消えた標識を、もう一度届けた日|黒法師岳
山頂にあるはずの標識が、消えていた。
そう聞いたのは、水窪の「山に生きる会」からの連絡でした。
二年前、確かにそこへ立てたはずの標識です。
理由は分かりません。
ただ、その場所だけがぽっかり空いていたという。
そして、もう一度標識を届けてほしいという話でした。
正直、すぐには答えが出ませんでした。
山頂に着くと、そこには標識があります。
山名が書かれ、
標高が書かれ、
多くの人がその前で写真を撮る。
登山をしていれば当たり前に目にするものです。
でも、その標識がどうやってそこまで運ばれたのか。
考えたことはあるでしょうか。
私は、正直ありませんでした。
これまで私は、標識をただの案内板だと思っていました。
山頂に着けば写真を撮り、次の山へ向かう。
そこに誰かの時間が積み重なっていることなど、考えたこともありませんでした。
今回、黒法師岳の山頂標識設置のお手伝いをする機会をいただきました。
その一日を通して感じたことを書いてみようと思います。
実は今回が初めてではありません
ある日、水窪の「山に生きる会」から連絡をいただきました。
連絡をくれたのは、以前から顔を知るDさんでした。
「もう一度、頼めないかな」
その短い一言に、二年前の落胆も含まれている気がしました。
実は今回が初めてではありません。
約2年前、みさくぼ百山の標識が初めて黒法師岳へ設置された際もご一緒させていただきました。
そのときの山行記録はこちらです。
▶ 【南アルプス深南部】黒法師岳|シブロク歩道〜等高尾根24km・静かな最深部の稜線
当時は設置を見守る立場でしたが、山頂に新しい標識が立つ瞬間はとても印象に残っています。
ところが、その標識は設置から間もなく姿を消してしまったそうです。
理由は分かりません。
風雨によるものなのか。
別の理由なのか。
せっかく立てたものが、知らないうちに消えてしまう。
それもまた、山という場所なのかもしれません。
今回、再び設置の声をかけていただいたとき、正直すぐには「はい」と言えませんでした。
黒法師岳の山頂には、静岡の登山者にはおなじみの「お団子標識」や、この山域で名高い千頭山の会の標識が、すでに何本も立っています。
そこへ新たにみさくぼ百山の標識を加えることに、ためらいがなかったわけではありません。
標識が増えすぎることをよく思わない方がいるのも、よく分かります。
それに、もしまたすぐに消えてしまったら——
そのショックは、前回よりも大きいだろう。
そんな不安もありました。
でも、しばらく考えて気づいたことがあります。
みさくぼ百山を一座ずつ登っている方にとって、「ここに登った」という実感は、その山域専用の標識があってこそ生まれるものかもしれません。
ほかのみさくぼ百山の山頂にはすでに標識があるのに、黒法師岳だけそれがないのは、なんだか寂しい。
たくさんある標識の中の一枚として、加えてもらえればいい。
そう思い直して、お引き受けすることにしました。
ただ、みさくぼ百山を設定した「山に生きる会」としては、再び標識を設置したいという想いがありました。
そして今回、そのお手伝いをさせていただくことになったのです。

最初は撤退
本当は一週間前に設置する予定でした。
野鳥の森へ到着すると予報どおりのガス。
それだけなら歩くつもりでした。
ところが雨も降っている。
車の中で二時間ほど様子を見ましたが、状況は変わりませんでした。
結局、その日は撤退。
標識は逃げません。
山も逃げません。
無理をして歩く理由はありませんでした。
少し残念ではありましたが、そういう判断も含めて山だと思っています。

一週間後、再挑戦
翌週。
今度は天気も安定しそうです。
ただ、気になることがありました。
先週は台風の影響で天竜スーパー林道が荒れていました。
道路は通れるのか。
登山口まで無事に着けるのか。
もし通行止めなら、自転車を使うことも考えていました。
そんなことを考えながら向かいましたが、林道はきれいに整備されていました。
むしろ過去一番走りやすいくらい。
無事に野鳥の森へ到着したときは、それだけで少し安心しました。

当たり前ではない
歩き始めると、いつもと少し見える景色が違いました。
分岐標識。
道標。
山頂標識。
普段なら何気なく通り過ぎるものです。
でも今回は違いました。
「これも誰かが運んだんだな」
そんなことを考えながら歩いていました。
登山道も同じです。
笹が刈られていること。
倒木が処理されていること。
踏み跡が続いていること。
どれも当たり前ではありません。
誰かが時間を使い、
労力をかけて維持してくれているから歩ける。
普段は利用する側なので、そのことを忘れがちです。
今回の山行では、それを何度も考えていました。

