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複雑さを受け入れるということ ~京極派スペース抄~

「心のままにことばの匂ひゆく」ように歌を詠む――鎌倉・南北朝時代の和歌文脈において異色であったこの歌論を、京極派という和歌グループは選択しました。
その京極派について、X(旧Twitter)にて毎週お話しています。

この記事は、そんな京極派スペースの音声を読み物として整えた京極派スペーステキスト版の一部を抜粋したものです。



2026年3月11日放送スペース「九条左大臣女の「心のままに」」
4月18日テキスト化した「5年間の花、九条左大臣女」より。

京極派歌人・九条左大臣女が、その死後、二条派系勅撰集で貶められなかった理由について語った箇所を、テキスト版から抜粋しご紹介します。


全文を読みたい方はこちら(テキスト版)
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複雑さを受け入れるということ ~京極派スペース抄~

京極派というものが始まるまでは、もちろんこの世に京極派はありませんから、みんな二条派的な和歌を詠んでいました。
その頃は、為兼だってそうだし、九条左大臣女だってそうだし、(京極)為子だってそう。
のちのち京極派になる人たちもみんなみんな二条派的な和歌を詠んでいたんですよ。
我々と違って、彼等には王道の和歌の教養があるので。

しかも、九条左大臣女はお祖父ちゃんの為家に育てられているじゃないですか。
御子左家の為家から「和歌っていうのはこうやって詠みなさい」というのをみっちり教育されているわけです。

加えて摂関家のお嬢様ということで育ちがいいので、その育ちの良さも歌柄に反映されるところがある。

そんないろいろな要素がもともとあったところに、でも彼女は為兼の歌論に共鳴してそちらに行くんです。


二条家の人たちがその後いくつも勅撰和歌集を編むんですけど、 京極派歌人の入集って分かりやすく、すごく少ないんです。

京極派の歌人たちの残した歌のなかで、二条派の美学で許容できるものが少なかった、という理由もあると思う。
同時にそれだけじゃなくて、「あいつらムカつく」的な、感情的な理由もあったかもしれない。

しかし九条左大臣女の歌は、二条派の勅撰集にそこそこ入っていたりする。
そちらでそんなに貶められていない感じがあります。


為兼や為子と比べて九条左大臣女は摂関家だから、軽視できない身分だから、同じ京極派の中でも彼女だけ二条家に贔屓されたんだ、という面もあったでしょう。
「摂関家のお嬢さんを、いくら京極派だからといって貶めるわけにはいかない」という部分もあったと思うんだけど、

それだけでなくて、
九条左大臣女の歌の中に、二条家の人たちから見ても否定できない骨格のしっかりしたところとか、歌柄の大きさとか、何かしら魅力として取れる部分があったからだ、
という部分もあるんじゃないかと思われます。

その両方を見たいですね。
出自が原因で貶められなかったという部分と、歌そのものが京極派の中でも特異で二条派から見て否定できなかったという部分の、両方を。


人が何かをおこなったり、何か事象が起きたりする理由って、一つじゃないですからね。

「何がこうなったからこうなんだ」と単純にストーリー理解するのはとても楽なことです。
まして、ホモ・サピエンスはそういう理解の仕方・情報処理をすることで、思考コスト・認知コストを下げて生存している部分が大きいので、すごく自然ではありますけど、
それはホモ・サピエンスの自然であって、ホモ・サピエンスの都合。世界の真理とは関係ない。

実際の出来事には複雑な因果があるので、
こういう面もあるし、こういう面もあるし、というところには可能な限り目を配るようにしたいです。
簡単なストーリー理解をして語ると、理解はしやすい代わりに、真実や真理からは遠ざかってしまうので。

九条左大臣女にはそのどちらの要素もあったと思います。
家格的に、立場的に貶めるわけにはいかないという部分もあったし、
そういうのを度外視しても、二条家から見て無視できない魅力というものが彼女の歌にあったという面もあっただろう。
どちらもあっただろうと思います。面白いですね。


「京極派スペース抄」は以上です。ありがとうございました。


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京極派スペース抄


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この記事を書いた人

photo by ミカアンドロイド

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