じた気持ちと気づきは本物です。

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