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【怨毒】~保健所職員 百武凛太朗の調査事例~ 第4話(全10話)

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「ウチは~、確かあのコーヒーあげたの、かすたす、えと粕谷さんだったかなー」
「あのコーヒー? 何か変わったコーヒーなんですか?」
「ああ~、そーゆうんじゃなくて。カフェオレ買ったつもりがブラック出てきてぇ、ウチはブラック飲めねーからあげた、みたいな」

 この話は粕谷から聴取した「軽井から自販機のコーヒーをもらった」という話と合致している。念のため件の自販機まで案内してもらって飲料の銘柄を確認すると、凛太朗はクリップボードに挟んだ調査票に書き込んだ。

「そういえば、粕谷さんと組んで仕事をしているという小竹おたけさんからもお話を伺いたいのですが」
「小竹君ならそろそろ……ああ、ちょうど帰ってきましたよ!」

 尾羽の声に顔を上げると、敷地内に入ってくるゴミ収集車が見えた。駐車を待って近づくと、運転席から降りてきた青年は二十歳そこそこぐらいだろうか。軽度の猫背が、薄緑色の作業着に包まれた細身の身体をより小柄に見せている。凛太朗が軽く会釈すると、彼はオドオドとした目をこちらに向けて、すぐに顔を伏せるように頭を下げた。

「あ、ども……」
「お仕事中にすみません、東多摩保健所の者です。粕谷さんに食中毒の疑いがあり調査しているんですが、粕谷さんに毎日渡していたという昼食のお弁当などは、どこで購入し、どういった状態で渡していたのか伺ってよろしいでしょうか?」
「あの、た、確かに粕谷さんには毎日弁当を買わされてましたけど、コン、コンビニで買ってすぐ袋のまま渡してたので、中身はさわってないです……」
「買わされた、ですか?」

 凛太朗が眉を上げると、小竹は上ずった声を上げた。

「あっ、いやあの、後輩なんでいつも買い出し担当してただけですすみません!」

 必死な語勢とは裏腹に、彼の目はこちらを見たくないのか、キョロキョロと宙を泳ぎ続けている。だがこれは元々の彼の性格かもしれない。後ろめたいことがなくても疑われていると思うだけで焦ってしまう人たちは、業務内で何度か見かけたことがある。

 百武はなんだか申し訳ないなと思いつつ、コンビニ名や時刻など、必要事項を質問してはこまごまと調査票へ記入していった。

 小竹から弁当ガラなどの行方を聞くと、パッカー車――ゴミ収集車のことらしい――のドライバーをしていた粕谷は、外で飲食したゴミはそのまま投入口に投げ入れることが多かったようだ。一日の収集を終えたら清掃工場へ向かい、焼却口へと車から直接投入する仕組みになっている。弁当ガラなど一瞬で燃え尽きてしまっただろう。

 凛太朗がしばらく記入に熱中していると、「あふ」と気の抜けた音が聞こえた。何かと思えば、どうやら軽井があくびをかみ殺した音らしい。

「お忙しいところに長時間立ち会っていただいてすみません。もうすぐ終わりますから」
「いえいえ、そんな! ちょっと軽井ちゃん、お客様の前よ」
「さーせん、昨日オールだったんで」
「あら、またぁ? 若いからって無理しちゃ身体に毒よぉ」

 尾羽に注意されながら、軽井はまた「へへっ」とくすぐったそうに笑った。


 調査を終えた凛太朗は職場に戻って麦茶を検査室に届けると、自分のデスクに向かって弁当箱を開けた。

 タレを揉み込み小分けで冷凍しておいた生姜焼きは、忙しい朝でも解凍して焼くだけの時短レシピだ。少し甘めに作っておいたから、冷めた弁当でもご飯が進む。これを毎朝自分で作っていると言えば驚かれることも多いが、あまり趣味のない凛太朗には数少ない楽しみの一つだ。

 食は、人にとって全ての基本だ。万一事故があったなら、速やかに原因の特定と改善を行う――だから皆、安心して食事を楽しむことができるのだが。

(でも今の材料で保健所が対応できる範囲は、ここまでかなぁ……)

 あの後、続々と戻ってきた他の社員にも念のため確認したが、粕谷の申告通り、心当たりはないとのことだった。喫食の記録がないのなら、食中毒と断定することは不可能だ。

 スッキリしない気もするが、粕谷は一人暮らしとのことだから、これといった決め手もなく自宅に立入調査をするのは気が引ける。ましてやコンビニやファミレスを調査するなんて、患者一名かつ原因が特定できていない状況では許可が下りるはずもない。

 凛太朗は弁当箱を閉じて小さく手を合わせると、少し迷ってから川原医師に事情を説明するべく受話器を上げた。


『――というわけでさ、あまりにも錯乱していて危険だったから、鎮静薬を投与して今眠ってるんだよねぇ』

 川原の話を聞いて、凛太朗は思わず眉を上げた。粕谷は今朝未明の見回りの際、酷く錯乱している状態で見つかったらしい。その後も「怨霊が出た」「殺される」などと口走っては、暴れてベッドから何度も転がり落ちそうになっていたというのだ。

「怨霊? ドクササコに幻覚など聞いたことありませんが……」
『痛みの硬膜外ブロックに、リドカインを使い始めたんだよ。せん妄の副作用が考えられるから、そのせいかもしれんね。精神に負担がかかるのはよくないし、麻酔は一旦中止するかなぁ……』


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