ひとりでは行けない場所に ~隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ~
梶間和歌「そういえば、東京に出て最初の6年ぐらい、洗濯物すべて手洗いしていたわ」
梶間のなかの光厳院「ファッ!!???? 」

令和5年の隠岐後鳥羽院和歌大賞で古事記編纂1300年記念大賞という栄えある賞を頂き、皆様のご支援で参加の叶った表彰式ツアー、またその前後のことを振り返り、総括の記事を書きました。
日本で唯一の和歌の大会への応募経緯や大賞受賞までのプロセス、きゅうまんえん弱かかる表彰式ツアーに申し込むまでの葛藤などはこちらの連載をご覧くださいね。
隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ
1記事目:友の優しさを携えて
2記事目:おもしろすぎるガイド様 in 隠岐の島町
3記事目:眠りに就くまでがツアーです
4記事目:wktkウマPタイム in 西ノ島町
5記事目:この時代に、なぜ和歌なのか
6記事目:何度でも、月を分け行く舟のあと
7記事目:縁を結び直す島根旅、松江編
8記事目:縁を結び直す島根旅、浜田編
9記事目:縁を結び直す島根旅、益田編
10記事目:黒歴史生産装置が、和歌で輝くまで
ひとりでは行けない場所に ~隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ~
願いは、贅沢ではないのかもしれない
こちら、昨年の和歌大賞表彰式ツアーののち、東京に帰る前日のXへのポストです。
いろいろな方に支えられ、また人知を超えた何かの意志に導かれて、経済的にとても参加は叶わないと思っていた表彰式ツアーとその後の旅を終えようとしていることを、しみじみ振り返って書きました。
ほんのたわごととして読み流してください。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 4, 2024
隠岐後鳥羽院和歌大賞の表彰式ツアーに申し込み、それがきっかけでコテンラジオサポーターのツアーにも申し込み、両方のツアーに参加し、またスペイン在住の従弟とも再会して。
改めて思いました。
皆様に応援されながら和歌に邁進し、慎ましく生きる……だけが私の人生ではないのかもしれないな、と。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 4, 2024
生きるうえで見聞きし経験するすべてが私の和歌活動であり、和歌作品に反映されるのだから、
小金井の家に引きこもってひたすら和歌を詠むのも、世界中を飛び回り現代の和歌を詠むのも、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 4, 2024
同じように価値のあること、和歌というものに貢献することなのだな、
と、以前より腑に落ちている気がします。
無駄遣いをする必要も必然性もないけれど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 4, 2024
何が無駄か意味のあることか、は自明でなくて。
経験のすべてを和歌作品や勉強に反映させることができるならば、
私が「これがしたい」「ここに行きたい」と言い、読者様のご寄付でそれを叶える、
というのはまったくおかしなことではないのだな、と。
平成時代を生きてきた私には、いますぐ、何のメンタルブロックもなくできることではないけれど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 4, 2024
同世代やちょっと年上、またうんとご年配の皆さんと比べたら、その生き方に堂々と片足突っ込んでいる身なのだ、とも自覚する。
これまで以上にアンテナを張り、自分の殻を破り、望みを口にしてゆこう、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 4, 2024
と思いました。
明日夕方の便で東京に戻ります。
今後とも応援よろしくお願いいたします。
もちろん、金銭的な応援とそれ以外とで、優越感も引け目も感じないでくださいね。
等しく有難いことですから。
noteできちんと記事化していない話もあるので、簡単に紹介しますね。
ほんのたわごととして読み流してください。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 4, 2024
隠岐後鳥羽院和歌大賞の表彰式ツアーに申し込み、それがきっかけでコテンラジオサポーターのツアーにも申し込み、両方のツアーに参加し、またスペイン在住の従弟とも再会して。
改めて思いました。
この年の隠岐後鳥羽院和歌大賞の表彰式ツアーの参加費がきゅうまんえん弱であることを知り(今年はもっとお高くなりました! 物価高!!! )、
短歌のほうの先輩に「受賞式は名刺を配る機会だし、大賞なら取材される可能性もある。行ったほうが」と言われたものの、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 18, 2024
