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「謝りなさい!」は正解? 元教師の私が「強制」をやめて、子どもに問いかけ続ける理由。



子育てをするとき、そして学校現場で生徒たちと関わるとき、私がずっと悩み続けてきたことがあります。


それは、子どもに大切なことを身につけさせるために「ある程度は強制させた方が良いのか」、それとも「自分で気づくまで我慢強く待ち続けた方が良いのか」という問題です。


たとえば、挨拶(おはよう)や感謝(ありがとう)、そして謝罪(ごめんなさい)の言葉などがこれにあたります。

振り返ってみると、私自身は親からある程度「強制される形」で育てられた記憶があります。

そのおかげもあってか、今の自分には一通りの礼儀が身についていると思っています(あくまで自己評価ですが……笑)。

しかし、自分が教師として生徒を指導するときや、父親として我が子を育てるときには、それほど強制するスタイルはとっていません。

子どもが良くない行動をしてしまったとき、私の基本的なスタンスは「謝りなさい!」と頭ごなしに言うことではありません。そうではなく、

「なぜ、そういう行動になったのかな?」

「この問題を解決するには、どうしたら良いと思う?」

と、子どもたち自身に問いかけるようにしています。

もし、子どもが緊張や戸惑いで言葉が出てきにくい場合は、「先生(パパ)ならこうするけれど、あなたはどう思う?」と、選択肢を提示しながら一緒に考えるスタンスを大切にしています。


私がこの方法をとるのには、明確な理由があります。子どもたちに「当事者意識」を持ってもらいたいからです。


何か問題を起こしたとき、「先生や親に任せておけば、大人が全部なんとかしてくれる」と思ってしまうのは、ただの「依存」です。


もちろん全力でサポートはしますが、問題解決の主役は、あくまでも子ども自身です。トラブルに直面したときこそ、まずは「自分で考える力」を養う絶好のチャンスだと考えています。


ーーとはいえ、この2つのアプローチには、それぞれに難しさがあることも現場で痛感してきました。

「強制」は正論で押し切る形になるので、言っていることはまさしく正しいのです。

しかし、これをしてしまうと子どもたちが心のシャッターを下ろしてしまう可能性があります。

一度そうなると、大人の話が一切耳に入らない状態になってしまいます。私自身も経験がありますが、こうなってしまうと、もう自分一人では修復できず、他の先生のサポートが必要になってしまうこともありました。


一方の「待つ」というアプローチは、子どもの納得感が得られやすく、本質的に行動が変わる可能性がとても高いです。

こちらも私自身の経験ですが、じっくり対話を重ねることで、教師と生徒という関係を超えて、「一緒に問題を解決する同志(味方)」のような温かい雰囲気になれる瞬間があります。

しかし、その反面、「待つ」アプローチは声かけの仕方やタイミングが非常に難しいというデメリットもあります。なにより、対応にものすごく時間がかかってしまいます。


正論だけどシャッターを下ろされるリスクのある「強制」か、納得感はあるけれど時間と技術が必要な「待つ」か。時と場合によっては、ピシッと強制した方が良い瞬間もあるかもしれませんし、今でも毎日が試行錯誤です。


学校の先生方、そして子育て中のみなさん。

みなさんは、子どもたちに「強制」していますか? それとも「気づくまで待つ」派ですか?

ぜひ、みなさんの普段のスタンスや、ご自身が受けてきた教育について、コメント欄で教えていただけると嬉しいです♪

→最後までご覧いただきありがとうございました。
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