習い事より基礎。文科省はプログラミング教育の本質を理解してない。
タブレットとスクラッチでは、プログラミングの基礎は身につかない。文科省の施策と高額な習い事の幻想が、子どもたちに致命的な「二重負荷」を与えている。キーボード入力と反復こそが最強の基礎である理由を、教育の本質から説明します。

早速本題ですが、
プログラミングはキーボードで英数字を打つ事なのに、タブレットを配った政治家と役人、それに抗議の声を上げない親は、何も理解していない。

人は一つの事しか覚えられない。
日本人がプログラミングに不利なのは、英語に拒否反応を示す人が多いから。
拒否反応を示すのは、英語より先にローマ字を教えられた事が大きな要因。
ローマ字を先に覚えてから英語を学ぶ、name を「ナメ」と覚えた後に、「ネイム」と覚える、二重負荷。
「sausage」を「サウサゲ」と読んだ中学生は何も悪くない。ちゃんと読めている。ローマ字を教えずに最初から英語だけ教えていればソーセージと読めたはず。
音楽教育の、縦笛の指使いと、鍵盤ハーモニカの二重負荷。
鍵盤は、「ドレミファソラシド」で教えているのに、調は「ハニホヘトイロハ」で覚える、二重負荷。さらに英語読みで三重負荷。
これでは、脳が拒否反応を起こして当然。
プログラミングも、タブレット、 スクラッチ、英語構文、キーボード入力と、多重負荷を生む同じ構造。

文科省は、何度同じ間違いを繰り返せば気が済むのか!
全部、
基礎が身につかない。
認知負荷が高い。
子どもが苦しむ。
基礎を身に着けず、応用を教えるという同じ間違い。
日本のプログラミング教育は、音楽教育と同じ、誰も、譜面が読めない、書けない、弾けない、なのに合奏だけやらされる、同じ事に成るだけ。
制度の欠陥を文科省が認めるべき。
これは子どもが悪い訳ではないく、文科省の責任。(ワザとやっているのでは?)
私が疑問に思うは、なぜ「サウサゲ」と読んだ人が、「私は悪くない文科省が悪い」と大きな声をあげないのか?。それと、親に成った時に経験をいかして「絶対ローマ字より先に英語を教える」という事を実践しないのか?。
コンピュータープログラミングの基礎とは?。
まず、どこから始めるべきか?
「英単語をキーボードで打てるように成る事」。これは英語教育でもあり、プログラミングを教える以前の問題。
タブレットは基礎を奪う。
キーボード入力こそ基礎であり、脳の回路を作る。
リアルフォースなど本物の道具が必要。
キーボード入力を教えるのに「教科書改訂」「予算」は不要。論理の無い言い訳。今すぐできる。
タブレットは本来パソコンの操作が出来な人の為に生まれたもので、それを教育現場に入れるのはおかしい。
GIGAスクール、プログラミング必修化で、タブレットを配った文科省は狂っている。
日本語は手書き、英語はキーボードと、まず分けるべき。
学校教育に、ローマ字は必要ない。
>>「ローマ字学習に先立ち、小2の国語で「タイピング」体験を…中教審専門部会が導入案(読売新聞オンライン)」小学校における情報活用能力の育成について。例えば、国語科で、ひらがな、カタカナを学んだ後、2年生で文字を書くことの学習の一環として、ローマ字による文字入力を体験することとしてはどうか。
こんなニュースを見たが、本当に何も理解していない愚かな考え。多重負荷をさらに悪化させる最悪の改悪案。
8歳に、ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベット、ローマ字、タイピングを同時に要求する事は、正気ではない。
また、キーボード入力に対しての反対意見が、「8歳にタイピングは難しい」という意見だが、ただ「RED」と打つのが難しいのか?赤と書かせる方が難易度が高い。
それも、毎日一単語、完璧に覚える必要は無い。6歳から、三日で一単語、毎日30回打つだけでよい。
ブラインドタッチは難しいと考えるのは、出来ない人の幻想。実際は簡単。
英単語は手癖で覚えるのが効果的。綴りを覚えていなくても「手癖で打てる」という事がある。