梶間にそんな交通費と宿泊費のあるわけがない……😢 https://t.co/XZdjzyydEF
こんなことを言っていた人が、三鷹古典サロン裕泉堂吉田裕子さんをはじめ大勢の方に金銭的にご支援いただき、表彰式ツアーに参加することを決めました。
ツアーに申し込み、飛行機も取り、実際にツアー代金を振り込む時のドキドキといったら……。

その後、あと2つほどきっかけがあった。
応援しているポッドキャスト番組「コテンラジオ」さんのCOTEN CRUE(サポーター)限定歴史ツアーがあるという案内が。4万円ぐらいだったかな。
和歌大賞の表彰式ツアーに申し込んだことで、「心が動いたら行くべし。それは必ず、何かにつながる」と、クルー限定ツアーに参加する勇気を出すことができました。
そしてこのツアーに、表彰式ツアーの2週間前に参加してきました。そちらで出来た仲間とは現在も深い交流を続けています。
また、そのツアーの帰りに京都に寄り、尊敬する光厳院の開かれた常照皇寺に一日使ってお参りに行くことができました。ああ、これもちゃんと記事にしたい……。
もうひとつは、スペイン在住の従弟との再会。
ルーツがスペインにありあちらに住んでいる……15歳ぐらい年下になるのかな、かなり年下の従弟から数年ぶりに連絡があり、大人になった彼と昨年夏、渋谷でお茶してきたのでした。
ひと言では語れない波瀾万丈な半生を笑顔で乗り切ってきた彼は、たぶん学歴は小学校卒とかになると思うのですが、子ども時代に暮らしていたスペインに移住し、仕事を見つけ、元気に暮らしているのです。
私もいろいろやらかして経験してきたほうですが、この従弟の、何があっても前向きに向き合い立派に切り抜けてゆく生き方には大いに共鳴するところがあり、また励まされたのでした。
このふたつの経験と、表彰式ツアーに実際に行ってきた経験と。
そもそもここまで計算抜きで和歌にフルベットしてきた人生が、なぜか成り立つどころか、豊かにご機嫌に紡がれているということと。
そのあたりを改めて振り返り、東京に帰る前の日にこんなことを思ったのですよね。
皆様に応援されながら和歌に邁進し、慎ましく生きる……だけが私の人生ではないのかもしれないな、と。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 4, 2024
生きるうえで見聞きし経験するすべてが私の和歌活動であり、和歌作品に反映されるのだから、
小金井の家に引きこもってひたすら和歌を詠むのも、世界中を飛び回り現代の和歌を詠むのも、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 4, 2024
同じように価値のあること、和歌というものに貢献することなのだな、
と、以前より腑に落ちている気がします。
無駄遣いをする必要も必然性もないけれど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 4, 2024
何が無駄か意味のあることか、は自明でなくて。
経験のすべてを和歌作品や勉強に反映させることができるならば、
私が「これがしたい」「ここに行きたい」と言い、読者様のご寄付でそれを叶える、
というのはまったくおかしなことではないのだな、と。

ぴえんぴえん女子、光厳院に出逢って
昔の話をしますね。
20代前半のころの私は、いまと同じように経済的に余裕がなく、しかしいまと違って被害者意識の強いメンヘラでした。
メンヘラにはやはりメンヘラにふさわしい出会いがいろいろあるもので、そのためまたいっそう世界に対して不信感を増していって。
「あなたがそういう態度で世界に臨んでいるからこそ、まともな人は煙たがって遠ざかり、あなたを利用しようとするウラのある人が近づいてくるのだよ」
といまの私なら言ってあげられるのだが、まあ、20代のぴえんぴえん女子にそんな理屈は届かないよね。
「やっぱり世界は私を搾取しようとする! 油断してはいけない! 」みたいなマインドでデフレスパイラルを生きていました。ほほほ……。
何か大きなお仕事があったり、応援したいという人が表れたりしたとします。
この場合、2パターンなんですよ。
ひとつは、純粋な応援や仕事依頼である場合。
またひとつは、若くて世間知らずな女の子を利用してやろうという奴である場合。
後者の経験があったり、被害には遭わずともそのような気配を察して交わすのに苦労した経験が複数あったりすると、
「応援される、通常より大きな仕事をもらう=私が嫌なおもいをする、搾取される」
のような前提が強化されてしまうのだよなあ。
なので私、長いこと、応援されることが苦手でした。
もう、ビジネスにしてくれ。一回こっきり。
こちらはサービス提供します、あなたは既定のお金を払います、それで終了にさせてくれ。ファンになんかならなくていい。
ファンとか応援とかきれいな言葉を使って、どうせあなたも私から商品以上の何かをあわよくば奪ってやろうと狙っているんでしょう?
