見出し画像

ピアノ 練習しても弾けない子がいる理由。才能ではなく身体の限界


「ピアノが弾けないのは才能のせい?」 実はミリ単位の神経処理速度といった残酷な「身体的限界」がすべての境界線。ビジネス側が隠してきた、練習しても95%の人が挫折する楽器演奏のリアルな真実と、指導業界の不都合なカラクリを徹底解説します。



2000ビューに到達しました。ありがとう。


早速本題ですが、

良くある話が、子供のピアノが上達しない。バイエルが終わらない。早く弾けるように成らないなどですが、

ピアノが弾けないと言う「曖昧な表現」が間違い。楽器が弾けないという状況を具体的に説明する必要がある。


楽器が弾けないと言うのは、「16分音符がフレーズ」に聞こえるように成らないという事です。

つまり、なぜ「トリル」や「16文音符がフレーズにならないのか?」と、具体的な話をする必要があります。


オレンジ部分は、子供の時から訓練しても弾ける人は数パーセント

ヤマハ音楽教室は、何パーセントぐらいの人が、16文音符を引けるのか?過去数十年のデータを持っているはずで、誰でも上達する訳ではない事を知っているはずだが、商売の為に、黙っている。

私の体感、16分音符が、

「音楽として成立する人は」全体の5%程度
「なんとかフレーズに聞こえる人は」 10%
「どうやっても音楽的に成立しない人は」 90%

そんなに外れていないはず。

バブル時代以降、毎年数十万人がピアノの練習させられ、90年頃、村の女の子はほとんどピアノをやらされていたが、現在、近所に弾ける人いませんよ?事実です。

指導法の問題なら、ヤマハの指導法が悪かったという事に成るが?。

なぜ、団塊ジュニアは大人になり、具体的に「16分音符が身体的に処理できない」と、ピアノが弾けない理由を説明していないのか?

BPMという正確なテンポの基準が有るのだから、私は「BPM90 8文音符まで」が限界、「BPM110 8分音符まで」なら弾ける、みたいな、具体的な話し方をする必要がある。

これは努力ではなく、神経系の処理速度や、筋肉の「体質差」 。

「遅筋体質」のマラソン選手は、野球など「速筋系」の競技では、絶対活躍できないのと同じで、「先天的に手が早く動かない人」は16文音符が弾けるようには成りません。


BPM120 の 16分音符 1つの長さは 0.125秒(=1/8秒)


なぜ、ピアノ教師は、こいう具体的な話をしないのか?

「0.125秒」の速度をズレずに弾けるなど、こんな事ほとんどの人には無理だと、理解できるはず。

しかも、連続して維持する必要があり、それが0,06秒わずかにズレる演奏をするだけで、根源的に不愉快な気分になる。

16分音符の、長さの比率。

0,125秒の0,02秒は、約16%
0,125秒の0,03秒は、約24%

16分音符の 1/5〜1/6 以上ズレると、別の位置に聞こえる。

トリルは、隣り合う2音を高速で交互に鳴らす技法だが、どれくらいの速さで交互に鳴らすと「トリルとして成立するのか?」

これは、テンポや曲の種類に関係なく、人間が「連続した装飾音として認識できる最小時間間隔」で決まる。

一般的にトリルとして成立する速さ、1音あたり 0.04〜0.06秒。つまり 1秒間に16〜25回の打鍵。2音で1往復なので、8〜12往復/秒。

これより遅いと、「ド・レ・ド・レ…」と「ただの交互打鍵」に聞こえる。

さらに、「音の間隔が一定である事が重要」。間隔が 0.07秒→0.09秒→0.06秒 のようにバラつくと、脳はそれを「転んでいる、不器用な音」として処理する。

つまり、音楽の気持ちよさは「ミリ秒単位」の神経処理能力で決まる。

ピアノ講師は、感情的に、集中してなど抽象的な話をするが、要求しているのは、0,04秒ズレているから、0,02秒合わせてという事。

一般人は1万時間練習しても、1秒ぐらい、普通にズレる。当たり前です。それで。

(この項はAIの力を借りています)


よくアスリートが訓練している、光るボタンを押す機械

例えば、一般人が30回押せる。上位層は60回押せる、トップアスリートは80回押せるとして、

人は体質差で、1~3倍ぐらいの速度差が、普通にある。

「30回の人に、60回の人と同じ事をやれと言っても無理だ」、 という当たり前の話をしているだけ。


学校の成績や、楽器の演奏は「体質的なもの」で、子供の時から練習しても上手くなる訳ではない。


そもそも、

「100メートル走の選手」と「42キロ走の選手」は、違う人でしょう?

