SNSを捨てよ山猫堂で話し合おう|山猫堂3周年記念イベント「割れたまちに潜る~十五年で何が生まれ、何が生まれなかったか~」
『SNSの外で人と話すみたいなことってすごい大事だなって僕ら2人で話してるんです』
『何か議論したかったりとか、考えたかったみたいなこと。何かに向き合いたかったり、向き合いたくなかったりみたいなことーーそれを受け入れられ、受け止められる場でありたいなと思って。SNS じゃなくてリアルの場で、これからもよろしくお願いします』
岩手県陸前高田市の泊まれる古本屋山猫堂の3周年クロストークイベント「割れたまちに潜る」は、越戸 氏が語る想いから始まり、木津谷 氏が描く想いが伝えられ、幕を閉じた。
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東日本大震災から15年経つ陸前高田市について語る|山猫堂3周年記念イベント「割れたまちに潜る~十五年で何が生まれ、何が生まれなかったか~」
岩手県陸前高田市にある泊まれる古本屋山猫堂は、東日本大震災を契機に同市に移住した越戸 氏と同店のオープン前から立ち上げに関わっていた木津谷 氏の二人を中心に運営されている古本やレコード、古道具などを販売している店であり、プロジェクトである。
2023年の3月。東日本大震災の周年祈念日となる3月11日に間に合わせる形で、泊まれる古本屋山猫堂はオープンし、その後地域の内と外を混ぜ合わせる形で様々なイベントや取り組みを行い続けている。2026年3月8日に開催されたクロストークイベント「割れたまちに潜る」は、その3周年を踏まえて行われている。
イベント後に投稿された以下の言葉も素敵なので、ぜひ一読して欲しい。
泊まれる古本屋山猫堂が想う、東日本大震災から15年の間に起こった陸前高田市の課題や今後必要なこと
山猫堂3周年記念イベント「割れたまちに潜る~十五年で何が生まれ、何が生まれなかったか~」は、越戸 氏と木津谷 氏から見た東日本大震災から今に至るまでの陸前高田市について語られる形で進行した。
今って、SNSとかでも全部ストーリーとして流れてる。
物語として情報が流れてくるじゃないですか。
それこそ何が事実なのか、何が理論として正しいのか、色々な物語としてどんどんどんどん流れて、流れの方向に動いていく。
それを見た時に。陸前高田っていうのはすごい悲劇的な話があって、色々物語的に解釈されたりだとか、そういう風にしてるところがある。
だけど、15年の月日が経つ中で、色々なことについて、実際どうだったのかを、感傷的なこととか感情的なことだけじゃなくて、ちゃんと振り返ったり、残したりしておくってことをやっていかなきゃないんじゃないかなと思ったんですよ
イベントの冒頭で越戸 氏は、山猫堂3周年記念イベント「割れたまちに潜る~十五年で何が生まれ、何が生まれなかったか~」が企画された背景を語り、その後、木津谷 氏と併せて陸前高田市を訪れ、移住するに至った経緯を語った。
オフィシャルな答えの影にはそれまでの経緯とか、実は今も意見がそのままだったりとかそういうものってある。
そういうのを陸前高田市に来た人に見てもらうのは大事なんじゃないかな。難しいことを言いたいわけじゃなくて、厳しいことを言いたいわけじゃなくて、ある種そういう中に生きてる人だからこそ魅力的に感じるものもある。
複雑性を持ちつつも明るい姿っていうのがかっこよく見えたり、逆にちょっと切なく見えたり、けれど魅力的に映る。
そういう人が好き。そういう姿を来た人に見てもらうのが、アーティストの企画でやってることかなって認識してます。
その後、山猫堂が生み出された背景、そこでアーティスト・イン・レジデンスなどの企画を行っている意図、背景を説明する。オフィシャルな観光地だけではない、陸前高田市が今の陸前高田市として成り立っている礎として在る、そこで暮らしてきた人々が持つ姿の魅力を語る。
破壊されて特殊な状況になったから、そこにエネルギーが集まってある種魅力的に映った。それも多分事実だと後で思った。
2016年とかだと思うけど、これってなくなっていくのをなんとなく肌感覚で分かるようになった時期があった。
外から来る人のテンションというか、街の人の1回開いたものが戻ってく感じっていうか。
また、陸前高田市がかつて持っていた魅力として、東日本大震災による大規模な破壊を受けたことで生じた、再生に伴い集まった膨大なエネルギーに触れ、それが消えていく気配を感じたことについて触れる。同時に、社会のテンションの変化についても語った。以前ほど、考えなしに被災地に足を運ぶ人々の減少についてだ。木津谷 氏が、その考えに頷く。