そんな感じでしたよ。
いや、たしかに世の中にはそういう人が一定数いるし、無邪気で丸腰で生きていれば怖い目に遭わないかというと決してそうではないのだが、
それにしても、そういう前提を強固に持っている人のことは、善意の人だって応援したくならないわけです。隠そうとしてもそういう前提って滲み出るからね……。
善意を喜んで受け取ってくれる人のほうに、善意の人は行くわ。そりゃそうだわ。逆恨みも怖いし、めんどくさいし。
「ほら、やっぱり世界はえこひいきして、私はかわいそうな目に遭ってばかり」
ほかならぬお前のその態度が、前提が、善意の人を遠ざけているのだよ……。なかなか笑えない自作自演コントです。
それでも本当に善意の人やお客様には、少数でしたが、有難いことに恵まれていまして、何事にも例外はあるものだなあと思うわけですが、
それでもその絶対数が増えたのは、やはり私の生きる前提が変わってからです。

和歌と出会った。新古今の道に入った。
大きなことだったけれど、それでもその時はまだそれだけだった。
京極派と出会った。京極派の勉強を始めた。
それでもその時はまだその本当の偉大さに気づいていなかった。
私の根本が変化したのはそのもう数年あとのこと。
「心のありようがそのまま歌に出てしまう」
「精神が鍛えられていなければ、ろくな歌が詠めない」
二条派と異なりそのような稀有で壮絶な歌論を選択した京極派が、それにもかかわらず時代を超えて愛される叙景歌の数々を詠んだ理由、
つまり彼らが精神的にどれほど厳しく美しく己を鍛えてきたか、
ということが、勉強に伴い理解され、その理解が深まるにつけ、
もう、なんかね、そのままではいられなくなるの。
「こんな私でごめんなさい」じゃないですが……永福門院や花園院、光厳院の経験した人生の美しさに頭を垂れずにいられない。
自分の想定を超えて美しい生き方をした人と実際に触れ合った時、なんというのかな……未熟な自分のままではいられなくなるのです。
それは、研究書をとおした疑似的な形であったとしても変わりない。
未熟な自分のままでいられなくなるだけの衝撃がそこにあった時点で、それは、実際の出逢いと同義なのだと思います。
「こんな私でごめんなさい」と謝るふりをして、そんな私であることを世界に許容させていたのが以前の私だとしたら、
京極派に影響を受けて以降の私には「こんな私でい続けるわけにはいかない」というエンジンが搭載されてしまった感じ。

その後たしかに精神の根本から変化すべく努力はした、したけれど、それも歯を食いしばって……みたいなニュアンスではなく、
搭載されたエンジンに点火までされていますので、努力せずにはいられなかった、そのように動かされた、というほうが正確なのかな。
もちろん、それまで育んできた心のありようを変えるというのは簡単なことではないし、歯を食いしばる場面もありましたけれどね。
自分の精神のありようを以前のままにとどめておくことができなくなり、
京極派について理解を深めるほどに、そのありようも変化してゆきました。
一朝一夕に何かが変わったわけではなく、日々、少しずつ少しずつ。
「こういう場面で光厳院ならどう振る舞うだろう? 」
「こういう時どうするのが光厳院だろう? 」
見ているのが光厳院ですから、己を鍛えるプロセスも一生、道半ばですけれどね。
人を動かすってそういうことなのだと思うな。
素朴な言葉でありのまま詠むのが京極派、ではない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) June 16, 2025
素朴な言葉でありのまま詠んだとしてもたるんだ歌にならないよう厳しく美しく心を鍛えてきたのが京極派です。#京極派
私は令和の京極派なので、歌だけでなく根本の精神を鍛え続けます。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) June 16, 2025
ありのままという聞こえのよい言葉で自分を甘やかす誘惑になびかぬよう、私のなかの光厳院が常に導いてくださいます。
私は令和の京極派
