子どものゲーム時間制限。成績が伸びるのは「親と一緒に遊ぶ家庭」。
「子どもがゲームばかりして勉強しない…」と悩んでいませんか?しかし、ゲーム時間を30分に制限しても成績は上がらない。ファミコン世代から立証されている歴史、脳科学、ハーバード大学の大規模実験を紐解きながら、行動に対する報酬と親子のコミュニケーションこそが唯一の最適解であることを解説します。

早速本題ですが
子供のゲーム時間を制限しても効果がない。
それは、ファミコン世代、80年代から既に立証されていて、買ってもらえなかった人、一日30分と抑圧されていた人の方が、大人になってからこじらせている。

70~80年代、散々「テレビを見るな」と怒っていた、お母ちゃん達は現在どうなったか?。1日中テレビをつけている。が、誰もテレビ依存などと言っていない。
過去から学ぶべき。
この45年間、以下の3パターンで、
1、ゲームは一切禁止だった。
2、ゲームを買って貰えたが、親は関わらなかった。
3、親と一緒にゲームを遊んでいた。
どれが一番、子どもの成績が良かったか?
既に、3の成績が一番良かったという結果が出ているのだから、「3しか」選択肢はない。
これは、親が絵本を読むのと同じ効果。
なのに、いまだにゲーム制限しようとする親が後を絶たない。
だいたい、セーブポイントが無い、イベントが終わっていないなど、30分で辞められる訳が無いのに、親がゲームを知らない事が問題。
「親と子との間にある物」は何でも良い。ゲームだけに限らず、ラジコン、釣り、料理、漫画、野球、麻雀など、子供に合わせて一緒に遊ぶ事が重要。
自由時間の構造が問題。
自由は大前提であり、自由時間をご褒美にしてはいけない。
ご飯、お風呂、宿題、100マス計算一枚、キーボードで英単語を50回打つ、中学生になれば、洗濯、卵焼きなど、やる事やれば、「何をしていても自由」。朝6時から7時までは「自由」みたいに、自由時間は好きにな事をすれば良い、という方法しかない。
ゲームを30分に制限しても、野球を3時間見ていたら意味が無いので、今度は野球を30分に、今度はYouTubeを30分に、漫画を30分に、ゴロゴロ時間を30分にと、再現なく制限する事に成る。
心理学で、制限のスパイラルと言うらしいが、親子関係を悪化させ、子どもの自己管理能力を奪う最悪の方針。
子どもがルールを守らないと言っても、元々、特攻は志願であり強制ではないみたいな、子どもに拒否する権利の無い親が押し付けたルールなので、守れるわけが無い。
小説は子どもを現実逃避させるだけ。
野球は子どもをダメにする。
漫画は悪書。
テレビを見ているとバカに成る。
ゲームは勉強しなくなる。
現在は、YouTube、ショート動画になっただけで、過去何度も同じ事の繰り返し。
制限や管理は、親の支配欲。
報酬は「努力の結果」にし、成績とは切り離す。
ハーバード大学ローランド・フライヤー教授が、数万人規模の子どもを対象に「お金で釣ると成績は上がるか?」という実験で、
1、「テストで良い点を取ったらお金をあげる」としたグループは、成績はほとんど上がらなかった。
2、「宿題を提出したらお金をあげる」としたグループ は、 成績が劇的に上がった。
すでに結果が出ているのだから、「2しか」選択肢はない。
言葉掛け、シールなどで動くほど、子どもはチョロくない。基礎が一番大事なので、宿題やれば100円、100マス計算一回やれば100円、英単語をキーボードで50回打てば100円、中学生に成れば洗濯で100円渡し、「なんでも自由に」使わせる。
(パソコン、月謝など必要ない。親のスマホで100マス計算と英単語を打てばよいだけ)
100円では何もできないので貯める。つまり一か月貯めれば、ゲームソフト一本、7か月貯めればswitch2本体が買える。
小学6年間で、
足し算、7万回
九九、7万回
二桁の足し算、7万回
タイピングで700単語、10万回
物凄い努力で、公文式より多いのだが、五分で終わるので、本質が分からない親は、中学受験に役に立たないと切って捨て、それを努力と認めない。
そもそも、自主的に勉強をする子など例外中の例外。それをどうやって無理やりやらせ、基礎を身に着けさせるのか?という話。教育は強制ではなく、報酬で基礎行動を増やす以外の方法は存在しない。
教育論の自主性に任せて「勉強しないと困るのは自分だと分からせる」というのは大間違い。子どもは、本当に放置されると、ウメハラみたいに漢字も書けない、九九も怪しい大人に成る。
習い事を二つ辞めて、親は、透明の貯金箱に100円を入れるだけで良い。
仕事は、お金の為に勉強して、稼ぐの繰り返しなのに、
「無条件のお小遣いは、良い」
「努力に対する報酬は、ダメ」
と言うのは、矛盾している。親がドクターに成れと言っているのはお金ためだ。矛盾があると人は動かない。
どう考えても、クリスマス、誕生日プレゼントより、半年間キーボードで英単語を打たせて、switch2を買う親の方が厳しい。
子どもの社会性を考えると、任天堂を買わないという選択肢はない。なら、「どう買うか?」だけの問題。
学力低下は、文科省の責任逃れ。
ゲームやスマホは、子どもが勉強しない事と全く関係が無い。1920年頃、生まれた人は、ゲーム、テレビが無かったのに、勉強していない人が大多数だった。
本来、この30年、学校で毎日、100マス計算とキーボードで英単語を打たせ、好きな漫画を読ませて、宿題を辞めて学校でやらせれば良かっただけの事を、文科省は指導せず、「家でやっているゲームのせいにして」学力が落ちたと騒ぐのは、組織として責任転嫁。
プログラミングはキーボードで英数字を打つ事なのに、タブレットを配った政治家と役人、それに抗議の声を上げない親は、何も理解していない。
基礎を無視し、名前だけの、ゆとり教育、アクティブラーニング、プログラミング必修化など掲げては失敗し、その責任をすべて「家庭の教育力」に押し付けてきた文科省の罪は、極めて重い。

教育に正解は無いと言うのは、責任逃れ。やってはいけない方法もあり、最適解は決まっていて、実は、親が取れる教育方針の選択肢はほとんどない。
まず、毎日子どもを「抱きしめて、頬擦りして、可愛い可愛いして、人は存在だけで良い」と教える。これを実践していない親は、方法論以前の問題。
あとは、「やることをやれば自由」「行動への報酬」「親も一緒に遊ぶ」が、子どもの脳にとって最適解。
脳科学として考えるべき問題を、教育論にすり替えてしまっている。
子どもが、「ときど」でも、「ウメハラ」でも、ベストな結果が出せる。これが本質。
子どもを育てると言うのは、親の不遜。
子どもの立場で考えたら親には最適解を採って欲しい。被害を受けるのは親ではなく、子どもだけ。
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簡素な説明で失礼いたしました。お付き合いありがとうございました。
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