私は当時の陸前高田市の様子と比較できないから分からないけど、すごくボランティアが来ているかと言われたらそれほど来ていない。
街を車で走っていても人が歩いてない。
能登半島地震の復興支援へと赴いた木津谷 氏は、当時の様子について語り、話に聞く東日本大震災のときに起こった被災地支援の熱気が感じられなかった点に触れる。もっともそれは、当時SNSなどによって叫ばれていたボランティアを制する声など、複合的な要因があったのではないかと考察を付しながらの発言である。越戸 氏が同意する。
『また来ます』みたいなことを言いづらい時代っていうか、本当に来れるかどうかわかんないみたいなこととか考えちゃう時代。
本当はボランティアや何かしらの支援活動などに参加したいと考えている人々は増えているはずなのに、SNSなどを媒介とした他者の視線や社会的な空気などが阻害し、二の足を踏む人々が増えているのでないか。越戸 氏は指摘する。本来、それほど深く考え込む必要はないはずなのに。能登で支援活動を行う人の様子を例にして、木津谷 氏は語った。
色々なことがあって外の力に頼る。
それはそうなるのかもしれないっていうのは分かる。
今の日本は基本的に東京に出てかなきゃ何かを作れない。自分では作れない。
一方で、地域側の人を育てるとか、地域側の人材みたいなところについて、未だに意識できてないような気がしている。
それで成り立つわけがない。
話題は、地域おこし協力隊や移住した方々に関する話を交え、地域を支えていく人、人材育成へと移る。
東日本大震災で被害を受けた地域は、特に移住のような文脈で言えば、他の地域よりも恐らく5年ぐらい課題を先取りしていると思う。
10 年かもしれない。
移り住んで来た人がいなくなってどうする?
地域の人との関係が上手くいく、上手くいかない。
コミュニティの問題。
そういった課題を先取りしている先進地域というか、先取りせざるを得なかったと思っている。
木津谷 氏が、陸前高田市及び東日本大震災で被災し、復旧・復興の過程で多くの移住者が訪れた地域が抱えている課題を俯瞰し、そうした課題が他に地域に比して先取りされた課題であるのでないかと話した。
時間がかかることに対して、10年とかかけて中の人と外の人で一緒にやっていく形を作るっていうのはやっていかなきゃならない。
その難しさや向き合えなくて失敗を重ねてきた歴史があるよねってことは、ちゃんと見なきゃいけないんじゃないかなと僕は思う。
地域の人と地域の外からやってきた人の間で生じきた課題を踏まえ、そうした課題や失敗があった中で、それを歴史として直視し、共に手に手を取り合ってやっていく形を作る必要性、それに対する想いを越戸 氏は語る。
同じ構造にあるのが世代交代。
世代交代は意識的にやっていかないとないんじゃないかなって思う。
加えて越戸 氏は、世代交代の重要性についても触れた。東日本大震災の発災から15年。その間に活躍し、今街の復興において中心的な役割を担っている人々が居る中で、その後に続く次の世代が現れないことに対して課題感を抱いていると話す。
何かを立ち上げようと思っても、もう既にあの人がやってるからとなってしまうし、その下についたとしても、その人は震災の過程があったから育っている。それを自分が追体験することはできない
木津谷 氏は、次世代の登場、後に続く人々を生み出す難しさを吐露する。越戸 氏はそれに頷き、新たなやり方、育て方を見つける重要性について語った。
そういう意味では、地域の人がとか、次の世代がとか、今いる人たちがどうするんだ、というのを、もっと言いたいことを含めて話し合っていく必要がある
だからこそ、これまでの15年にあったことについて、改めて話し合っていく必要性がある点に越戸 氏は触れた。その後、参加者による質疑応答が行われ、東日本大震災からの10年の話や地域おこし協力隊について、地元の人々の関わり方など、幅広いテーマが議論されている。
何か議論したかったりとか、考えたかったみたいなこと。何かに向き合いたかったり、向き合いたくなかったりみたいなことーーそれを受け入れられ、受け止められる場でありたいなと思って。SNS じゃなくてリアルの場で、これからもよろしくお願いします
そうして、冒頭に引用した木津谷 氏の締めの言葉で、山猫堂3周年記念イベント「割れたまちに潜る~十五年で何が生まれ、何が生まれなかったか~」は幕を閉じ、泊まれる古本屋山猫堂は4年目へと向かったのである。
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