70代母が一人でドイツにやって来た/Part3 バイエルンの生活、そして別れ
今年の5月、日本から母がドイツへやって来ました。その1カ月の滞在をコンパクトに忘備録としてまとめました。
今回は母が滞在中に体験したバイエルンでの生活と、別れの時について綴っています。
この記事の前の内容はこちら
↓ ↓
バイエルンの日常
母の滞在中も、夫は仕事、息子は平日は幼稚園があったため、遠出することはあまりできませんでした。
平日は1歳9カ月の娘と母と過ごす時間がほとんどで、母には「孫と祖母」の時間を大切にしてもらいました。

天気の良い日は毎日、家の近くの湖に散歩へ行きました。ドイツで初めてばぁばに会った娘も、数日ですっかり打ち解けました。約2年、失われた時間を取り戻すかのごとく、ばぁばにべったりの娘でした。


散歩の途中では、羊や野生の鹿にも遭遇。母も娘と同じくらい興奮した様子で、スマホを構えていました。

ここでは、春になると鹿が頻繁に姿を見せます。日本でも田舎の方に住んでいる母ですが、鹿は珍しかったようです。
母は日本でいつも忙しい日々を送っているので「ドイツではゆっくりし過ぎて困っちゃう…」と愚痴をこぼしていました。しかし、孫の相手が思いのほか忙しく、休む間も無かったようです。

子供たちは毎朝いつもより早起きして「ばぁば遊ぼう!」と母のいる部屋を訪問していました。
一緒にご飯を食べ、絵本を読んでもらい、一緒に料理をし、一緒に遊び…
何でもない毎日でしたが、子供たちにとっても母にとってもかけがえのない時間になったのではないかと思います。

幼稚園見学
そして、ちょうど母の滞在中に4歳の息子が通う幼稚園で「幼稚園参観」がありました。「希望の日時に息子のクラスを訪問し、見学できる」というものでした。

母と私はクラスの子供たち用に折り紙で手裏剣とコマを作り、「日本文化の紹介」も兼ねてプレゼントしました。
参観日のあった週、幼稚園の朝の会でのトークテーマが偶然にも「世界の国々」についてでした。
そしてこの日の朝の会では…
「今日はお客さんが来ているけど、誰かわかるかな?」と、先生からの質問。
「〇〇のママとおばあちゃん!」と、子供たち。
「〇〇のおばあちゃんはどこから来たかわかるかな?」と、先生。
「Japanヤーパン!!(日本)」と、子供たち。
息子のクラスは3歳から6歳までが入り混じった20名ほどのクラスになります。皆、私が日本人であることは知っていたようです。
そしてその後、世界地図で日本の位置を紹介したり、プレゼントを渡したりと、子供たちとも交流をさせてもらいました。
母はもちろんドイツ語は全く分からないのですが、子供たちの心をつかんだようで、母の所には子供たちがこぞって話しかけに来ていました。
それは、幼稚園の先生から「お母さんは保育士さんだったの?」と聞かれるほどでした。先生から「折り紙を教えてほしい」と言われ、母と二人で急遽折り紙講習会をするなど、私達にとっても楽しい時間となりました。
ドイツの幼稚園を見学する体験は、普通の観光ではなかなかできないので、母に貴重な体験をさせてあげられて良かったです。
自然を満喫
―湿原でハイキング―
普段平日は幼稚園に行っている息子ですが、「ばぁばともっと遊びたい」という要望があり、何日かは幼稚園をお休みして母と出かけることにしました。
この日は家から車で10分もかからない場所にある湿原へ行きました。湿原のある自然公園は片道1.5kmほどで、子供たちとハイキングをするにはもってこいの場所です。

公園内にはここに生息する動物や野鳥に関するクイズのパネルが所々あり、子供が楽しめる工夫も見られます。大人でも知らない事があるので、一緒に勉強できます。


約1.5kmの道の先には湿原が広がっています。サギやその他野鳥も多く生息し、バードウォッチングに訪れる人も多い場所となっています。

思いがけず、水芭蕉を見ることもできました。ドイツでも自生しているとは知らず、嬉しいサプライズでした。

水芭蕉の近くに休憩できる場所があったので、そこでお昼を食べてこの日は帰路につきました。
―渓谷でハイキング―
5月最後の週末、母の滞在も残り1週間となったこの日、家から20kmほど離れた渓谷へハイキングに行きました。この渓谷は地元の人達にはとても有名で、特に夏は水遊びができる子供には打ってつけのスポットとなっています。私達も頻繁に訪れる場所です。
日本でもよく軽い山登りには行っている母。しかし念のためトレッキングポールを携帯し、出かけました。
まずは水の流れによってできた滝壺がお出迎えしてくれます。西沢渓谷を思わせる、圧巻の滝壺です。

