【あがり症|美大中退編10】立派な自分になれなくても、なんとか生きていく……しかないよな|ふるえるままに、すすめ47
あがり症でHSP気質のうにが、美大受験、大学中退、そしてその後も続いていく日々の中で、変わりたくても変われない、どうしようもない自分を抱えたまま世界を泳いでいく『うに』のイラスト付き連載エッセイです。うまくいかない日も多いけど、うにはうにのまま、ふるえるままに進んでいきます。
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「はあ……この先どうしよう」
病院のベッドに横たわったまま、窓の外の青い空を、まんじりともせず眺めていました。
白い雲が、ゆっくりと流れていきます。
見ているあいだは、ほとんど動いていないように見えます。
しばらく眺めていても、大した変化はありません。
けれど、ふと気づくと、さっきまで東の空にあった雲の塊が、もう西のほうで、別の形になっていました。
人生も、こんなふうなのかもしれません。
どうしよう。どうしよう。
そう考えているだけで、何もいい考えも、進む方向も見つからないうちに、風は止まらず、いろいろなことがどんどん変わっていく。
そして、ふと気づいた時には、もう取り返しがつかなくなっているんじゃないか。
うに、ここで、ただ寝ていていいのかな。

少しずつ体力と、ものを考える力が戻ってくると、今度は漠然とした不安が、胸の底から湧き上がってきました。
大学へ戻れるか。
――否。
とても、とても、無理。
では、留年すれば戻れるか。
――否。
留年して、次の年の新入生と同じクラスに入り、あの教授の授業を、もう一度受ける。
とても、とても、無理すぎます。
だったら、辞めるしかない。
けれど今、うにが「大学を辞めたい」と言ったところで、父も母も、きっと許してはくれないでしょう。
『せっかく、あれほど高い倍率を突破して現役で入学したのに、もったいない。
もう少しだけ頑張ってみたら』って。
そりゃ、そう思いますよね。
うにだって、これが他人の話だったら、同じことを言うと思います。
『少し休んだら、考えが変わるかもしれないよ。
まだ数か月しか通ってないでしょう。
辞めるのは、いつでもできるんだから』
きっと、そう言います。
でも、うにはもう限界でした。
あの場所で、もう息ができない。
これ以上続けたら、体がもたない。
周りが反対するなら、黙って辞めるしかない。
これについては、
割と早く腹を括っていたように思います。
問題は、そのあとです。
辞めて、どうするのか。

美術大学中退で、食べていけるのだろうか。
そもそも、普通に美大を卒業したって、絵だけで食べていくのは難しいのです。
入学した時、教授たちから、あれほど厳しく言われていますし。
『現実を見ろ。
才能だけで生きていけると思うな』
ってね👇
なのに、うには、卒業どころか、中退。
しかも対人恐怖症。
これでいったい、うにはどうやって働いて、お金を稼ぐつもりなのか。
……まったく、ノーアイデア。お手上げです。
脳みそを振り絞ってみても、何も出てきません。
食べていけるようなスキルなんてない。
(あれほど頑張ったデッサンでは食えない……食えなさすぎる、と改めて実感)
美術大学中退でも食べていけるスキルが欲しい。
それって、なんだろう?

ーーーたとえば、人の健康や命を守る仕事。看護師さん。
……いやいやいや。
入院生活中、
看護師さんたちの働きをみてきましたが、
こんな大変な仕事、うにには無理です。
注射だって死ぬほど怖くて、
刺される時には
目をつぶって耐えるタイプなのに、
自分が誰かの腕へ針を刺すなんて、
無理無理無理無理。
人の命を預かる重大な仕事なのに
こんな状態でできるはずがないですよね。
それに、職場の人間関係も、ものすごく負荷が高そうです。
あがり症で、人が怖い、うににとって、
これほど向いていない職業はないのでは。
看護師さん、尊敬しかありません……!
じゃあ、ほかには?
ーーーープログラミングとかはどうだろう。
パソコン嫌いじゃない。
これからこの分野は伸びそうだし。
高卒でも、スキル次第でなんとかなりそうな気がする。
でも、今のうにには、
パソコンを買ったり、パソコンスクールに入りなおす資金がない。
親や祖母に頼む?
大学を中退するということも言い出せないのに
どうやってそんなことがいえるのか。
しかも、『学校に通う』と言うこと自体に
自信がないのです……。
なので、お金がほとんどかからずに学べるもの。
自分ひとりでこつこつできるもの。
学歴がなくても使えて
需要がなくならないもの。
どこへ行っても持ち運べる。
少なくとも、食べていく足しにはなるもの。
できれば、人とあまり話さなくても、
一人で稼げそうなもの。
あるかなあ。
……あるかなあ、じゃないよ。
四の五の言ってないで、探してみるしかない。
だって今のうには、何の装備も持たないまま、
いきなり「社会」と言う名の
ダンジョンの入口に立たされているようなもの。
武器なし。
防具なし。
学歴なし、魔法なしw
地図さえ持っていません。
しかも、レベルはたぶん1。
体力ゲージは、ほとんど赤。
回復薬、現在、摂取中。