京極派に導かれ、己の精神を鍛えることを、
創作や執筆などわかりやすく和歌に取り組める日も、アルバイトがあって直接和歌ができるようには見えない日も、私は続けています。
例えば光厳院は京極派の歌論を深く理解し、体現して生きたわけですが、
南北朝時代という動乱の荒波に個人の力で抗い切れず、南朝勢力に南山に拉致されて以降、京極派の和歌を詠んだという記録を残していません。
著名な京極派研究者である岩佐美代子先生は、後半生のそのような生き方こそ彼にとり「自らの「心」の唯一の表現であった」のだろうと述べています。
天皇、上皇であるがゆえに、永福門院よりも又はるかに甚だしくこの過酷な時世にさいなまれた光厳院にとっては、
この、最後に安住の居として許されたなつかしい京洛の地をさえも振りすて、戦乱の巷にさすらって自らの罪障を浄め、戦死者の霊を弔い、山寺の一老僧として世を終るという漂泊の後半そのものこそ、自らの「心」の唯一の表現であったのであり、
そこには和歌などの介入する余地はすでに残されていなかったのではなかろうか。
彼の人生には同情を禁じ得ない部分が大いにある、それと同時に、
京極派和歌を詠まなくとも京極派歌人として彼が最期まで生き抜いた、という事実に希望を伴う感動を私は覚えます。
光厳院が晩年をお過ごしになった常照寺(現在の常照皇寺)に昨年伺い、現在に至るまで土地の方々に慕われている事実に触れた時、その感動はいっそう増しました。
バスを乗り継いで常照皇寺に
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 15, 2024
→入口にあるお店でお昼ご飯
→そちらのお母さんと仲良くなる
→17時前までバスがないのでバス停で過ごすつもりだったのに、お母さんが乗り換えバス停まで送ってくださる
→光厳院の話で盛り上がる
→お土産プリンを車に忘れたのを届けてもらい再会
光厳院のお導き……!
光厳院がいまでも地元の方に愛されているのを見て、胸がいっぱいになりました。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 15, 2024
24時間365日、わかりやすく和歌に関わっていられるわけではない。
それでも、私が24時間365日心を鍛え、生き方そのものでその心の表現をする、ということをしていれば、私は24時間365日京極派歌人として生きていられる。
それは、敬愛する光厳院が南山拉致以降示して見せた生き方である。
まあ、それに、“わかりやすく和歌に関わっている時間”だけを見ても、私のそれは明らかに人より多いですしね。
ええ、それはもう、その気になれば生活保護受給申請もできるくらいお金を稼ぐことに無頓着で、和歌のことだけを考えて生きていますから。そんな社会不適合者、そうそうおらん。

そんな生き方を続けていると、
「私は私のすべきことをしている、すべきことができている」
というおもいが強くなります。自信みたいなものかもしれませんね。
その自信、すべきことをしている確信の裏返しとして、
「私が和歌をやるから、皆さんはお金を下さい」
と求めることも、いっそう、堂々とできるようになってきました。
すべきことをしていると思えるからこそ、金銭的な助けを求めることも後ろめたいことや恥ずかしいことではなくなってきた。
東京に住んでいて東西線の駅や乗り場を覚えている私が、スウェーデンからやってきた旅行客に中野駅の東西線ホームを教える、みたいな。
彼らのほうが得意なことと私の苦手なこと、わからないことが合致したら、私が助けてもらうでしょう。
どちらが偉いとか申し訳ないとかではない、ただの助け合いだから。
乗り換え駅で道に迷った旅行者ご夫婦に話し掛けたらたまたま同じ電車だったので、7駅ほど英語レッスンになった。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 29, 2024
スウェーデンの方だった。
「あなたが行ったことのある外国ってアメリカでしょ? アメリカ英語だからわかるよ」と言われた。
サビサビでも伝わるのね!
