東日本大震災で多くのものが失くなった陸前高田市で残されたものたちへの想いを知る|アーティスト山田悠トークイベント「残されたものたち」プロジェクト
『東日本大震災の大津波によって色々なものが失くなってしまった場所で、そこで暮らす人々はものの価値をどう思っているのか』
アーティスト・山田悠(やまだ はるか)氏による岩手県陸前高田市での「残されたものたち」プロジェクトの始まりには、そうした想いがあったようだ。2026年1月31日。岩手県陸前高田市の泊まれる古本屋山猫堂で山田悠 氏によるトークイベントが開催された。
本トークイベントは、泊まれる古本屋山猫堂が行っているアーティスト・イン・レジデンス「モグAIR 2025」の一環として開催されている。「モグAIR 2025」では、4名のアーティストを迎え、地域の「空き家」をテーマとして、家・人・ものに触れてもらいながら、作品制作を進めており、本トークイベントは、その中の一つのイベントだった。
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「モグAIR 2025」トークイベント|山田悠 氏による「残されたものたち」プロジェクトを語り尽くす
泊まれる古本屋山猫堂で開催されたアーティスト・山田悠 氏によるトークイベントは、前半に山田悠 氏がこれまで取り組んできたアーティスト活動の紹介から始まり、「残されたものたち」プロジェクトの始まりから、陸前高田市で取り組まれるようになった経緯、そして今に至るまでが語られた。
アーティスト・山田悠 氏の生み出した現代アートを知る
前半に行われた山田悠 氏のアーティスト活動の紹介では、同氏が世界中で取り組んでいる日時計の取り組みや干潟で生み出された旅する星座の制作について語られている。
建築物の外壁や福島県葛尾村の住民たちから集めたもので生み出された日時計が写真とともに紹介される。精巧さもさることながら、人工物と自然という相反するものが相乗し生み出される日時計の存在を前に、参加者からは感嘆の声が洩れた。
『コントロールできないものとコントロールできるものを組み合わせて共働しようとしている。完成よりも変わることそのものが作品にならないかと思い制作をしている。自分が自然の中に生まれて自然の中で育っていたら、ランドアートをやれたかもしれない。けど、自分は都市に生まれたからジレンマがあり、それが作品にも出ているんじゃないか』
人工物と自然の共働を果たした日時計、旅する星座の制作の根源にある自身のオリジンについて、山田悠 氏はそう語る。そして、「残されたものたち」プロジェクトの説明に移った。
「残されたものたち」プロジェクトとは何か|始まりを知る
「残されたものたち」プロジェクトは、『どんなものがどんな理由で残っているのか、記録として残していく』ことをテーマに取り組まれているとされる。プロジェクトの土台にあるのは、2017年に群馬県にある問屋町で取り組まれたことだとされる。
かつて問屋で栄えた問屋町は、ものに溢れていた過去を持ち、またものが流れていた町だった。そうした町で、そこに留まり続けているものは何か。それを調べるプロジェクトだったと山田悠 氏は語る。
本プロジェクトでは、『貴重だから、値段が高い骨董だからではなく、あなたにとって捨てられないものは何か』を問いながら進めたようだ。そうした中で出てきたものとして、たとえばボロボロになった地図があったとされる。
現代において、紙の地図を見る機会は大きく減った。法務局で不動産の登記を上げるときや自治体の施策などにおいて利用機会はあるにせよ、多くの場合、地図はスマートフォンに取って代わられている。
そんな中、どうしてボロボロの地図が捨てられずに残されていたのか。そこには、自身が使い続けてボロボロになった地図は、地図情報だけでなく、自身の記憶や記録にもなっていたからだ。
紙の地図は、道具という存在を超越し、使用者の分身のようになっていたから、ボロボロになってなお捨てられずにいたのか。筆者はその話を聴きながら、使われ続けたものに宿るものを感じられた。
KESEN AIRからモグAIRへ|「残されたものたち」プロジェクトについて山田悠 氏と泊まれる古本屋山猫堂が語り尽くす
「残されたものたち」プロジェクトが岩手県陸前高田市で始まったのは、2020年の「KESEN AIR」が発端である。陸前高田市が主体となり取り組まれたアーティスト・イン・レジデンスがきっかけだった。
『東日本大震災の大津波によって色々なものが失くなってしまった場所で、そこで暮らす人々はものの価値をどう思っているのか』。山田悠 氏は、「KESEN AIR」参加時の想いをそう語る。
当初、「KESEN AIR」はアーティストを陸前高田市に迎え入れて実施される計画だったが、折しも時は新型コロナウイルスによるパンデミックの影響で外出が制限される時期だった。そのため、「KESEN AIR」はZOOMを用いたリモート環境で実施された。
現・泊まれる古本屋山猫堂の店主・越戸 氏が現地中継を行い、陸前高田市民及びその方のお宅、その方が捨てられずに残されていたものを画面越しに伝えるとともに、画面越しのインタビューを経て、「残されたものたち」プロジェクトは勧められた。