「文科省流」700語と「手癖流」700語、その質は、物凄い差になる。
ローマ字入力など日本語が出来れば、30歳からでもすぐに出来るように成る。
英語は手書きできなくても良い、日本人にはそのぐらいの割り切りが必要。
文科省と親は、なんでも縦割りで考えているが、「キーボード入力、英語教育、プログラミング教育」は、セットだ。
よく見るのが、子どもの習い事は、英語、プログラミング、AI、どれが良いのか?、などは、親が何も理解していない証拠。
「英語で、AIの、プログラムを作る」
月謝を別々の所に払っている事自体が間違い。
それも内容が、
英語教室(月謝1万円)
会話、紙のテキスト、キーボードは1ミリも触らない。
プログラミング教室(月謝1万円)
画面上のブロックを動かすだけのスクラッチを遊ぶ。ローマ字入力を教え込まれ、脳に致命的な二重負荷を植え付ける。
AI教室(月謝1万円)
生成AIでお絵描き、作文。「AIに絵を描いてと指示を出してみよう」など、日本語で文字を入れる授業。
何も本物のプログラミングに繋がらない、家で出来る程度の事しかやっていない。
学力低下は、文科省の責任逃れ。
本来、この30年、学校で毎日、100マス計算一回、キーボードで英単語50回打つ、好きな漫画を読ませ、宿題を辞めて学校でやらせおけば、計算、読解、語彙など、教師の力量、家庭教育の差は、全く関係がなかった。
それだけの事を、文科省は指導せず、家でやっているゲームのせいにして「学力が落ちた」と騒ぐのは、組織として責任転嫁。
何かをやるためには、何かを削るしかないのに、文科省は、その度に増やしてきた。 プログラミングを教えるなら、音楽の時間はやめる。キーボード入力で英語を教えるなら、漢字ドリル、手書きを半分にするなどが必要だろう。増やすだけ増やして、何も身についていない。
小学生に、縦笛、鍵盤、合唱、水泳、算数、習字、ローマ字、英語、漢字、ひらがな、カタカナ、図工、写生、体操、縄跳び、プログラミング、タイピング、これだけの事を同時に要求すれば、何も身に付かなくて当たり前。大人に置き換えると狂気が理解できるはず。
それも偏差値教育は、全員同じ結果を求める。そんな事は不可能ぐらいの事が親は理解できないようで、
学校教育だけでも、ほぼ虐待なのに、さらに毎日習い事を入れる親は常軌を逸している。こんな事は誰でも無理だ。
本来、算数、縄跳びが苦手なだけ、合唱など逃亡して当たり前、色んな人がいるの範疇なのに、算数障害、ADHD、発達障害、名前を付けて、カテゴライズし、どうかしている。
「名前が無ければそんな人は存在しない」。言葉がなければ、いろんな人がいるの範疇で個体差の違いとして処理され、社会の中に消える。
探求学習など、そもそも、役人、教員が探求などしたこと無いだろう。基礎を無視し、名前だけの、ゆとり教育、アクティブラーニング、プログラミング必修化など掲げては失敗し、その責任をすべて「家庭の教育力」に押し付けてきた文科省の罪は、極めて重い。
親は、資質、適性の問題を無視している。プログラミングに限らずどんな事も「9割の人は資質が無い」。
グーグルが日本政府に求めたのは、プログラミング教育で「才能を発見する事」であり、全員が出来るように成る事ではない。
>>読売新聞オンライン 動画配信サービス「バンダイチャンネル」にサイバー攻撃を仕掛けたとして、高校1年の男子生徒(15)が偽計業務妨害容疑で逮捕された事件。同庁幹部によると、男子生徒は独学でプログラミングを学び、同チャンネルを運営する「バンダイナムコフィルムワークス」のサーバーの 脆弱ぜいじゃく 性を発見して、事件を起こしたとされる。
グーグルが求めているのは、プログラミングの才能を評価する物差しを学校教育に作り、こんな才能がある子どもを掬い上げる事。
プログラミングの才能を爆発させているのに受験に評価する物差しがなく、親に、勉強しろ、意味が無いと言われ、ハッカーになる。それを評価して東大に入れていれば犯罪者として処理されずに済み、日本のIT業界も発展したかもしれないのに。