ただし私の英語はNHK仕込み。
自分の生きる世界に向き合う前提も、被害者意識に偏ったメンヘラマインドではなく、フラットで、かつ信頼や愛を土台としたものに変化してゆきました。
人は他者の言動だけでなく、もっと言語化しにくい雰囲気の部分も動物的に読み取っているわけで、
私自身の内面の変化とともに読者様、支援者様が増えてきたことも自然だったな、と思います。
世界に対する責任
それでも。それでもね、
私は昭和の終わりに生まれ、平成時代を生きてきた人間。
人様のご支援で生きている(アルバイトはしているが、ある時期以降それを生活の糧にしないことにした)身では、やはり、自分の楽しみや快適さのために大きなお金を使うことにメンタルブロックのかかる部分もあって。
「必要って何だろう。どこまでが必要なのだろう。
これはただの贅沢じゃない? 楽したいだけじゃない?
または、本当は必要なものだとしても、読者様の目には贅沢と映らないだろうか? 自分で稼いでやれと思われないだろうか? 」
なんて。
自分でたくさんお金を稼ぎ、それを自分の生活を快適にするために使うとか、自分の心を満足させたり喜ばせたりするために使うとかいうことは、たぶん、しやすいと思う(たくさん稼いだ経験がないので、知らんけど)
いっぽう、人様の善意で生かされていると思うと、
いくらこれが自分のすべき生き方だ、世界に望まれている生き方だ、人のためになる生き方だ、と確信していても、
「室内乾燥機があればどんなに楽か……いや、太陽光という全人類に開かれた無料のエネルギーがあるし! 」
なんて、嫌いな洗濯を楽にする電化製品の入手に躊躇したり、
(いま思い出したがそういえば、東京に出て最初の6年ぐらい、洗濯物すべて手洗いしていたわ……)
くたくたの夕勤帰りに楽に帰宅できるルートではなく乗り換え多め、時間も掛かる、乗り換え後座れる可能性の低いルートをつい選んだり。
そもそも旅行をするとかいう願望自体長年抱いてきませんでした。
それが抑圧の結果だったのか、そもそも旅行というものに興味のないタチなのかは、いまのところわかりません。今後明らかになるのかな。

しかし、日本で唯一の和歌の大会で大賞を頂くという事件が起き、
その表彰式に行くことを経済的理由で諦めるなという友人たちの言葉、そして実際の経済的支援を受けてそれに申し込み、参加してきたこと、
加えてコテンラジオのサポーター限定ツアーに参加したこと、
スペインで元気に暮らしている従弟と再会したこと、
このあたりの経験をとおして、昭和感の強かった私の経済感覚も令和にアジャストされてきた気がします。
なんなら最先端にアジャストされてしまい、令和を通り越しているのかもしれません。
そのうち時代が私に追いついてくるまで、私は私の信じる道を進み、時代を牽引して参ります。
あれ、牽引し続けたら時代は永遠に私に追いつかないのだろうか? あれ?
皆様に応援されながら和歌に邁進し、慎ましく生きる……だけが私の人生ではないのかもしれないな、と。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 4, 2024
生きるうえで見聞きし経験するすべてが私の和歌活動であり、和歌作品に反映されるのだから、
小金井の家に引きこもってひたすら和歌を詠むのも、世界中を飛び回り現代の和歌を詠むのも、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 4, 2024
同じように価値のあること、和歌というものに貢献することなのだな、
と、以前より腑に落ちている気がします。
無駄遣いをする必要も必然性もないけれど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 4, 2024
何が無駄か意味のあることか、は自明でなくて。
経験のすべてを和歌作品や勉強に反映させることができるならば、
私が「これがしたい」「ここに行きたい」と言い、読者様のご寄付でそれを叶える、
というのはまったくおかしなことではないのだな、と。
なお、この春室内乾燥機を導入して私のQOLは爆上がりしましたし、疲れた時には最安でないルートを使うこともできるようになってきました。