つまり、楽器の演奏は音楽的な才能以前に、「弾ける人」と「弾けない人」は違う人なのです。

「才能」=「体質」であり、体質は練習しても変わらない。

「私には才能がある」などと言えないから、謙虚に「特別な才能など無い」と言ってしまう。だから、才能と言わずに「体質」と言う必要がある。

弾けた人は、体質が向いていて修練を積んだ結果であり、楽器は「弾ける体質の人にしか出来ない」事なんです。

体質の違いなので、

弾ける体質の人は「40歳から初めても弾けるようになる」
弾けない体質の人は「3歳から初めても弾けない」

小さい時から訓練しないと出来ないと言っているのは、長い期間月謝を取るためです。


「ジブリやポップスの曲を、初見である程度スラスラ弾けるようになってほしい」という、親の高すぎる期待値。


親はよく、こんな事を言うが、

>>音大に進ませる、ピアニストになってほしいとは思っていない。音楽の知識の幅が広がって、人生が豊かになる教養が育まれ、初めて見る楽譜でもそれなりに弾け、ピアノをソコソコ楽しめる程度良い。

音楽を何も知らない親御さんとっては、寛容で謙虚な要求をしているつもりかもしれないが、極めて高度で「一握りの適性者しか到達できない」その恐ろしい難易度に全く気づいていない。

参考動画、こんな難易度を初見でスラスラ?


90%の人は、5000回練習し手癖にしても弾けないのに、それを「初めて見る楽譜」をその場で音楽として成立させるには、脳の視覚、認知、運動野の連携スピードが常人の域を超えていなければ不可能。

「本がスラスラ読めるようになるのと同じ感覚で、楽譜もスラスラ弾けるようになるはずだ」というのは、親の無知による錯覚。

ピアノと文字を読むのは全然違う。

文字を読む場合は、文字を認識し、意味に変換する。単一的で、読むスピードや抑揚が多少狂っても、意味の理解に支障はない。

ピアノを初見で弾く場合は、楽譜の音が無数に表示されている情報を認識し、脳内で瞬時に音楽的、空間的な位置情報に変換し、それを左右の手の異なる指へミリ秒単位の正確さで、運動指令としてリアルタイムに出力し続け、さらに、その結果を耳で聴いてフィードバックし続けるという、超高速のマルチタスク処理が必要。

文字を読むのは「脳内で完結する情報処理」だが、ピアノ演奏は「脳内の超高速処理と肉体運動」

親が求めているのは、音楽を楽しめるようになる事だが、そんなハイスペックな体質は、ほとんど人が持ち合わせていない。


16分音符は同じ音を鳴らしていても、一般人はフレーズに聞こえず、全然面白くない。


サティのジムノペディぐらいで、8分音符までなら、訓練すれば多くの人がソコソコ弾けるようになるが、

参考動画


誰も弾ける遅い曲ではなく、好きな曲が、弾きたい。それは大抵、16文音符が入っていて、弾けない!。

ゴルフでも、ゴロしか打てない人は面白いとは思えない。何でもある一定のレベルに達しないと楽しくない。

ピアノも、ある程度上手くないと、楽しくない。楽しくないと弾く意味が無い。続かない。

ビジネス側はよく「楽しく弾きましょう」と言うが、「許容範囲に収まらない音」は、根源的に不愉快。

そこに「情操教育」や「精神論」をいくら説いても、脳が感じる「不快感」は消せない。

神経処理能力の高い人は、出したいフレーズと実際の音が許容範囲内のため、快感を得られ、それが次弾くためのエネルギーになる。

 他人の演奏が下手でもそう不愉快ではないが、自分が発した音の場合、脳の予測とズレているので、思い通りに行かない事が、神経を逆なでし、練習すればするほど、不快感でピアノにエネルギーが吸い取られる。


譜面を読むには、視野の広さ、動体視力、反射神経、記憶力など、高い処理能力、身体能力が必要。


紙の譜面は動かないから遅く見えるが、最近の鍵盤にノーツが流れてくるデジタル楽譜の音数と速度を見て欲しい。

こんな物を、0.03秒以内のズレで押せるなど、相当な身体能力と処理速度が必要だと理解できるでしょう?