当時を思い起こしながら、越戸 氏は『この方法でやるしかなかった。結果、今にして思えばこのときにしか出せないものがあったように思う。皆、楽しんでくれており、この方法でやるしかないことによる真剣さがあった』と語っている。
山田悠 氏は、陸前高田市民の残されたものを伝えられる中で、レプリカを作ることにし、実際に作り、その上でそれにまつわる文章をまとめた。レプリカを作ったことで自分事になったと語っている。実際に手に取ることで、重さや造形などが理解でき、遠くのものが近くのものとして認識できたとされる。
この経験を通して、山田悠 氏は陸前高田市での「残されたものたち」プロジェクトを継続したいと考えたとされるが、「KESEN AIR」での悠氏の活動の機会がなかった中で訪れたのが2025年に始まった泊まれる古本屋山猫堂による「モグAIR」である。
山田悠 氏はこの年、ようやく陸前高田市の地に降り立つことができた。このとき、山田悠 氏は自身が制作したレプリカを持ち、残されたものたちを持つ人々に話を伺ったそうだ。一方で、どうして「モグAIR」で「残されたものたち」プロジェクトの続きをやろうと思ったのか疑問もあったと語る。
『「モグIR」で「残されたものたち」プロジェクトの続きをやろうと思ったのは、悠さんに直接陸前高田市に来て見て欲しいと思っていたから。陸前高田市の中心市街地には新しいものしかなくて、不自然に感じるときがある。そんな町と悠さんのアートが合わさったらどうなるか気になっていた』
山田悠 氏の疑問に対して、泊まれる古本屋山猫堂の店主・越戸 氏はそう回答した。インタビューの対象者は、越戸 氏とスタッフの木津谷 氏を中心に候補を選出し、山田悠 氏に選んでもらう方法を取ったそうだ。色々な状況にある、多様な人々に満遍なく訊いてみようという方向で進められたとされる。一方で、次のような想いもあったようだ。
『陸前高田市という町に移住して12年くらい過ごし、色々と歪なことがあった中でニュースなどに情報の偏りを感じていた。メディアなどには光を当てられないけど凄い人がいると思っていて、そういう人たちが入ってくることで、これまで外に発信されていない陸前高田市が見えるようになると思っていて、また悠さんのやっていることにマッチすると思って選んだ』
山田悠 氏がインタビューを重ねる中で、『ものとしては何も出せない』と回答した人もいたようだが、同氏はそれも大切な言葉であり、今後なしという形も作りたいと思ったと語っている。ちなみに、去年の『モグAIR』は地域の生業に入りながら作ってもらう企画で、1カ月程度陸前高田市で暮らしたようだ。木津谷 氏は、そこで感じたことを山田悠 氏に尋ねた。
『実際に来てみて、餅が美味いと感じた。それと「お茶っこ」を初めて知った。交通面では、バスを一本逃すと2時間くらい来ないので、何かを待つ時間が多かった。待っている時間に「お茶っこ」などがあり、その時間が豊かに感じられる。そうした待ちの時間の豊かさがものに繋がっているのでないか。冬が寒いので、雪が解けるのを待つ。春を待つ。天候が回復するのを待つ。コントロールできないものに対しては待つという考えがあり、待ち上手だと感じた』
山田悠 氏はそう回答する。その後、同氏は今回の「モグAIR」で得た気付きについて語った。
『夫婦二人の話聞いた。女性側は結婚のタイミングでものの移動が起こる。嫁入りによってものの取捨選択が起きる。嫁入り道具で渡された鏡があった。旦那さんは大事なものだと思って取っていたので、それが残されたものだと思っていた。けれど、奥方さんにとってはご自身が掲載された新聞の切り抜きの方が鏡よりも大切に感じていた』
また、ヒアリングに同席した木津谷氏より、残されたカレンダーについて印象的な話として次のような話をしている。
『2011年3月11日のところにゴミの日が書かれていて、7月には瓦礫の片付けが書かれていた。あるときから越戸20人とか書かれ始めて、ここで越戸さんと出会ったのかとか思った。その後、様々な予定が記録されるようになる。スカスカだったカレンダーがどんどん毎日埋まっていく。そういう変化が、残されたものに見える。その人らしさが出てくる』
山田悠 氏は、陸前高田市では皆が理由を深く考えて選んでいると気付いたそうだーーそして、その点を踏まえて『強い理由を考えてものを探してくれる。だからその結果ないという回答が出ることもある』と語った。最後に、越戸 氏、木津谷 氏の2名の感想が語られている。
越戸 氏『楽しくやっている。ものとの向き合い方、僕らがどう解釈するか、年々変わっている。そこを明確化すべきかなと思ったりもしたが、ぐるぐる考えることなのかなと今考えている』
木津谷 氏『繰り返すことで、パラパラ見ていったとき、陸前高田市の持っている重厚さとかが見えてくると面白いし、聞き取りしていると見えてきている気がする』
写真と文章で見る「残されたものたち」プロジェクト







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