体調が悪い、疲れている、今日のように寒いなか30分も待たなければいけないなどの状況において、お金を出して時間や楽さを買うことが、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 30, 2025
自分のためにもなるし、自分のためということは和歌のため社会のためにもなる、
と昔より思えるようになってきた😊

私はこれからも、したいと思ったことをしたいと、行きたいと思った場所に行きたいと言ってゆきます。
それを「いいね」と思ってくださる方が一定数いらしたら経済的にそれを叶えていただけるかもしれない。説得力が足らなければ叶わないかもしれない。ただそれだけ。
タワマンに住んでフェラーリに乗り散らかすような生活には興味がないし、それが和歌活動の充実に直結するとも思われないので、それは別に望まない。
また、免許を取って2週間で母の車を橋にぶつけた私がフェラーリなり何なりを所持し運転することは世界のためにならないと 確 信 します。
しかし、室内乾燥機を導入して洗濯時間とストレスが少し減ったぶんは和歌活動に反映されています。
表彰式ツアーに参加し和歌詠みの皆様と交流したり、後鳥羽院の暮らした海士の自然に触れたりすることは、こうしたレポート記事だけでなく今後の和歌作品に活きてくるでしょう。
今後またコテンラジオのサポーター限定ツアーがあれば可能なかぎり行きたいし、
いまは想像できませんが、従弟に誘われているスペインの旅にいつか行けたとしたら、私の詠む現代の和歌の厚みもきっと増すのでしょうね。
(私の詠む和歌ではなく)和歌というものそのものの充実、発展のために、私は責任もって私のQOLを上げ、思索を深めるだけでなく経験を広げてゆきたい。
いまの私やあなたに想像できる範囲だけでなく、まだ想像の及ばない範囲も含め、心に隔てを置かず、いろいろな可能性に対してオープンでいたい。
この表彰式ツアーと島根の旅をとおして、そんなふうに改めて思いました。
私が世界に対して果たす責任とはそういうものなのだ、というところに迷いを持たないようにして歩んでゆきます。
先日書いたこの記事も、そんな心境の変化、確信の深化が背景になっています。
ひとりでは行けない場所に
さて、この記事の後半部分は新幹線のなかで書いています。
令和6年分の隠岐後鳥羽院和歌大賞の表彰式ツアーは2025年6月22日から。
羽田から隠岐への直行便はないので、昨年は伊丹経由の乗継便で向かったのですが、今年は羽田からではなく伊丹から隠岐までの航空券を取りました。
それに先立って本日20日から京都で2泊、敬愛する光厳院ゆかりの土地を巡って参ります。
※新幹線のなかで書き上げられなかったので、この記事を公開する本日は6月25日だよ! ※
燃えるゴミ(つまりほとんど生ゴミ)をこたびは出して行く夏の隠岐
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) June 20, 2025
東京から隠岐への直行便がないのを逆手に取り、伊丹までは電車で向かい、今日明日と光厳院ゆかりの関西の土地を巡る旅程です。
今日は滋賀県の番場、明日は京都の常照皇寺その他。
いつも応援ありがとうございます。 https://t.co/B5rNTvFguA
あさってからいよいよ表彰式ツアー。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) June 20, 2025
「入賞・入選するとこんなに楽しい旅に行けるんだ✨ 」と思っていただけるよう、つぶやいて参ります。
それをモチベに7月末日締め切りの和歌大賞に皆様ますます打ち込み、なんなら梶間より上の賞を狙ってくださいね!#隠岐後鳥羽院和歌大賞
裕泉堂様の取材費で表彰式ツアーに参加するだけでなく、その前にここに行こう、そのぶんのお金を払おう、時間を使おう、そのご支援を求めよう、と決められたのも、
昨年の表彰式ツアーやコテンラジオサポーターツアーの経験があったからこそです。
隠岐後鳥羽院和歌大賞、令和六年は城南宮鳥羽殿賞に選んでいただきました。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 28, 2024
ありがとうございました。
今年もまた表彰式ツアーに行く旅費を工面……する!
待ってて後鳥羽院!!
