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【怨毒】~保健所職員 百武凛太朗の調査事例~ 第6話(全10話)

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 凛太朗は礼を言うと、川原と別れて話を通してもらった皮膚科病棟に足を向けた。粕谷のベッドを覗き込むと、この短期間で一層やつれたように見える。

 あの『罪状⇒』の話を全て信じるならば、確かに彼の行いは許されざるものだ。だが少年審判のもとで裁かれ、少年院で罪を償い終えている。一体誰がやっているのかは分からないが、やりすぎではないだろうか。

 実はこの病院に着く前に、凛太朗は一件電話を掛けていた。電話の相手は多摩東警察署の刑事である山本だ。大学時代に柔道部の先輩だった人だが、同じ稲田市内に配属されていることが分かって以来、今でもたまに飲みに行く間柄である。

 だが山本の答えは、「警察ではろくな対応ができない」というものだった。捜査員を動かすには、事件性が足りないのだという。

 本当に偶然ならば、仕方がない。だができることがあるのに何もしないまま終えるのは、まだ早い気がした。

 挨拶の声にうっすら目を開けた粕谷に向かい、凛太朗は穏やかに声をかけた。

「先週食べたもののゴミなどは自宅に残っていませんか?」
「しばらくゴミ捨てしてないから、残ってると思います……」
「では、ご自宅への立入調査に同意を頂きたく――」


 凛太朗は急いで証票を取ると、管理会社に連絡して粕谷の自宅アパートのドアを開けた。

 ごく狭いワンルームには弁当ガラが突っ込まれたビニール袋がいくつも転がって、洗浄しないままの空き缶やペットボトルがテーブル上に放置されている。秋とはいえ食べ残しを何日も放置していると、悪臭は中々のものだ。だが今日は掃除に来たわけではない。

 凛太朗はシンクに放置されていたマグカップを綿棒で拭き取ると、軽くため息をついた。ある意味、ものすごい数の細菌類を採取できた気がするが、今回探しているのは細菌ではないのだ。

 しばらく部屋中を探したが、食器はそのマグカップ一個とどんぶり、そして片手鍋が一つのみ。冷蔵庫の中も、缶ビールが数本と未開封の豆腐、飲みかけのペットボトルが一本入っているだけだ。

 結局袋にいっぱいのゴミを回収して、凛太朗は応援を頼んだ同僚と共に部屋を出た。


 検査を頼んだ、その翌日。凛太朗が執務室で事務仕事を片付けていると、内線が鳴った。

『出た、出ましたよ、アクロメリン酸類が!』

 確かに、アクロメリン酸類はドクササコが持つ毒の主成分だ。だが――。

「他の成分は出ていますか?」
『はい、詳しくは後でまとめますが、クリチジンとかも検出されていますね。あとエタノールが通常よりも多めです』

 アクロメリン酸もクリチジンも、簡単に手に入れられるような薬品ではない。それらが複数含まれているのなら、ドクササコ由来と考えた方が自然だろう。エタノールは成分の抽出にでも使用したのだろうか。

「それが出たのは、どこからですか?」

『ペットボトルの飲み残しですね』と言って、同僚はコーヒーの銘柄を挙げる。急いで粕谷の喫食状況を書類の山から引っ張り出すと、凛太朗は表を指で追った。

「その銘柄は……軽井さんからもらったというブラックコーヒーか。あの、ボトルに注射穴なんかはありましたか?」
『いえ、特には。キャップもロゴ入りで不審な点はないものですし、ラベルにも不自然なところは特にないですね』

(ならば……開封後に混入したということか?)

 凛太朗は礼を言っていったん受話器を置くと、外線のボタンを押した。稲田市民病院に電話をかけ、粕谷に代わってもらう。今日は少し痛みが落ち着いているらしい粕谷によると、手渡された時点では、特に印象に残るような点はなかったとのことだった。

『なんか普通に冷えてたし、開けるときの手応えも飲みかけって感じじゃなかったと思うんですが……たぶん』

 自信なげな声音だが、特に印象に残っていないということは、つまり違和感がなかったのだと考えてもいいだろう。その後の話も聞くと、半分以上一気飲みしたところで残りはパッカー車のドリンクホルダーに置き、午後の収集に向かったとのことだった。

『あ、そういえば』

 そこで粕谷が声を上げたので、凛太朗は思わず食い気味に問うた。

「何かあったんですか!?」
『いや、やっぱたいしたことじゃないんで……』

 語気が強すぎたのか、どうやら怯えさせてしまったらしい。凛太朗は一つ深呼吸すると、努めて優しく問いかけた。

「すみません、どんな些細なことでもいいので、ぜひ聞かせてもらえませんか?」
『その……帰って残りを飲もうと思ったら、なんかちょっとマズかったんです。たぶんぬるくなったせいだと思って、もったいないから冷蔵庫入れて、そのまま忘れてたっていうか……』

 凛太朗は礼を言って電話を切ると、課長に経過を報告した。所内はにわかに騒然となった。保健所から警察へと正式に通報を終え、凛太朗はほっとしながら席につく。だが僅かな休息を終わらせるように、凛太朗の私物であるスマートフォンが鳴った。

 画面を確認してタップすると、『山本だ』と短い声がする。請われた通りに凛太朗がこれまでの経緯を伝えると、すぐさま保健所に山本ほか数名の警察官が現れた。そして鑑識で再調査を行うと言って、あのペットボトルを含む弁当ガラ等を回収して行ったのだった。


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