参考動画、MerryChristmasMrLewrence簡単な部類の曲だが、それでも一般的な反射神経では相当難しい。


リアルピアノも、音ゲーと同じです。

この部分みたいに、左手の連打や、右手の音が重なっている所がフレーズに成らない

凡人には「手癖記憶依存型」の演奏が一番最善の方法で、

1、譜面を見てからでは手を動かすでは、反応が遅すぎてあまりにも音楽として成立しない。譜読み演奏は凡人には物理的に不可能。

2、音を覚える。無理。

手癖記憶依存型の演奏が凡人の最善の選択肢なのに、ピアノ講師は。譜面を見て弾きましょうなどと言っている。

MerryChristmasMrLewrence程度の難易度の曲ですら、

5分の曲を、毎日5時間、一か月ぐらい掛けて鍵盤の押す場所を覚えて、それを3000回ぐらい通して繰り返し練習し(部分的には数万回)、これを繰り返してレパートリーを10曲以上増やしても、16文音符はフレーズに聞こえない。

鍵盤を押す場所を覚えるだけで、応用は効かず、覚えた曲以外は、一切何もできないし、三ヶ月弾かないだけで、全てを忘れる。

これで、ピアノが弾けるようになったと言えるのか?

一曲を維持するだけでこれだけの労力が必要。飽きるので、こんな事は絶対続かないし、

これだけやっても「音楽として成立しない」という現実がある。

私が「体質」と断言する理由です。

反応速度が速く、学習、上達が異常に早い人しか、楽器の演奏は続かない。


ピアノ簡単アレンジの問題点。音は減っても難易度は変わっていない!


よく売っている、「簡単アレンジ」などの譜面でも、縦の音の数(和音)が減らしてあるだけで、16文音符は変わらず、メロディーの音の間隔は変わらないから、フレーズに聞こえる演奏が出来ない。


オレンジの部分の難易度下がっていない。

つまり、弾けない人の、「弾けない理由は何も解決していない」。

楽器が弾けないとは具体的に説明すると、「音符と音符の間隔の短さ」、短いと手を動かすスピードが要求される。

また、簡単アレンジ版は、「音楽としての楽しさが無くなっていて」、弾けても楽しくないから、意味が無いし、音楽的に楽しくないから続かない。

参考動画、音楽的な面白さが無くなっている。

音楽はメロディーだけが面白い訳ではない!。

良くあるのが、「簡単な曲から始めましょう」という話。

音楽的に興味が無ければ、簡単でも弾く意味が無いし、

段階的に練習しても、16文音符がフレーズに聞こえるように成る事はなく、簡単な曲を100曲やっても、本当に弾きたい曲には届かない。

私が問題にしているのは、速さではない。自分で弾いた音が、「音楽として成立するかどうか?」の問題。

音楽的な素養も訓練では付かない。現に、団塊ジュニア世代は、テレビゲームの曲はインストしかなかったし、良い音楽教育を受けたはずなのに、音楽的な趣味は変わらず、坂本龍一やドビュッシーではなく、小室哲哉や、チャゲアスなど、歌物ばかり聞いていたでしょう。

聞きたいと思わない曲を、弾きたいと思う訳が無い!

ピアノで、リズム感も養われない。先天的な体質であり、リズム感が悪かった坂本龍一が証明している。

なぜ、団塊ジュニア達は、自分たちの経験を生かし、出来なかった理由を説明しないのか?。


ピアノの教則本は、「親にレッスンしているように見せる」為の物。


そんな事をする前に、トルコマーチの冒頭4小節を、3万回ぐらい練習させればよい。

この部分だけ3万回やらせてみればよい。(勿論、選曲は何でも良いし、一か月でやる必要は無く半年かけても良い)

ピアノが弾ける資質があるかどうかすぐに分かる。(親も自分でやってみるべき)

ピアノ教師は、練習が足りないと言いながら、実際はやらせていない。

簡単な、反復練習を徹底的にやると、すぐに資質が無い事がバレるから。

生徒が好きな曲を弾きたいと言えば、「まだ早い」などと言って、止める。弾けないと「資質の問題」が露呈するし、教則本を飛ばして好きな曲が弾けたら「教則本の価値」が崩壊するので、牛歩レッスン。

客観的な基準、

BPM × 音価(8分・16分)
秒間、交互連打数の限界

これらで測れば、体質(才能)が一瞬で分かるのに。

5%の資質を、後からついた物として扱うのも間違い。(生存者バイアスと言うらしい)

よくある話が、「ピアノを習うと他の勉強にどんな効果があるのか?」だが、その考え方が図々しい。純粋にピアノ演奏にしか効果は無い。

ビジネス側は、ピアノを習うと、集中力、継続力、自己表現力、理解力、自信などが、身に付くと言うが、ビアノが主語である必要性が全くない。ラジコンでも、麻雀でも、釣りでも同じ事が得られる。

それは、元々ピアノ向きな体質の人だっただけで、現に、ピアノしか集中出来ない人が大勢いる。数学には集中出来ない。車を作るなど立体的な設計の仕事が出来ないなど、集中力は万能ではないし、集中したからと言って、人は何でもできる訳ではない。

大体、ピアノを学ばせる動機が不純。「純粋に好きな曲が弾きたいだけ」。

ピアノを「成らう」と「弾く」は、全く別の行為。

ピアノで、集中力が身に付くと言うなら、習わなくても、つまり「月謝を払わなくても」、独学で弾いても、集中力は身に付くはずだ。

東大生の多くがピアノを習っていたと言うが、それならその人はピアノを習っていなければ東大に受からなかったのか?