むらむらになびく霞に淡路島見えみ見えずみ春は来にけりhttps://t.co/xmIwu8Rd1h#waka #後鳥羽院 #海士町
隠岐への直行便がないのを逆手に取り、前日や前々日に関西方面の歴史巡りをすることを考えている。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) January 3, 2025
今年は番場に行くべきか、それとも賀名生に行くべきか。昨年行ってふもとのすてきなお母さんのお店とご縁の持てた常照皇寺にもまた行きたい。
「ファンとか要らないよ。こちらがきっちり提供するサービスに対する対価をきっちり払ったら、きっちり終わりにしてほしい」
などと思っていた昔の私には想像もできなかった場所に、いまの私、今後の私は飛んで行けそう。
ひとりの意志と脚力で進める場所よりうんと先に、皆様のお力を借りて私は進み、それを作品や文章、歌会で還元して参ります。
ますますおもしろい世界を皆様にお見せしますからね、楽しみにしていてね。
経済的な部分は堂々と助けを求めながら和歌にフルベットしてゆく梶間和歌を、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

さて、さて……隠岐後鳥羽院和歌大賞は現在令和7年分募集中。7月末日が締め切りです。
その前に令和6年の隠岐後鳥羽院和歌大賞にも私と、私の歌友も何人か応募し、うれしいお知らせが多々ありました。
その令和6年の表彰式ツアーを終えた時点でこの記事を締めくくろうとしておりまして、時系列が少々前後しますが、
令和6年分のドラマとその表彰式ツアーの様子も引き続きこのマガジンで綴って参りますので、またの更新をお待ちくださいませ。
連載 和歌への情熱で道を拓く
1記事目:隠岐後鳥羽院和歌大賞への応募経緯 ~和歌への情熱で道を拓く~
2記事目:挑戦2年目の転機 ~和歌への情熱で道を拓く~
3記事目:アルバイトでの成長と可能性 ~和歌への情熱で道を拓く~
4記事目:信念で詠み上げた作品の行方 ~和歌への情熱で道を拓く~
5記事目:大賞受賞、そして立ちはだかる壁 ~和歌への情熱で道を拓く~
6記事目:元ホームレス、和歌にフルベットして ~和歌への情熱で道を拓く~
7記事目:友情と応援の表彰式チケット ~和歌への情熱で道を拓く~
8記事目:終わらぬ挑戦、広がる波紋 ~和歌への情熱で道を拓く~
連載 隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ
1記事目:友の優しさを携えて
2記事目:おもしろすぎるガイド様 in 隠岐の島町
3記事目:眠りに就くまでがツアーです
4記事目:wktkウマPタイム in 西ノ島町
5記事目:この時代に、なぜ和歌なのか
6記事目:何度でも、月を分け行く舟のあと
7記事目:縁を結び直す島根旅、松江編
8記事目:縁を結び直す島根旅、浜田編
9記事目:縁を結び直す島根旅、益田編
10記事目:黒歴史生産装置が、和歌で輝くまで
11記事目:ひとりでは行けない場所に【ありがとうございました】
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梶間和歌の出身地島根県とゆかりの深い隠岐後鳥羽院和歌大賞への応募経緯や、令和5年分の大会結果、そしてその後……noteのマガジンとして連載して参ります。
マガジンをフォローいただきますと、更新時に通知が行きます。こちらのフォローもよろしくお願いいたします。
和歌活動を応援する
和歌にフルベットして生きる梶間和歌がつつがなく和歌創作、勉強、発信を続けるため、余裕のあります方にお気持ちを分けていただけますと、
私はもちろん喜びますし、それは日本や世界の未来のためにも喜ばしいことであろうと確信しております。
「この無茶苦茶な生き方を見ていると勇気がもらえる」
「こういうまっすぐな人が健康に安全に生きられる未来って希望がある」
「この人を応援することで人文知の明るい未来が実現しそう」
なんて思ってくださいます方で、余裕のあります方に、ぜひともご支援をお願いしたく存じます。
noteでのチップ、その他様々な形で読者の皆様にご支援いただき、こんにちの梶間和歌があります。ありがとうございます。
特にこのたび令和5年の隠岐後鳥羽院和歌大賞で古事記編纂1300年記念大賞を受賞し、表彰式を含む大会のツアーに申し込み、ツアー代金(9万円弱)は生活費と別に工面することになりました。
そちらのツアーには無事参りまして、翌年また城南宮・鳥羽殿賞を頂き、表彰式ツアーに再び参加。
皆様の金銭的なご支援があってこそ叶ったことです。改めて、心より感謝申し上げます。もちろん、お気持ちでの応援も大変うれしく思っております。
こうした応援のひとつひとつが私の器を広げ、より良い和歌仕事を世界にお返しすることにつながっております。
令和5年、6年分ともに、ツアーの様子はこのマガジンで連載して参ります。どうぞお楽しみに。
今後とも、それぞれの領分において世界を美しくしてゆく営みを、楽しんで参りましょう。
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