【怨毒】~保健所職員 百武凛太朗の調査事例~ 第5話(全10話)
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その翌日。麦茶の検査結果にも何ら問題は見つからず、凛太朗は粕谷の勤務先と市民病院の川原に、結果報告の電話をかけた。これで終わりというのも何だか冷たい気がするが、保健所の業務は他にも盛りだくさんである。飲食店からの届出書類のチェックに追われているうちに、気づけばお昼になっていた。
秋鮭と共にバター醤油で焼いたヒラタケを箸先でつまみ上げ、凛太朗はまじまじと眺めた。少しだけドクササコに似ていたので、ついスーパーで見かけて買ってしまったのだ。
こんな菌糸の塊を、なぜ人は旨いと感じるのだろう。
(キノコ類には命に関わる劇毒も多いのに……見知らぬキノコを初めて開拓した人たちって、かなりのチャレンジャーだよなぁ)
だがその菌糸の塊を口に入れると、ふくよかな秋の香りが広がった。噛むほどに旨味が染み出すヒラタケに続き、塩味の鮭、そして白飯と、リズム良く食べてゆく。これほど美味しいものならば、冒険したくなっても仕方がないのかもしれない。
すぐに弁当は空になり、凛太朗はひと息ついてタンブラーに作った緑茶を傾けた。
もう片方の手でスマホを開き、何気なくトレンドに目を走らせる。ワードの多くは先日都内で起こった女児の失踪事件に関するものだったが、タグの中に粕谷のフルネームを見つけて凛太朗は目をとめた。まさかと思いつつタップすると、動画のリンクが拡散されている。
『JCを強姦して死なせた鬼畜がのうのうと生きていたので、呪ってみた』
思わず再生ボタンを押すと、お昼の節電中で薄暗い執務室に、悲鳴が響いた。
「うわっ、なんだ!?」
すかさず、隣のデスクに突っ伏していた先輩職員が飛び起きる。凛太朗は慌てて動画を止めると、周りを見回して頭を下げた。
「すみません!」
「いくら昼休みだからって、職場で趣味の悪い動画見るなよ……引くわ」
「いや、これ今調査している食中毒患者さんの名前がタグについていて」
「マジで?」
改めて動画の説明欄を見ると、過激な投稿で問題になりがちな配信者がアップしたものだった。『#クズ』『#天罰』『#犯罪者の末路』『#視聴者投稿』などのタグが付いていて、泣きながら罵り怯える音声と共に、数枚の写真がスライドショーのようになっていた。
どの写真も顔は見切れているが、この声と赤く腫れあがった手足は、あの粕谷のものだろう。『罪状⇒』というリンクをクリックすると、粕谷が十一年前に十五歳で強制性交事件を起こし、母子家庭だった佳野という少女とその母親が自殺に追い込まれるまでの経緯が、事細かに記されていた。
コメント欄は『この人、本当に実在するの?』『どうせ自作自演でしょ』『やらせにしてもタチが悪いな』という意見が大半だったが、投稿者の元々の影響力が大きかったのだろう、再生数は恐ろしいスピードで増え続けている。
(もしや粕谷さんは、事故ではなく故意にドクササコを摂取させられたのか……?)
恐ろしい考えがよぎった、その時――コメント欄に稲田市民病院の名が書き込まれていることに気づいた凛太朗は、隣席の職員に後を任せて執務室を飛び出した。
「面会はねぇ、今できないんですよ」
そう申し訳なさそうに答えて、受付の女性は眉尻を下げた。なんでも見舞い客を装った二人組の男が粕谷の病室から動画を生配信していたので、警備員につまみ出されたばかりだという。そのため見舞い客の出入りを全面的に制限しているらしい。
ならばと川原医師にアポを頼むと、こちらはすんなりと連絡がついた。問診に使う小部屋の一つに案内されて、凛太朗は小さく頭を下げる。
「すみません、お忙しいところに」
「いや、今日は非番なんだよ。ただ気になることが多くて出勤してただけ」
こともなげに笑う川原に『やはりブラック業界ですね』と言いかけ、凛太朗は愛想笑いを浮かべて言葉を飲み込んだ。もし各地の総合病院に労働基準監督署の立入調査が入ったら、日本の医療制度は崩壊してしまいかねない。いつか大事件が起こって問題提起でもされない限り、現状が変わることはないだろう。多くの人は自分にとって都合の悪い事実には、口を噤むのだ。
(酷い実態だと分かっているのに黙っている自分も同類だな……)
凛太朗は自嘲しつつ、スマートフォンを差し出した。
「この画像の人物、粕谷さんではないでしょうか?」
動画とその説明欄を食い入るように見終えた川原は、忌々しそうな顔をする。
「#天罰だと? 天罰なんかで病気になってたまるか。そう聞いて自分を責めるのは、いつだって性根の優しい人だってのに……!」
憤りをあらわにする川原に、凛太朗は頷いた。
「その通り、天罰なんかではないでしょう。入院から怨霊騒ぎ、そしてこの動画の配信まで、手際が良すぎます。末端紅痛症になることを事前に知って準備していなければ、こんなことできませんよ」
「つまり……誤食による事故じゃなく、故意に盛られた可能性があるということか? この音声を録音したのが入院後だとしたら、怨霊とやらはせん妄じゃなかった可能性があるな。すぐに警備室に監視カメラを確認させよう」