うに一個も持ってないよ・・・
ここまで何もないとなると
何か1個、武器を拾うしかないよ。
石でも木の棒でもなんでもいいよ。
うににも使えて、できれば壊れにくくて、
どこへ持っていっても少しは役に立つ武器。
ーーーそれを探すしかない。
人間って面白いもので、
どん底まで落ちると
かえって思考がシンプルになるかも?
本当は、絵を職業にしたかった。
美大生になって大学で楽しく学び
企業に就職しデザイナーになって、みたいな、
普通の人生を歩いてみたかった。
それから、ただ、友達が欲しかった。
……全部叶わなかった。
そんな、恥や外聞や見栄のミルフィーユが、
パリパリと剝がれ落ちていきます。
もう、そんなことを言っている場合じゃないや。
かっこ悪くても、しょうがない。
立派な自分になれなくても
なんとか生きていく
……しかないよな。

病院の売店の中にあった、小さな書店コーナーで
うには、「簿記3級」のテキストを見つけました。

簿記。簿記かあ……。
お金は、誰にとっても必要だから。
だったら、それに関わるスキルがあれば、
なんとか食べていけるかもしれないな、たしかに。
興味は……ほとんどないけど。
簿記について知っていたことといえば
お金に関する資格らしい
↓
商業高校の人も取るらしい
↓
就職にちょっと有利らしい
↓
さらに上へ行くと、
なんか税理士という
強そうな職業につながるらしい
↓
いまいち何なのか分からないけれど、
なんとなく食べていけそうなにおいはする。
くらいだったんです。
今まで頑張ってきた、アートの世界とは180度違う、正解がある世界。
それも悪くないかもしれない。
それで、その場で購入して
病室のベッドの上で開いてみました。
ところが、驚くことに
うに、本が読めなくなっていました。
文字は見えているし、漢字も読めるんです。
日本語の意味も分かる……
なのに、頭の中に置いておけない感じ。
一行読むたびに、
足元の砂へ文字を書いているように、
次の波が来ると消えてしまう。
「あれ?」
また上へ戻る。また読む。
三回、四回と同じところを読んで、
それでも意味がつながらない。
なんだ、なんだ、どうした、これ。
目の問題かな?
目をこすって何度もチャレンジしても
どうしてもだめ。
「……え、待って」
うには怖くなりました。
だって、本くらいは読めるものだと
思っていたからです。
絵が描けなくなった。
大学にも戻れない。
人と話すのも怖い。
そのうえ、本まで読めないの?

これじゃあ、本当に何もできない……
うにの脳、どうしちゃったんだろう……
結局、簿記のテキストを閉じて枕元に置き、
また窓の外を眺めました。
青い空に、雲が風に流されて行きました。


立派じゃなくても
夢がなくなっても
みんなと同じようにできなくても
生きていくしかないんだけど
だからって
そんなすぐに割り切れるもんでもなくて。
大学を卒業できなかった
自分には何かをちゃんと最後まで
やり遂げることができないのでは
自分は、何をやっても
中途半端な人間なのでは
人生で何も成し遂げられないどころか
みんなのような
大学行って、就職して社会人になって
ちゃんと働いて生きていく
そんなルートから落っこちてしまって
もう二度と
『普通』のルートには
戻れないんじゃないか
と、自分でもそこまで深く傷ついていたとは思わないほど意外と深いコンプレックスになって
悩み続けることになりました。
でも、振り返ってみると
うには、このとき、
夢と、夢への執着を分離したように思います。
自覚していたわけじゃないんですが…。
絵は好き。
夢そのものは、捨てなかった。
でも今は、生きなくちゃ。
「作りたい」「表現したい」は
ひとまず心の中にしまって。
一方で、
「美大を卒業しなければ」
「アーティストにならなければ」
「ここまで頑張ったんだから続けなければ」
「普通のルートに戻らなければ」
という夢に絡みついた執着は
すぱああああん、と
ぶった斬りました。
執着を切ることは、めちゃくちゃ痛い。
「あれだけ頑張ったのに」
「難関美大を現役合格したのに」
「本当は卒業したかった」
「普通の大学生活を送りたかった」
「アーティストになりたかった」
「友達が欲しかった」
「もっと作品を作りたかった」
それは全部、本当に心から
欲しかったものだから。
めちゃくちゃ努力もしたから。
だから、悲しくて辛い。
でもこの辛さは、選択を間違えたからではない。
生きるために
本当に大切だったものを手放したから。
だから、傷は残ったままだけど。
まだ、傷口から血が流れてるけど。
そのまま、一歩ずつ進むのです。
つづく!


大切なお知らせ
本作は実体験に着想を得たエッセイですが、プライバシー配慮のため登場人物・団体・時系列・場所等に創作・合成・編集を含みます。特定を意図していません。ただし、うにが感じた気持ちと気づきは本物です。

~今までの物語が読みたい!~
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※本作は実体験をもとに再構成した創作エッセイです。