それに、国立大学の受験に関係がないと、音楽の授業と同じで、プログラミングを必修化しても誰も本気でやらない。
制作する物の程度にもよるが、プログラミングは本能であり、親が月謝を払っても、プログラミングの素養は訓練では付かない。
最初から9割の人は、月謝をドブに捨てる事に成る。ピアノと同じ。
80年代は習い事ではなく、MSX、PC-88、ファミリーベーシック、多くの子どもは自主的にプログラミングを試みたが、ほとんどの人が理解できなかった。

親も少しプログラミングをやってみればいい。そうすれば、これは自分が子供の時からやっても出来ていないと理解できるはず。
プログラミングの難しさは、過去に例が無い物作る必要がある所。本当の意味での教育など出来ない。
親ができる事は、「基礎と環境」だけ。後はほっておけば、才能ある人が勝手にやる。止めてもやる。9割の凡人は教えても出来ない。
よくある話が、「プログラミングを習うと他の勉強にどんな効果があるのか?」だが、その考え方が図々しい。純粋にプログラミングができるようになるだけ。
ハーバード大学ローランド・フライヤー教授が、数万人規模の子どもを対象に「お金で釣ると成績は上がるか?」という実験で、
1、「テストで良い点を取ったらお金をあげる」としたグループは、成績はほとんど上がらなかった。
2、「宿題を提出したらお金をあげる」としたグループ は、 成績が劇的に上がった。
すでに結果が出ているのだから、「2しか」選択肢はない。
言葉がけ、シールなどで動くほど、子どもはチョロくない。
基礎が一番大事なので、宿題やれば100円、100マス計算一回やれば100円、英単語をキーボードで50回打てば100円、中学生に成れば洗濯で100円渡し、「なんでも自由に」使わせる。
習い事を辞めて、親は、透明の貯金箱に100円を入れるだけで良い。
そもそも、自主的に勉強をする子など例外中の例外。それをどうやって無理やりやらせ、基礎を身に着けさせるのか?という話。教育は強制ではなく、報酬で基礎行動を増やす以外の方法は存在しない。
小学生6年間で、
足し算、7万回
九九、7万回
二桁の足し算、7万回
タイピングで700単語、10万回
この回数が凡人には必要。
途方もない努力なのだが、一日10分で終わるので、本質が分からない親は、中学受験に関係無いと切って捨て、それを努力と認めない。
月謝が掛からない事以外は、遊びで、学習ではない。間違った考えが、子どもから、本当の学習と遊びを奪っている。
習い事、つまり月謝を払う事と、ピアノを弾く事は別の行為で、
ビジネス側は、習い事で、
集中力がつく。
自信を持てるようになる。
最後までやり遂げる力を育む。
人前で表現する経験を積む。
学校以外にも安心して過ごせる居場所がある。
好きなことを楽しめる人生の土台をつくる。
と言うが、ラジコンでも、
コースのオーナーに挨拶する。
常連とおじさんと交流する。
親と協力して車を直す。
レースで集中力を養い、競争心とルール学ぶ。
など、麻雀でも、釣りでも、カブトムシでも、同じ結果が得られる。
「主語が習い事」である必要性が全くない。
基礎を身に着けるのに、パソコン、習い事など必要ない。
文科省の指導と、プログラミング教室に通わせても、9割が、英語、キーボード入力すらできない大人に成る。
親は、プログラミング教室に月謝を払う前に、「そこにあるスマホ」で、100マス計算と、キーボードで英単語が打てる基礎を、高校生になるまでに身に着けさせるべき。(掛け算、二桁にするなど少しづつ難易度を上げて行く)
これは9割の凡人でも絶対に無駄に成らないし、資質に関係なく多くの人が身に着ける事ができる。
プログラミングはそれからでよいでしょう。
お金を掛けずに、才能も凡人もベストな結果が出せる。これが本質。
以上、よろしければ、スキと、SNSで広めてもらえたら嬉しいです。
簡素な説明で失礼いたしました。お付き合いありがとうございました。
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