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【ギリシア哲学】『ソクラテス周辺人物アルキビアデス③』

名前だけが残った人

〖はじめに〗

法廷には、生きている人間だけが立っていたわけではなかったのかもしれません。

そこにいたのはソクラテスです。
訴追人も、生きた市民たちです。
けれど、その場には、もういないはずの名前まで入ってきていたように見えます。

アルキビアデス。
そしてクリティアス。

ソクラテス裁判で表向きに問われたのは、不敬と、若者を悪くしたという罪でした。
ただここでいう「若者を悪くした」とは、何か悪事を教えたというより、年長者や政治の常識を疑わせ、都市の秩序になじまない若者を生み出した、という非難に近いものです。

だからこの裁判は、ただ哲学の話では終わりません。
その哲学の近くに、どんな若者がいたか。
その若者たちが都市に何を残したか。
その記憶ごと、法廷へ流れ込んでいたはずです。

アルキビアデスという人を見ていて、最後にいちばん重いのはここです。

本人はもういない。
けれど、その名は去らなかった。

① 「若者への悪影響」は、生活の怒りでもあった

「若者を悪くした」という罪は、抽象論だけではありません。

後代の伝承では、訴追人アニュトスは、ソクラテスを強く憎んだ理由の一つとして、自分の息子がソクラテスに近づき、父の望む道から外れていったことを気にしていたとも語られます。

家の仕事を継がない。
父の言うことをそのまま聞かない。
年長者の権威を疑う。
そういう変化が、もし実際に身近で起きていたなら、「若者への悪影響」という言葉は急に生活の怒りになります。

しかも市民の記憶の中には、さらに重い名が残っていた。

クリティアス。
三十人政権の中心に立ち、多くの市民を殺し、追放し、都市を恐怖で支配した男です。

こういう名が、ソクラテスの近くにいた若者として思い出される。
それだけで法廷の空気は濁ります。

裁かれていたのは、ソクラテスの言葉だけではなかった。
その近くから何が出てきたか。
誰が育ったか。
その記憶まで含めて、ソクラテスは見られていたはずです。

② あれほど大きかった人は、静かには終わらない

アルキビアデスの最期は、激しい形で伝わっています。

亡命先の住まいに火をかけられる。
炎の中から本人が飛び出す。
そして、その場で射られて死ぬ。

家は燃える。
人が飛び出す。
矢が飛ぶ。

まるで最後の最後まで、静かに過去になることを許されなかったような死に方です。

多くの人は、死ねば過去になります。
けれどアルキビアデスは違った。

この人は、生きているあいだに大きくなりすぎた。
人を惹きつけ、期待を集め、都市に未来を乗せられ、そのぶんだけ失望も大きく残した。

愛された人ほど、忘れられ方も静かではありません。

第一編で見たように、この人は若いころから、人の視線そのものを集めていた。
第二編で見たように、ソクラテスに深く揺さぶられても、なお別の方へ流れていった。

その大きさと届かなさが、死後にはそのまま名の重さへ変わっていきます。

③ 本人より先に、名前のほうが歩いていた

生きている人には、まだ言い分があります。
違う、そうではない、と言える。

けれど死んだ人には、それができません。

死者は、自分の名の使われ方を止められない。

アルキビアデスは、生前からすでに都市の話題そのものになっていた人でした。
喜劇の中で名をいじられる。
名前を出すだけで、客席が反応する。
笑いが起きる。
ざわつく。

それは、ただ有名だったというだけではありません。
本人より先に、名前のほうが都市の中を歩いていたということです。

だから死後に残るのも、まずは本人そのものではなく、強い印象です。

あの危険な人。
あの都市をかき乱した人。
あの大きすぎた人。

本人がいなくなれば、名前はもっと扱いやすくなる。
恐れや怒りや不信を乗せる器として、名だけが残る。

アルキビアデスの名も、そうして働きつづけたのでしょう。

④ そして裁判は、きれいな哲学の場では終わらなかった

ソクラテス裁判を、ただ「立派な哲学者が誤解されて殺された話」として読むと、少し足りません。

この裁判では、ソクラテス自身の態度もまた、陪審員の感情を逆なでしたはずです。

有罪が決まったあとも、ソクラテスは取り乱さない。
むしろ自分の生き方を引き下げない。
票差についても、もっと大きく負けるかと思ったがそうでもなかった、というような調子で語る。

死を前にしてもへりくだらない。
謝って助かろうとしない。
その態度は哲学としては美しく見えます。
けれど法廷の空気の中では、挑発にも見えたはずです。

しかもその背後には、すでに都市の傷がある。
クリティアスの記憶がある。
アルキビアデスの名がある。

そうなるとこの裁判は、冷静な理屈の勝負では済みません。

思想への反感だけでなく、
怒り、恐れ、政変の記憶、
そして「この人の近くにいた若者たち」への不信まで、
全部が一緒に流れ込んでいたのでしょう。

〖おわりに〗

第一編で見たのは、みんなが未来を乗せた人でした。

第二編で見たのは、深く触れられてもなお別の方へ流れていった人でした。

そして第三編で見えてくるのは、その人が死んだあとには、自分自身ではなく名前だけが残って働くということです。

アルキビアデスは、生きているあいだだけ
都市を揺らした人ではありませんでした。

去ったあともなお、別の人の運命へ影を
落とした。
それが、この人の最後の大きさです。

彼は去った。
けれど、その名は去らなかった。

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