そして魔の階段が待ち受けています。道が狭いので、上る人と下る人で譲り合いながら進みます。「Hallo-!」と声を掛け合うのもドイツでのハイキングの楽しみの一つです。


休憩を挟みながらの階段を何とか登りきると、絶景が待っていました。


この渓谷では、夏にはキャニオニングも行われており、以前訪れた際、キャニオニングの参加者に遭遇することもありました。
ハイキングコースのゴールには、ダムがあります。このダムはもう使われていませんが、山を下りた川の下流には水力発電があり、この町の電力源となっています。

ダムを反対側から見るとこんな感じです。渓流がダムでせき止められる形になっています。この渓流は水かさが少なく見通しも良いため、子供たちには最高の遊び場となります。また、近くにはヤギも飼われており、これもまた子供たちには嬉しいポイントです。




お昼はお弁当でピクニック。お腹もいっぱいになり少し休憩をした所で、帰路につきました。

この日は母もだいぶ疲れが溜まったようで、娘と一緒にお昼寝をしていました。
母をドイツに招いたきっかけ
今年76歳になる母は60歳になる手前で介護の資格を取り、去年の秋まで仕事を続けていました。
やっと自由な時間が取れるようになったので私は去年、「ドイツに1カ月くらい来てみない?」と母に手紙を出しました。
それが今回母がドイツに来ることになったきっかけでした。
母がドイツに来る10カ月前、航空券を購入してからというもの、私は今か今かと待ちわびていました。
一方で母が本当に一人で来られるだろうか…やはり無理があるのではないか…
ドイツに到着するまでは不安でいっぱいでした。
しかしそんな心配は杞憂に過ぎず、無事に到着。そして1カ月の滞在も刹那に過ぎ去りました。
今回私が一番望んでいたのは「母と子供たちの交流」でした。
日本にいれば、もっと気軽に会えるのに…と、何度思った事でしょう。
母がもっと若ければ、気軽に「遊びに来て!」とも言えるのでしょう。今回、母はきっとだいぶ無理をしていたと思います。それでも頑張って来てくれて、孫との時間を大切にしてくれた。
私はそれだけで満足でした。
正直な所、母の滞在中、その放任ぶりにイライラが爆発したこともありました。「ばぁばは孫を甘やかすもの」というのは覚悟していましたが、4歳児と1歳児にそれをやるとどうなるか…ご想像できる方は少なくないと思います。
また、ドイツ語も英語も喋れない、スマホもうまく操作できない母を連れているという事は、子供がもう一人増えたのと同じ感覚でした。
「一人で近所を散歩したい」と言い出した時には、周辺の地図をプリントアウトして渡したりしました。万が一に備えて、家の住所や電話番号も添えました。
母の方は「大丈夫何とかなる」と全く気にしていませんでしたが、私は気が気ではありませんでした。
そんなストレスも、今振り返ると楽しい思い出に変わってしまうのは不思議なものです。
別れの時
そして別れの日。お見送りは子供たちも揃って車で空港まで向かいました。
子供たちは「ばぁばともっと一緒にいたい!!」と名残惜しくしていました。一方母の方は「また日本でね~」と、案外ケロッとしており、拍子抜けしてしまいました。
搭乗エリアに向かう前、ミュンヘン空港の展望デッキで飛行機見学をしました。
そして母(ばぁば)との時間も残りわずかとなりました。
ミュンヘン空港でもANAの搭乗サポートサービスをお願いしていたので、担当の方に引き継いでお別れです。
別れの際、母から「今までよく頑張ったね」と言葉をもらいました。
母は典型的な昭和の厳しい母で、子供を褒める事は全くしない人でした。
母に褒められた記憶は、ドイツの結婚式の時以来です。
「近くにいると伝えられない言葉」
「遠くにいるからこそ伝えないといけない言葉」
日本とドイツの距離が、私達母娘の素直になれない部分を変えてくれたのでしょう。
最後はお互い涙を我慢できず、私も母へ感謝を伝えてお別れとなりました。
今回の旅で親孝行できていたら良いのですが、どうだったのでしょうか…。

来年は私達が日本に行く番です。また成長した子供たちの姿を見せられるのが楽しみです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
母子関係についての記事はこちら。
ドイツ生活や子育てについてまとめたマガジンはこちら
↓ ↓
【自己紹介】
