【プラトン全集第1巻『ソクラテスの弁明』】リュコン
〖はじめに〗
ソクラテスを訴えた人物として、
まず名前が残るのはメレトスです。
若者を堕落させた。
神々を信じていない。
新しい神的なものを持ち込んだ。
その告発の前面に立った人物でした。
そして、
その背後の重みとして、
アニュトスの名が語られます
政治家や職人たちの怒りを背負う人物でした。
では、
リュコンは何者だったのか。
詳しい伝記は、
あまり残っていません。
どこで生まれ、
どんな演説をし、
どのような人生を送ったのか。
はっきりした姿は見えにくい。
けれど、
ソクラテス裁判の告発者として、
彼の名はメレトス、アニュトスと並んで残っています。
伝承では、
メレトスが詩人たちを、
アニュトスが政治家や職人たちを、
リュコンが弁論家たちを代表していたと語られます。
リュコンは、
言葉で生きる人々の側から現れた人物でした。
人を説得し、
裁判で勝ち、
民会で声を通す人々。
その怒りを背負って、
彼は裁判の場に立ったのです。

① アテナイは、言葉で動く町だった
アテナイの民主政では、
言葉が力を持っていました。
民会では市民が集まり、
町の進む道を決めます。
戦争か、講和か。
誰を将軍に選ぶか。
どの政策を採るか。
その場で語られる言葉が、
町の空気を動かしました。
裁判でも同じです。
訴える者が語る。
訴えられた者が語る。
裁判員たちは、
その言葉を聞いて判断する。
言葉は、
飾りではありませんでした。
政治を動かし、
裁判を動かし、
人の名誉や命まで左右する。
だから、
うまく話せる者は強かった。
怒りを呼び、
同情を誘い、
主張を正しいもののように響かせる。
言葉を扱う技術は、
この町で生きるための武器でした。
リュコンは、
その武器を持つ人々の側にいた人物として語られます。

② 弁論家にとって、ソクラテスは厄介だった
弁論家にとって、
言葉は武器でした。
うまく話すこと。
人を説得すること。
大勢の前で主張を通すこと。
それは、
名誉にもなり、
影響力にもなりました。
けれど、
ソクラテスは問いを向けます。
うまく話すことと、
真実を語ることは同じなのか。
人を説得することと、
人を正しく導くことは同じなのか。
勝つ言葉は、
本当に正しい言葉なのか。
たとえば、
民会で演説を終えた男がいる。
人々はうなずいた。
反対していた者まで黙り込んだ。
男の言葉は、
たしかに人々を動かした。
その帰り道、
広場の隅でソクラテスに声をかけられる。
「あなたは今、
正義のために話したのですか。
それとも、
勝つために話したのですか」
男は、
すぐには答えられない。
説得できたことと、
真実を語ったことは同じではない。
ソクラテスは、
その隙間に問いを差し込む人でした。
弁論家の言葉を、
外から壊すのではありません。
その内側へ入り込む。
正義とは何か。
善とは何か。
徳とは何か。
人を導くとは何か。
立派に聞こえていた言葉が、
問い返されるたびに薄くなる。
大勢を動かした言葉の中身が、
空っぽに見えてしまう。
それは、
自分の武器を人前で分解されることでした。

③ リュコンの名が残る意味
リュコンについて、
分かっていることは多くありません。
裁判で何を語ったのか、
詳しい言葉も残っていません。
それでも、
彼の名はソクラテス裁判の中に残りました。
プラトン『ソクラテスの弁明』では、
訴えた者たちの一人として、
メレトス、アニュトスとともに名前が挙がります。
メレトスは、
若い告発者でした。
アニュトスは、
政治的な重みを持つ人物でした。
そしてリュコンは、
弁論家や演説家たちの側を代表する人物として語られます。
詩人たちは、
自分たちの知恵を問われた。
政治家たちは、
自分たちの判断を問われた。
弁論家たちは、
自分たちの言葉を問われた。
リュコンの名は、
この三つ目の怒りの場所に残っています。
もう一つ、
小さな場面があります。
クセノフォンの『饗宴』には、
アウトリュコスという青年が登場します。
美しい青年として、
その場の視線を集めている。
そこには、
ソクラテスもいました。
このアウトリュコスを、
リュコンの息子と見る説があります。
確かなことは多くありません。
それでも、
二つの位置は並びます。
息子は、
ソクラテスのいる宴席にいた。
父は後に、
そのソクラテスを告発する側に立った。
若者のそばにいるソクラテス。
そのソクラテスを、
父の世代が裁判へ送る。
リュコンの名は、
その距離の中にも置かれています。

④ 問いを裁いた町
ソクラテスもまた、
言葉の人でした。
剣を持って町に現れたわけではありません。
広場で語り、
若者に問い、
相手の答えを聞き、
さらに尋ねた。
彼の哲学も、
言葉によって行われました。
けれど、
ソクラテスの言葉は、
弁論家の言葉とは違っていました。
弁論家の言葉は、
人を動かす。
ソクラテスの言葉は、
人を立ち止まらせる。
弁論家の言葉は、
結論へ押し出す。
ソクラテスの言葉は、
その結論で本当によいのかと問い返す。
町は、
決断を求めます。
民会では、
票を入れなければならない。
裁判では、
有罪か無罪かを決めなければならない。
戦争か講和か。
処罰か赦しか。
信じるか、退けるか。
アテナイ民主政は、
言葉によって動く町でした。
そこに、
ソクラテスがいた。
そして裁判の日、
アテナイは判断しました。
五百一人の裁判員が集まり、
ソクラテスの言葉を聞いた。
そのあと、
票が投じられた。
問いは、
答えられたのではありません。
数えられた。
言葉で動く町は、
言葉の中身を問う人間を、
言葉によって死刑にしたのです。
【人物紹介データ】
名前 リュコン
生没 前5世紀末〜前4世紀初めごろの人物
出身 アテナイ周辺
立場 ソクラテス裁判の告発者の一人
弁論家・弁論家層を代表する人物とさ
れる
関係する人物 メレトス、アニュトス
主な役割:
ソクラテスを告発した三人のうちの一人。
メレトスが正式な告発者、アニュトスが政治家や職人層の重みを背負う人物だとすれば、リュコンは弁論家たちの側を代表する人物として語られる。
人物像:
詳しい伝記はほとんど残っていない。
ただし、ソクラテス裁判では「弁論家たちの怒り」を背負った人物として位置づけられることが多い。
言葉を使って人を動かす側の人間として、言葉を問い返すソクラテスと対立する存在と見ることができる。
思想・特徴:
哲学者というより、弁論や公的発言の世界に属する人物。
ソクラテスの問答は、話し上手に見える人の無知や弱さをあらわにするため、弁論家層にとっては不快なものだった可能性がある。

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