その前提がウザい ~京極派スペース抄~
「心のままに詞の匂ひゆく」ように歌を詠む――鎌倉・南北朝時代の和歌文脈において異色であったこの歌論を、京極派という和歌グループは選択しました。
その京極派について、X(旧Twitter)にて毎週お話しています。
この記事は、そんな京極派スペースの音声を読み物として整えた京極派スペーステキスト版の一部を抜粋したものです。
2026年2月27日放送スペース「梅を詠んだ京極派和歌」、3月26日テキスト化した「香りを伝える言語芸術」より。
和歌・短歌において「逆接」を成功させることはなぜ難しいのか。
詠作、また指導しながら考えていることを語った部分を、今回テキスト版から抜粋しご紹介します。
全文を読みたい方はこちら(テキスト版)
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その前提がウザい ~京極派スペース抄~
和歌・短歌指導をする時、
「逆接はとても難しいので、よっぽど自分の力がついたと思うまではやらないほうがいいですよ」
とよく言っていますが、みんなやたら逆接をやりますね。
好きなんですね。
「○○だけど××」とか、「○○なのに××」とか、言いたがるんです。
逆接はうるさいんですよ、前提が。
「その前提、お前の勝手やねん」
「なんでそれが前提になると思ってんだよ。その前提押し付けてくんな」
みたいな気持ちに読者はなるので、逆接を成功させるのはとても難しいです。
よっぽど自分の歌は良くなったぞ、力がついたぞ、と思うまでは……。
そもそも「逆接には傲慢な自意識が隠れている」という前提で、あまり使わないようにしたほうが安全だ、
と私は自分が歌を詠む立場から思っていますけど、まあ届かないね。
自己主張したいからね。和歌の人はともかく、短歌の人はほとんどが自己主張したくてやっていますから。
その自己主張の気持ちが脇に置けた時に、一段二段と歌は上手くなるんですけど。
そんなおばあちゃんの言うような言葉は届かないですね。これが老婆心というやつでしょう。
届かないですね、本当。
10年経って20年経って、「あの時梶間さんあんなこと言っていたな」なんて思い出してくれたら御の字、ぐらいに思っていますけど。
「京極派スペース抄」は以上です。ありがとうございました。
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京極派スペース抄
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