消えた標識をもう一度
山頂標識は、一度設置したら終わりではありません。
傷みます。
壊れます。
そして時には失われることもあります。
だから山を守る活動は終わりがありません。
設置して終わりではなく、
維持していくことの方がずっと大変です。
今回の再設置は、そのことを改めて感じる機会でもありました。
黒法師岳へ
前黒法師山を越え、
妖精平を抜け、
バラ谷の頭から黒法師岳へ。
背丈を超える笹の急登を登り続けます。
標識は大きく、ザックには入りません。
仕方なく外付けで背負い、笹に引っかけて落とさないよう気をつけながら歩きました。
急登で肩に食い込む標識の重み。
何度も笹に引っ掛かり、そのたびに足を止める。
正直、ただの板なのに重い。
でも、その重さの向こうに、作った人たちの時間が少しだけ見えた気がした。
そのたびに、
「これを作った人はもっと大変だっただろうな」
と思いました。
運ぶだけでも大変です。
まして設置を考え、準備を進め、材料を用意した人たちはどれだけの時間を使ったのだろう。
その苦労を想像しました。

前回は、せっかく設置した標識がいつの間にか消えてしまいました。
だから今回は二度目。
固定はいつも以上に念入りに行いました。
幸い、この日は快晴。
風もなく、視界も良好でした。
そして山頂へ到着します。
今回の目的はひとつ。
標識を設置することです。
ザックから標識を下ろし、
固定していたロープをほどく。
重みを感じながら、慎重に支柱へ取り付けていきました。
作業そのものは決して大掛かりなものではありません。
それでも無事に設置が終わったときは、ほっとしました。
設置し終えて見上げた、
南アルプス深南部の抜けるような青空と冷たい風が心地よかったです。
この日のために運んできた時間が、ようやく形になった気がしました。

少し離れて振り返ります。
二年前に立てた標識が消えてしまった場所。
その場所に、再び標識が立っていました。
風景は何も変わりません。
遠くの山並みも、吹き抜ける風も、以前と同じです。
それでも、その場所だけは確かに元に戻った気がしました。
新しい標識は、たった一枚の板です。
それなのに、そこに立った瞬間から山頂らしく見えるのが不思議でした。
これから何人の登山者がここへ来るのだろう。
何人がこの前で写真を撮るのだろう。
みさくぼ百山を目指して歩いてきた人が、山頂に着いたことを実感するのかもしれません。
そんなことを考えながら、しばらく標識を眺めていました。
あの日の私は、誇らしい気持ちになっていました。
山を支える人たち
私は普段、登山道を整備しているわけではありません。
標識を作っているわけでもありません。
ほとんどの場合、整備された登山道を歩かせてもらう側です。
だから今回、
ほんの少しだけでも支える側を体験できたことは、とても良い経験でした。
山を歩いていると、どうしても山頂や景色に目が向きます。
でも、その背景には多くの人の活動があります。
登山道を整備する人。
笹を刈る人。
倒木を処理する人。
標識を作り、運び、設置する人。
誰かの時間と労力が積み重なって、今の山があります。
今回の山行は、そのことを改めて教えてくれました。
山頂標識を見るたびに
これから山頂標識を見るたびに、見方が変わると思います。
誰かが作り、
誰かが運び、
誰かが設置したもの。
その積み重ねがあるから、私たちは安心して山を歩くことができます。
黒法師岳で感じたのは、そんな当たり前のことでした。
関連記事
標識設置当日の山行記録はこちらです。
▶ 【南アルプス深南部】黒法師岳|野鳥の森から往復21km・標識を届ける山行
▶ 登山道は誰かが守っている
おわりに
登山道も標識も、
気づかれないことが一番良いのかもしれません。
迷わず歩けること。
安心して山頂へたどり着けること。
それがきっと、本来の役割だからです。
今回設置した標識が、この先どれくらいの年月そこに立ち続けるのかは分かりません。
風にさらされ、
雨に打たれ、
いつかまた傷んでいくでしょう。
それでも、いつかみさくぼ百山を目指す誰かが、この標識の前で足を止めてくれたら。
そして山頂に着いたことを実感し、嬉しい気持ちになる。
そんな時間のそばに、この標識がいてくれたらと思います。
黒法師岳の山頂に立ったとき。
もしこの標識を見かけたら、ほんの少しだけ思い出してもらえたら嬉しいです。
そこには、
誰かが作った時間があり、
誰かが運んだ苦労があり、
そして山を好きな人たちの想いがあります。
私が運んだのは、一枚の標識でした。
でも本当に届けたかったのは、その向こう側にある想いだったのかもしれません。
そして私にとっても、
この標識を届けた一日は、
忘れられない「山で出会った記憶」になりました。
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