ビジネス側は、「適正がある人が勝手に集中して弾いている事を」横取りして、「私たちが教えたから集中力がついた」と、改変しているに過ぎない。

若い頃の坂本龍一のろくでなし振りをみれば、ピアノは人としての成長に全然関係ない事もよく分かる。

ピアノはただの娯楽であり、教育投資とは切り離して考えるべき。


楽器メーカーは、3歳から修練を積めば誰でもピアノが弾けるという、「幻想」を売ってきた。


必ずこんな反論が飛んでくる。

ピアノ教師たちは口を揃えて、才能の問題ではなく、「学習方法の問題」「訓練時間が少ない」

これは、平均的な生徒を想定した反論であって、限界まで追いつめて練習した人を想定していない。

私は、「練習量、指導法は良い事が前提で」話をしている。

練習量は十分。指導法も良い。本人のモチベーションも高い。曲の理解もある。そのうえで「16分音符がフレーズとして成立しない」という状態を語っている。

どんな事が起きるかと言うと、絶対音感が有り、譜面が読めても、手が早く動かないので楽器は弾けない、声帯が音痴で歌が下手など、音感と身体的な処理能力は全く別物。

スポーツでは、「短距離向き」「持久力タイプ」「球技は苦手」など、普通に話す。

それが、音楽や数学になると突然タブーになる。

「反射神経が足りない」「処理速度が遅い」「16分音符は体質的に難しい」当たり前の事実を誰も言わない。

スポーツで、反射神経、反応速度、運動神経などの言葉が使われるように、楽器の演奏にも反射神経と言うのは言葉を使うべきであり、

ピアノ教師は、入門者、上達しない人には最初にハッキリと「反射神経の悪い人はどんなに正しい練習をしても弾けるようには成らない」「諦めて自分に向いた娯楽を探しましょう」と言うべきで、もっと根本的な問題に触れる必要がある。

そうしないと、いつまでたっても「練習の仕方が悪い」、正しくしく練習しても出来ない時は、「本人の問題だ」など、出来ない人を、責める続ける事に成る。

ピアノだけではない。数学、学歴、すべて「努力すれば誰でも出来る」という幻想が前提になっている。だから、できない人は「怠け者」扱いされる。その先にあるのは、ノイローゼだけ。

「誰でも」出来る訳が無い!。


子供に無理やりピアノを弾かせても意味が無い。どうなるかと言うと、ソコソコ弾けるようになった人でも、大人になれば「ピアノは弾けるが、弾きたいと思わないから弾かない」という状況に成るだけ。

ピアノが弾けるように成れば、誰でもピアノを弾くと考えるのは間違い。

だいたい、親が、ピアノ、音楽に興味が無い。ピアノはただのファッションと虚栄心。グレングールドすら知らない。大谷翔平を知らない親が子供に無理やり野球をやらせているようなもの。

この事が分からないクレイジーな母親のせいで、どれだけの子供がノイローゼに成り、人生を棒に振ってきた事か。

「練習すれば誰でも出来る」という、間違った親の考えで、学歴や、ピアノなど、どうしても弾けなくてはいけない物ではない事で、盆、正月に実家に帰りたくないなど、親子関係を破綻させるべきではない。

本来、「体質以上の事は出来ない」「農高も東大も同じ」と教えるのが親の仕事。

メーカーの商売の都合で、親子関係を潰すのはくだらない!。

教育論ではなく、向き不向きを認め、できない人を責めるな、という話です。

以上、よろしければ、スキと、SNSで広めてもらえたら嬉しいです。

簡素な説明で失礼いたしました。お付き合いありがとうございました。



私のおすすめ記事も、合わせてご覧いただけると嬉しいです。


注意!。アマゾン、YouTube、noteのコメント欄になどに同じ内容の投稿があるかもしれないが、私が書いたものなので断じてコピペではない。一切苦情は受け付けません。

いいなと思ったら応援しよう!