必然的な「かな」 ~京極派スペース抄~
「心のままに詞の匂ひゆく」ように歌を詠む――鎌倉・南北朝時代の和歌文脈において異色であったこの歌論を、京極派という和歌グループは選択しました。
そんな京極派について、X(旧Twitter)にて毎週お話しています。
この記事は、そんな京極派スペースの音声を読み物として整えた京極派スペーステキスト版の一部を抜粋したものです。
2026年2月7日放送スペース「立春直後の京極派和歌(玉葉集)」、2月15日テキスト化した「立春――心が春を見る」より。
立春直後を詠んだ『玉葉集』の京極派和歌をご紹介しながら、少々脱線した部分を、今回テキスト版から抜粋しご紹介します。
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必然的な「かな」 ~京極派スペース抄~
双貫句法というんですが、下の句の「昨日の日影けふの春雨」というこのリズムがいいですし、
そこに至るまでの上3句「のどかにもやがてなり行くけしきかな」。
私、普段「『かな』は嫌い」と言っているんですけど、この「かな」はぴったりですね。
こういう必然性のある「かな」をみんな使ってほしい。
「カナカナカナカナ、音数合わせるために安易に使わないで」みたいな気持ちになることがありますけど、
こういう必然性のある、「ここは『かな』しかないね」というような「かな」をこそ使ってほしいです。
ここがもしも「のどかにもやがてなり行くけしきなり」とかだったら台無しじゃないですか。
このうらうらとゆったりした情景、また下の句で素晴らしいリズムを作るこの歌の真ん中、そこに至る直前が「けしきなり」だったら、「おい! 」という感じじゃないですか。
ここはやっぱり「けしきかな」です。
逆に、こういう素晴らしい「かな」の例を見ているからこそ、
音数合わせの「かな」とか自制心の足らない「かな」とかが腹立たしく見えてしまう部分があるかもしれません。
「京極派スペース抄」は以上です。ありがとうございました。
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京極派スペース抄
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